報酬と口論
森を抜けて街道に戻る頃には、日はだいぶ傾いていた。
湿った風が通り抜けるたび、血と泥の臭いがぶり返す。
道の途中、ラークがふと立ち止まる。
「なあ」
ゴルザンは振り返らない。
「今日の戦い、どう思った?」
「別に。終わった」
淡々とした返答に、ラークの顔がぴくりと歪む。
「そうか。じゃあ、俺の腕に残ったこの爪跡は、何の意味もねぇってことか?」
ゴルザンが足を止めた。ようやく振り返る。
「……あんたが勝手に前に出ただけだ」
「そうかい。お前が横からぶちかましてこなきゃ、俺は前に出る必要もなかったんだがな」
「俺のやり方で倒せると思った」
「わかってる。それが一番ムカつく。実力があるだけに、余計にな」
しばらく無言が続いた。
ラークは深いため息をついて、少しだけ声を落とす。
「お前の背中が見えないと、こっちは怖ぇんだよ。盾ってのはな、前を塞ぐもんだけど……背中も、守りたいって思う相手がいないと意味ねえんだ」
ゴルザンの眉がわずかに動いた。
「……気をつける」
「よし、進歩だ」
軽く笑ったラークに、ゴルザンは目を逸らして先を歩き出す。
街に戻ると、ギルドの受付はちょうど夕方のラッシュに入っていた。
冒険者たちの怒号と笑い声が飛び交う中、二人は報告を終え、報酬を受け取った。
「配分、五分五分でいいか?」
「……ああ」
ゴルザンは短く答えて、袋をそのまま腰に下げ、無言で受付を後にした。
それを見送った受付の女性が、ラークに小声で話しかける。
「ちょっと……その腕、大丈夫?」
ラークは少し驚いたように自分の腕を見る。乾きかけた血と擦れた皮膚。
「あー……まあ、かすり傷だよ。盾がなきゃ、もっとひどかったけどな」
「ならよかったわ。あの……ゴルザン君、どうだった?」
「んー……骨が折れそう、かな」
「やっぱり……。でも、素材としては一級品でしょ? 上からも育ててほしいって言われてるのよ」
「……だろうな。ま、育て甲斐はある」
ラークは傷の残る腕をさすりつつ、肩をすくめて笑う。
「よかったー。ラーク君に見捨てられたらどうしようかと。ギルマスもね、早くB級にしてあげたいらしいのよ。でも……ほら、ねえ?」
「たしかに力だけならB級に片足突っ込んでる。そんでもって、言うこと聞かねえ度合いもB級クラス」
受付嬢が軽く吹き出す。
「言い得て妙ね」
「まあ……俺が放り出してたら、今頃あいつ、誰かと大喧嘩してたかもな。俺でよかっただろ?」
「んー自画自賛?」
「いや、自己犠牲って言ってほしいね。名誉の負傷と引き換えに、将来の逸材ゲットですよ」
「大げさな……でも、ありがたいわ。あの子、根は素直だから」
「そうか? 今んとこ“根だけ”しか見えてねぇぞ」
ラークはひと呼吸置いて、空を見上げる。
「……ま、盾の仕事ってのは、ぶつかりながら磨くもんだしな」