盾を継ぐ者
ギルドの倉庫の奥。
冒険者たちの装備が眠る一角に、ひときわ目立つ木箱があった。
中には、壊れかけた盾。
血が染み、金具がゆるみ、皮革の端が焦げていた。
誰も手をつけなかった。
それは、誰にも“持つ資格がない”と、暗黙の了解があるようだった。
ある日、ゴルザンがそこを訪れた。
何も言わず、ただまっすぐ箱の前に立ち、壊れた盾を見下ろした。
しばらくして、そっと手を伸ばす。
埃を払うでもなく、慎重に――それでいて確かな手つきで、布をめくった。
金具がわずかに鳴った。
「……やっぱ、重いな」
思わず、そう呟いた。
でも、以前のように投げ出すような声音ではなかった。
後ろから、ギルド職員の足音が近づいてきた。
書類を抱えた男が、遠慮がちに声をかける。
「ゴルザン君。話があるんだが……少しいいか?」
「……ああ」
通されたのは、ギルドの奥にある相談室だった。
机の上には、数枚の任地リスト。
地方支部の応援要請、常駐職員の推薦依頼、そして――ひとつだけ、違う種類の紙がある。
「君に、ある支部から常駐任務の打診が来ている。現地での冒険者対応や、補佐業務も含む。
実地経験がある者で、信頼できる人物を、と――指名でな」
「誰から?」
「ラーク=ジャッカロウ……彼の、推薦扱いだ」
息が止まりそうになった。
そんなこと、聞いていなかった。
けれど、それが彼らしいとも思った。
面と向かって言われていたら、たぶん断っていた。
紙に書かれた任地名を、ゴルザンは黙って読んだ。
見たことも聞いたこともない、地方の片田舎だった。
「すぐに決めなくてもいい。……ただ、君がこの先どうするかは、考えておいてくれ」
頷き、部屋を出る。
手には、あの壊れた盾がある。
人目を避けるように、そっと背中にそれを背負った。
――似合っていないのはわかっている。
柄も形も、自分には合わない。
でも、それでも。
誰かの背中に立つこと。
誰かの前に立つこと。
それが、あの人が命をかけて見せてくれた“盾の在り方”だった。
ギルドの出入り口に差し込む夕日が、盾の金属を淡く照らす。
ひときわ長い影が、床を静かに伸びていく。
ゴルザンは、振り返らなかった。
もう、見送ってくれる背中はない。
それでも――
「……行くか」
その一歩は、誰の指示でもなかった。
ただ、自分の意思で踏み出したものだった。




