記憶から辿り着く思い
記憶から辿り着く思い
柔らかく暖かい布団に包まれ、目が覚めた時に目の前に入る光景が記憶の中でこんなにきれいだったのは幼い時以来だろう。
「具合はいかがですか。サフィさん?」
「……バトラー、何故貴方はこの国にいるの?」
「姫、様…?」
起き上がった身体はだるかった。
「その呼び方はよしてちょうだい。誰が聞いているのか分からないのよ。ローウェルにとって私は死にそこないながら戦の要だった人間、貴方までもが首を飛ばされるわ。」
「ですが、生きておられた事、私はてっきり…」
「記憶はあいまいだわ。このままここにはいられない。私はここを離れるわ。そして、二度と戻っては来ない。」
その言葉にバトラーは顔色を変える。
「私も、お供します。あの時、戦場までお供できなかった分、今度こそ!」
「……私の事はもう守らなくていいのよ。」
「最後まで、お供いたします。」
着替え、目立たない服で裏口から外に出る。
兵にも見つからない様に、茂みに身をかがめ移動する。
丘の上の城を見上げられる所まで来て、服を脱いだ。
「こちらに」
バトラーに案内された古い民家は空き家の様で誰も居ない。
その家のクローゼットを開け、服を借りる。
返すことは出来ないが、変わりに着てきた服を置いて行く。
森に入り、元ハルモニア王国に向け、歩き出す。
「ところで貴方、どうしてローウェルで、しかも第一王子付きの使用人なんてやっているの?」
気になっていた事を思いだす。
「はい。話は長くなるのですが、姫様のご遺体を探す為に戦場へ行ったのが始まりでした。
ハルモニアから王族が追われる身となった以上、姫様のご遺体を早く回収しなくては王子たちに何をされるか分かりませんでした。
王子たちは敗戦後に姫様の遺体を十字に貼り付け、
『王女の命令で戦争が長引き、自分たちが肥やしていると言われていたものは全て王女へ献上されていた。戦場の女神も王女本人では無く、幼い町娘が巧みに操られた結果、悪いのは全て王女だ。』
と、公表し、国民の意思を集めようとしているのだと聞いてしまったのです。
その為、王子たちよりも早く回収しなくてはと思っていたのですが、先にローウェルに姫様を連れていかれてしまいました。
王都へ行き、国王に敵軍の生き残りとして謁見する事になったのは偶然の産物。
そこで、王家が何処に逃げ込んでいるかを話、捉えられる結果となりました。
居場所を伝える交換条件に姫様のご遺体は一切傷つけずに埋葬してほしいとお願いしました。」
「それが、川流しと言う事なのですね。」
王都を出て、荒野を目指す。
荒野を進み、山を超えれば、旧ハルモニア王国跡地が広がる。
「その後、捕虜となったのですが、私に刑の執行はされず、何故かレナード様付きになってしまいました。」
「不思議な話ね。私があの人に結婚してほしいと手紙を出したって事はバトラーもあの人も知っている事でしょう?」
「はい。私もそのことを聞いてみた事があります。手紙を無視したのは顔も知らない敵国の姫と結婚するほど女性を知らない訳では無い。と、おっしゃられていました。」
「レナード様らしいわね。」
冬寒くなり始める時期、森にはさほど食料は実っていない。
「私は食べなくてもいいけど、バトラーは何か食べた方が良いわよ。」
「かまいません。私は、最後まで姫様と共に行きます。」
「きれいごとよ。何か食べなさい。命令よ。」
「では、何か見つかった時に」
サフィはため息をつきながら歩き続ける。
歩き続ける事しばらく、雪降る森の足元は悪く、中々進めずにいた。
大きく育った樅ノ木と葉の落ちた落葉樹たちの枝が雪の重みで折れ、道をふさいでいる。
道の両脇にあるはずの柵はほとんど雪に埋もれ、道の上を歩いているのかも良く分らない。
「ねえ、お父様やお母様、お兄様たちはどうしているの?」
ときどきちらつく雪と風で舞い上がる粉雪が視界を悪くする。
「国王様と王妃様は処刑されてしまいました。ご遺体は姫様と同じように川から海に流されましたが船では無く、麻袋に入れられての事なので姫様の様に何処かに流れ着くということは少ないかと、処刑で首をはねられていますので流れ着いたとしても命あるのもではありません。」
粉雪で見えにくいが、顔色が曇った事がバトラーには解った。
