第9話 戦いの夜が明けて
戦場に再び静けさが訪れたのは、日が山陰に沈みかける頃だった。空は赤と紫が入り混じるように染まり、空気には鉄の匂いと、焦げた木々の香りが混ざって漂っていた。
地面には、火龍と地龍たちの巨体が崩れ落ちた跡が残り、その傍らでは兵士たちが力尽きたように座り込んでいた。仮設の陣地は半壊し、多くの者が傷を負い、誰もが疲れ切った表情を浮かべていた。
だが、そこには確かに、誇りがあった。この地を守り抜いたという確かな手応えと、それを分かち合う者たちの連帯感。
その中で、リリィは魔法陣の残滓がゆっくりと消えていくのを見届けていた。彼女の周囲には、魔力を使い果たして倒れた魔法使いたちが数名横たわっており、リリィ自身も膝に手をつき、息を整えていた。
そのとき、重い足音と共に、甲冑のこすれる音が近づいた。
将軍が、鎧のあちこちに傷を残したまま、ゆっくりとリリィの前に立った。その顔には、戦場を生き抜いた者にしか持てない重みと、深い敬意があった。
将軍
「よくやった。あの結界の連携は、まさに芸術だった」
リリィは立ち上がり、少しだけ肩を落としながらも、静かな笑みを浮かべた。汗と土にまみれたその姿は、どこか神々しさすら漂わせていた。
リリィ
「ありがとうございます。でも、これは皆の力です。誰一人欠けても、成し遂げられませんでした」
将軍はしばらく黙ってうなずき、リリィの肩に手を置いた。
将軍
「その謙虚さがある限り、お前はきっとどこまでも強くなれる。誇れ、金級冒険者よ。今日の勝利は、お前の名と共に語られるだろう」
その言葉が終わるより先に、背後の陣地で歓声が上がり始めた。
兵士A
「やったぞ!勝ったんだ、俺たちは!」
兵士B
「リリィ様だ!あの結界が、俺たちを救ったんだ!」
次々と兵士たちが声を上げ、仲間の肩を叩き、涙を流しながら勝利を祝った。戦友を失った者も多かったが、それでも、今日という日を生き延びた喜びが、確かにそこにあった。
魔法使いたちも、互いに手を取り合い、燃え残った魔法陣の上で腰を下ろし、空を見上げていた。
リリィ
「風が気持ちいいですね」
誰に語るでもなく、空に向けてそうつぶやいた。
戦いの夜が、ゆっくりと、だが確実に明けようとしていた。
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◆王女の帰還、そして別れ
戦いの翌朝、山々には静けさが戻っていた。五体の地龍はすべて倒れ、周囲に満ちていた魔素の乱れも沈静化していた。山腹から立ち上っていた紫の霧は結界で封じられ、代わりに高く澄んだ空が広がっていた。
焦げ跡と破壊された陣地の隙間から、小鳥のさえずりが微かに聞こえ、兵たちはようやく戦いの終わりを実感した。
その静寂を破って、将軍が陣地中央に立ち、声を上げた。
将軍
「我が軍は、魔の災厄を打ち破った!これは皆の勇気と犠牲の賜物である!」
兵たちが一斉に槍を掲げ、歓声を上げる。勝利の余韻が陣内に響き渡り、互いに肩を叩き合い、握手を交わす者、涙を流す者の姿もあった。
その光景を、リリィは少し離れた斜面の岩に腰を下ろして見守っていた。肩には応急処置の布が巻かれ、体には魔力の枯渇による疲労が残っていたが、目は静かに戦の終焉を受け止めていた。
背後から足音が近づいた。
ジャック
「おい、英雄様。そろそろ帰還の準備だぞ。王都に戻って、武勲の報告会が待ってる」
リリィは振り返り、静かに首を横に振った。
「ジャック、私はまだ戻れません。ここにもう少し残りたいの。あのダンジョン、完全に沈静化したか、まだ確信が持てない」
ジャックは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに理解したようにうなずいた。
「なるほどな。お前らしい判断だ。じゃあ俺は王都に先に戻って、王女を無事に送り届けてくるとしようか」
リリィはわずかに笑みを浮かべた。
「任せたわ」
ジャック
「また、王都で会おう」