残されたもの
戦いは、終わっていた。
崩れた斜面を背に、馬車は静かに止まっている。
バイターの死骸が、あちこちで地面を黒く染めていた。
辺りを覆っていた煙と血の匂いは、徐々に風に流されつつあった。
誰も、口を開かなかった。
ブロックは斧を片手に、無言のまま残骸の片付けをしている。
肩で息をしながら、動きはやや荒い。それでも、涙を見せることはなかった。
エルナは地面に膝をつき、そっと瞳を伏せていた。
その手には、回復魔法の余韻がまだ残っている。
彼女は、唇を噛んだまま、しばらく動かなかった。
そして、リシェ=メレッタは、ラークが倒れたその場に、座り込んでいた。
呆然としたまま、両手を膝の上に乗せ、彼の盾を見つめていた。
ラークの遺体には、上着がそっとかけられている。
血の色を覆い隠すためでもあり、旅路の間、彼の役目を最後まで守るためでもあった。
誰がそうしたのかは、分からなかった。
けれど、それは誰にも否定されなかった。
崖の向こう側――迂回して戻ってきた騎士団が、ようやく一行に合流した。
副官が状況を確認し、唇を引き結ぶ。
「……この場は、我々が処理します。馬車の補修も……すぐに」
エルナがちらりと視線を向けたが、何も言わなかった。
ブロックも斧を肩に担いだまま、一歩も動かない。
ゴルザンは、ひとりだけ離れた場所に立っていた。
剣を鞘に収めることもなく、ずっと空を見ていた。
風が吹く。
木々のざわめきが、少しだけ優しくなったような気がした。
やがて、ゴルザンはそっと歩み寄り、ラークの傍にしゃがみこむ。
その前に置かれていた、壊れた盾に手を伸ばす。
指先で、軽く、割れ目をなぞった。
「……こいつ、重かったよな」
誰に言うでもなく、独り言のように呟いた。
そして、何も言わずに、ラークの盾をそっと抱え上げた。
これから先、それを持って行くのか、置いていくのか――
それすら、誰も尋ねなかった。
ただ、あの男の“残したもの”は、確かにここにあった。