「お兄様は?」
「王子たちの多くはハルモニアに敵対していた国にローウェルからの同盟の為に送られたと聞いています。」
立ち止まり、空を見上げ
「聞いていた話とはずいぶんと違うのね。みんな、何処かで生きているのかと思っていたのに」
と、呟いてから再び歩き出した。
敵国と言う事は送られた時点でさらし者にされるのがなれの果てだろう。
「残念だわ。もう、私と貴方だけになってしまったのね。」
「国民も残っています。」
「え?」
バトラーに聞き返すと優しい笑みが帰って来る。
「姫様が亡くなられた。王子たちが差し向けた刺客が放った矢を背中から受け、倒れられた。その噂はすぐに広まりました。だからこそ、王子たちは嘘を付き、国民を自分の思う通りに動かしたかった。ですが、その作戦は私により失敗。残された国民はローウェルへ押し寄せました。」
「まさか、国民の多くが国に不安を持っていたのよ。ローウェル国の民になりに行ったの?」
「いえ、私と同じで、姫様に酷い事をしないでほしい。そう、訴えに現れたのです。私が今、こうして生きていられるのも、民のおかげでしょう。」
「でも、私は民に怨まれることしかしていないわ。兵は皆国民。多くの兵を守る事が出来ずに死なせてしまった。」
兵の死体を国に持ち帰るたびに石を投げられ、罵声を浴びた。
「兵士全員の遺体を持って帰って来てくれたと、話していました。敵兵の墓も戦場から離れた場所にローウェルの方向を向けて埋葬されていたと聞き、国民の考えは段々と変わって行きました。女神と言うのもそう言ったところから来たものではないでしょうか。戦場での生活が長かった姫様の耳には入らなかったんですね。」
黙ってしまった主人を心配気に見るバトラー。
「でも、コロン村にいた時、世話をしてくれた老夫婦に戦場の女神なんていなければ良かったと言われたわ。」
「それは敵国の…」
「そうね。そういう事も含まれているでしょうけど、私が戦場に出なければ、戦争は3年早く終わっていたわ。ハルモニアには山を超えられてからの守備はもう尽きていた様なもの。ほぼ落ちたと言われいていたそこで、本当に落ちていればよかったのよ。そうすれば国民は飢えを知る事もなく、王家は権力で富を独占する事は無かったわ。」
朝焼けの日が差し込む頃。
歩き続けることに苦痛を全く感じなくなっていた。
それどころか、足の感覚がなくなってきていることにすら気が付いていない。
早朝のローウェル城。
レナードは寝室の隣の部屋が蛻の殻である事に気が付き、探し回っていた。
「あれ、兄さんどうしたの? サフィさんは?」
「お前、何処かで見かけたりしてないか?」
すれ違ったアーノルドに聞くも返事はノー。
二人で庭園を覗くも
「え、サフィさんいないんですか?」
コナーに聞き返された。
「バトラーは?」
アーノルドが気が付く。
「バトラー?」
ここで初めてバトラーも見当たらない事に気が付く。
レナードは朝の挨拶へ向かっているだろう大臣たちの集まる謁見の間へ向かう。
「ヘインゲイル!」
城外にまで聞こえるのではないだろうかという大きさの声が謁見の間に響く。
「レナード王子、どうなさいましたか?」
恰好付けるような身振りを繰り返しながら近寄ってくるヘインゲイルは戦場の女神の初戦で負傷しながらも帰還し、敵勢力の情報を国に持ち帰る事の出来た唯一の人物。
その後、平兵から昇進を繰り返し、大臣にまでこの8年で上った人物だが、その力は外見で手に入れたものだと噂されている。
「サフィとバトラーをどこにやった。」
「スパイですか? 私が知る訳ないじゃないです…か……。」
ヘインゲイルがしゃべり終わる前にレナードは胸倉をつかむ。
「穏やかでは無いな。」
謁見の間の最奥にある玉座から声がする。
そこに座るシワの深い体格の良い老人。
それがこの国の国王である。
「今日の謁見は延期だ。レナード、アーノルド、席を変えるぞ。」
国王は自室に移動し、使用人は全員外に出された。
「陛下、いったいどうなされたのですか?」
付いてくるようには言われていないヘインゲイルが口を開く。
「お前がメイドをスパイよばわりし、監禁、違法とした草の煙を焚いたという話は密告を受けている。だが、その件も今回の件も私が放置した結果だ。」
