冒険者という選択
ラークの盾を、再び布で巻き直す。
ひびが広がらないよう、丁寧に、ほどけないように。
作業をしながら、ゴルザンはふと、昔のことを思い出していた。
ずっと、忘れていた記憶。
でも、今になって、なぜか鮮明に思い出せる。
あれは、まだ十五の頃だった。
貴族の家を出て、金も、目的もなくて。
とりあえず、飯を食うためだけにギルドに行った。
登録証を作ったはいいが、当然仕事はなかった。
受付で立ち尽くしていた自分に、誰も話しかけてはこなかった。
――当たり前だ。剣の振り方も、礼儀の使い方も知らないガキなんて、邪魔なだけだった。
ギルドの片隅に腰を下ろし、腹の音をこらえていた時だった。
目の前に、ぐいっと何かが差し出された。
「おい、そこの筋肉予備。腹、鳴ってんぞ」
そこらへんで売ってる串焼きだった。
思わず顔を上げると、そこにいたのは、
――やけに陽気な軽口を叩く、髪をひとつに束ねた男だった。
「いいんだよ、もらいもんだし。ほら、食えって」
気がつけば、押しつけられていた。
礼を言うこともできず、ただ受け取って――
その男は、もう別の誰かに冗談を飛ばしながら、ギルドの奥へと消えていった。
名前も、顔も、当時は覚えていなかった。
ただ、それが妙に強く、ずっと心の奥に残っていた。
それから数年後、初めてバディを組まされた日。
紹介された男を見た瞬間、どこかで見たことがある気がした。
が、その場では思い出せなかった。
むしろ、
「余り物同士で組まされたんだな」
とか
「お前、ほんと口下手だな」
とか、うるさい奴だなと思っただけだった。
でも今なら、わかる。
あの時、串焼きを押しつけてきた男と――
バディとして隣に立っていた男は、同じだった。
ずっと前から、ラークは、自分にとって――
最初に声をかけてくれた、“先輩”だったんだ。
静かに布を結び終える。
盾は、音も立てず、そこにあった。
ゴルザンは立ち上がり、深く息を吸った。
そして、誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
「……あの時、あんたが声かけてくれなきゃ……たぶん、俺、ここにいなかった」
その言葉には、答える声はなかった。
けれど、なぜか風が、やけに優しく頬を撫でた気がした。
次に誰かが立ち止まっていたら、
今度は、自分が声をかけよう。
あの時みたいに、たった一言でいい。
「――食えよ。うまいぞ、たぶん」
ラークの真似は、うまくできない。
でも、きっとそれでいい。
それが、冒険者という選択。
俺が選んだ、今を生きるってことだ。




