表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/15

分断

 朝の空気は澄んでいた。


「昼から山登りかー……休み明けの体に効くぜ。」


 斧を担いだブロックが、あくび混じりにぼやく。


「おいおい深酒はしてないだろうな。」


 ラークからの疑いの目線が刺さる。


「さすがにしてねぇよ。しっかし、そんなとこで襲われたらめんどくせぇな」


「なら警戒してろ。油断してると、先に狙われるぞ」


 ゴルザンが低く返すと、ブロックは「へいへい」と肩をすくめた。


「仲いいわね、あんたたち」


 エルナが冷ややかに言うと、ラークが笑って返す。


「これでもチームワークは悪くないはずだぜ?」


 馬車の周囲には、まだゆるい空気が流れていた。




***




 山道に差し掛かった一行は、列を組んでゆっくりと進んでいく。

 中腹に差し掛かる頃には、いつの間にか空が曇りはじめていた。

 雲はまだ薄いが、どこか重たく、音もなく広がっていく。


 誰もそれに言及しなかった。けれど、どこか息苦しさを感じさせる空模様だった。


 前方には副官率いる騎士団、中央に馬車、その後ろに冒険者班。

 それぞれの足音と蹄の音が、かすかに木々の間にこだまする。


 エルナの耳がぴくりと動いた。

 馬車の後方、周囲の風の流れが、わずかに変わった気がした。


「……風が止んだ」


 小さく呟いた声に、隣を歩くラークが反応する。


「ん、何か感じたか?」


「まだ確証はない。でも、気配が濃い」


 その瞬間、副官の鋭い声が前方から飛んできた。


「構えろ! 前方、茂みに動き!」


 茂みがざわりと揺れた。次の瞬間、黒くただれた毛並みの獣──フレッシュバイターが姿を現す。

 一体、二体、三体……続けざまに、道の左右から現れた。


「来たぞ!各員、馬車から離れるな! 周囲を固めろ!」


 ラークが即座に盾を構え、馬車の左側へ飛び出す。

 ゴルザンも剣を抜き、右から迫る獣へ真っ直ぐ突っ込んだ。


「ブロック、後部の守り! リシェから目を離すな!」


「おうよ!」


 だが、その瞬間だった。

 ――ゴウンッ、と鈍い音が山肌から響き、斜面の上方で何かが動いた。


「崖だ、崩れるぞ!」


 副官の声と同時に、岩と土が雪崩のように崩れ落ち、視界を遮った。


「……チッ!」


 ゴルザンが舌打ちし、砂埃の中で剣を振るう。

 すぐ傍にいたはずの騎士たちの姿が、煙に飲まれて見えない。


 完全に分断された。


 残されたのは、馬車と冒険者班、そして中にいたリシェ。

 副官と騎士団は、崖の向こう側に取り残された。


「こっちは任せろ! 馬車を守れ!」


 ラークが叫び、二体のバイターを同時に引きつけるように立ちふさがる。

 盾に牙が食い込み、爪がギリギリと金属を削る。


「どけッ!」


 ゴルザンが脇から飛び込み、斬撃を浴びせる。

 だが、まだ終わらない。別の方向から、さらなる獣の気配。


「来るぞ……!」


 数で押すつもりだ。崖の上に潜んでいた残党が、今度は崖下の道を回り込んでくる。


 ゴルザンが斜め後ろを振り返り、怒鳴る。


「距離を取れ! 馬車を下げろ!」


 だがリシェが馬車の中から身を乗り出し、叫んだ。


「後ろも囲まれてます!」


「囲む気か……っ」


 エルナが矢を放ち、一体を撃ち落とす。


「動けるうちに突破するしかない!」


 そんな中、ラークが叫ぶ。


「リシェ嬢、こっちだ!」


 彼女が駆け出そうとした、その時だった。


 ――ガシャンッ!


 何かが馬車の後輪にぶつかり、横転させようとする衝撃が走る。


 リシェの体がぐらりと傾いた。


「危ねえッ!」


 次の瞬間、盾が割れるような音と共に、ラークが彼女の前に飛び込んだ。


 黒い爪が、彼の背中を裂いた。


 


 時間が止まったような感覚の中で、

 ゴルザンの視界が、真っ赤に染まっていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