「父上、どういうことなのか説明をして頂けないでしょうか?」
アーノルドが聞く。
「コロン村に5年前、レベッカ姫によく似た少女が浜で見つかったと言う話は私の耳にも入っている。その少女が本人である事も私が確認した。」
「それは⁉」
ヘインゲイルが驚きの声を上げる。
「レベッカ姫からの手紙はレナードへの結婚の申し出とは別に私にも、国の現状について相談される内容が届いている。」
机の引き出しを開け、箱を取り出す。
そこから一つの封筒を取り出した。
「これだ。」
レナードは差し出された手紙を受け取り、開く。
『突然のお手紙、ご無礼致します。私はハルモニア王国第一王女レベッカでございます。』
そうして始まった手紙では、王子たちの悪事や湯水のごとく金を使う王妃等についての相談が乗っていた。
「これを読み、お前が結婚を承諾した場合は何も言わずに彼女を迎え入れ、ハルモニアをつぶすつもりであった。」
「だが、実際は内部崩壊を起こしたも同然だ。背中から矢を受けたとはそういうことだろう。記憶を失ってでも、忘れていたかった家族からの裏切り。それを死の間際に悟ったのだろう。あいつは頭がいい。状況の把握も、自分が死ぬこともすぐに理解してしまったのだろう。」
黙って聞いていたレナードが口を開く。
「で、では、私がした事は…」
「意味のない事をしたのだ。レベッカ姫はこの国に来た所で何もしないだろう。記憶が無いのなら尚更。記憶があったとしても私にも、子供たちにも何もしなかっただろう。ここでの生活は長く戦場から戻らずに国を守り続けた彼女にとっては至福な時間だっただろうな。誰も死なない。安全な場所だ。」
首を曲がるヘインゲイル。
「ヘインゲイル、分かったのなら二人をどこにやった。」
「ですから、私は今回、何も知らないのです!」
レナードがヘインゲイルを睨むも本当に何も知らないようだった。
「サフィがいなくなったと言う事は記憶が戻り、ここにはいられない。そう考えた結果だろう。」
「元レベッカ姫の使用人だったバトラーが付いて行っているのならその可能性は大きいね。」
「馬車を出す。」
「兄さん?」
レナードは立ち上がり、部屋を出ていった。
それをアーノルドが追いかけて行く。
静かになった部屋で
「ヘインゲイル。お前には長い暇をやろう。もし、その間にカラムの件で協力した者を見つけられたら戻ってくることを許可する。カラムをお前は気に入っていただろう。」
「か、かしこまりました。早急に調べ、捉えてまいります。」
一晩歩き続け、昼間は目立つ元国境付近。
仮眠を取る事になった。
「貴方も寝なさい。」
「はい。」
人気のない山小屋だろう所に入った。
バトラーがドアから外を注意深く確認し、閉めた。
暖炉にマッチを擦って火を組める。
「雪を溶かして湯を沸かしておきます。」
「いいわよ。そんなことしなくっても、仮眠を取ったらすぐに出ましょう。追手が着てしまったら私の計画は達成できないわ。」
「分かっています。ですが、足の色が…」
靴を脱いだその足は赤紫色に変わり、明らかなしもやけの状態。
このままにしておくのは危ない。
「平気よ。」
「ダメです。国に戻るまでに足を無くされることになりますよ。」
「……わかったわ。」
お湯が沸くのを待ち、じんわりを掻いた汗も拭きとる。
足をお湯につけ、身体を休める。
「眠られて構いませんよ。」
「そう…」
ゆっくりと目を閉じていった。
目が覚めたレベッカは隣で寝ているバトラーを見つめ、足の水気を拭きとった。
小屋の中に合った麻の布を数枚重ねて羽織、小脇に刃物を隠し外に出た。
日が暮れるにはまだ早い時間ではあるが森の中を歩くのだ。
大丈夫だろう。
この時期に山に入る人は少ない。
特に、戦場だった場所へ向かうこの道を行く人はほとんどいない。
いたとしても、レベッカが一人で歩いているなんて思わないだろう。
ほとんどが貿易港となったハルモニアの港から物資を運ぶ雪そり。
犬やトナカイを扱う事に集中しているだろう主たちはレベッカに目もくれずにすれ違っていく。
この時期、自殺しに森へ入る人もいると聞く。
ローウェルの法律では自殺は大罪。
好き好んで関わる人はいないのだ。
馬で一日以上かかる道のり、徒歩では二・三日かかるだろう。
そして雪の降る足場の悪い道。
さらに日数はかかるだろう。
それまでに追手に捕まらない事を願うことしかできない。
馬に乗り、城を飛び出したレナードだが、あまりの雪の深さに馬が動けなくなった為、仕方なく、一度城に戻ってきた。
「雪そりの準備をしてくれ」
「はい。」
服も替えに部屋に向かう。
「こちらを」
「いや、もっと厚手のものを、雪の中を行くんだ。そういう事を考えろ。」
「申し訳ありません。」
いかにサフィとバトラーが優れた使用人だったのかを実感するレナード。
雪そりの準備が出来た所で外に出直し、そりに乗り込む。
「コナーは留守番だ。」
「でも!」
レナードに続き、アーノルドとフィリップが乗り込んでくる。
「お前らも来るのか?」
「兄さん一人に行かせられないだろ。元敵国の地だよ。」
「そりの運転は任せて下さい。一日で到着して見せます。」
そう言って手綱を操りだすフィリップ。
目を覚ましたバトラーは山小屋から飛び出し、レベッカの姿を探すも足跡すらなくなっていた。
「バトラー!」
呼ばれた声に振り向くも、そこにいるのは
「レナード様……」
フィリップが手綱を操りそりを止めた。
「サフィはどこだ?」
「それが、ここで仮眠を取っていたのですが姿が見えなくなってしまって……置いて行かれたようです。」
バトラーが悲しい顔で自国の方角を見つめる。
「乗れ」
「ですが……」
バトラーは驚いた顔と共に渋る。
「サフィを迎えに行くぞ。」
レナードが無理やりにバトラーをそりに乗せ、フィリップに合図を出す。
雪そりでは進めなくなってしまった道も多い国境付近。
仕方なくルートを変え、一日半かけ、到着した元ハルモニア国。
数日前にレナードとバトラーは来たばかりだ。
「ここからは歩く事になりますね。馬車を呼んできます。」
雪の無くなった道を見てフィリップが言い出すも
「いや、どうせサフィは後から遅れてくる。雪も無い。歩いて宿まで行こう。城の跡地近くに合っただろう。」
「はい。では、自分はここでトナカイの番をしています。」
「頼んだぞ。」
バトラーはほぼ無言で王子二人を先導する。
城跡地の近くの宿により、数日滞在する手続きをした。
その後、四日待ったがまだサフィは現れずにいた。
「ここでは無いのか?」
「いえ、姫様の事ですから、処刑場の有った広場まで来るはずです。」
すっかりバトラーもいつも通りと言った雰囲気ではあるがその顔は落ち着きが無い。
道中で自分の主が倒れてしまったのではないか、心配でしょうがないのだろう。
「でも、なんでこの国は処刑した罪人の骨をすりつぶすの?」
アーノルドが聞く。
「二度と蘇ってこない様にという考えからです。この国では死者は死んであの世へ行き、神のお許しが出ると生前の肉体を元に、新たな生命に生まれ変わると言われていました。ですから、亡くなった人はそのままの姿で土に埋める習慣です。」
「王家が罪人をバラバラにすると言うのも納得いかないな。」
レナードがいう。
「王家は神の血筋、特別な、選ばれた人間。そう教えられてきました。国民の生き死にを決めるのも、二度と蘇らないようにするのも王家の力の象徴の様なものです。」
「その神様だのなんだのが原因で国民は王家を怨んだんだな。救いの女神とはよくいったものだ。」
レナードが宿部屋の隅にある小さな石像を見つめる。天使の様に可愛らしい容姿や顔つきをしているが持っている物は弓矢。
翼は折れかけている。
戦場の女神をかたどった姿なのは間違いないだろう。
「貿易港で働く事でこの国に残る事に出来た国民の家には必ずある物です。」
優しく、石像を持ち上げるバトラー。
「お前にとって、サフィ、レベッカはどういう人間だった。」
「あの方は国家で唯一の姫。
戦争の真っただ中、尚且つローウェルが国に侵入してきたその年に産まれた。
そのことから親にも兄にも全く見向きもされずに育ちました。
乳母だった私の母が切っ掛けで私は姫様に出会い、共に勉学に励みましたがすぐに彼女には追い抜かれてしまいました。
姫様に敵うもの等何もなく、馬術も剣術も一級。
戦術に関しては兵士にも王家の人間でもだれもかなわなかった。
彼女が戦場に出る一年前に私は使用人として城に入りました。
共に学ぶのでは無く、使用人の中でも位の高い教育係という地位を貰い、姫様を戦場に出さない様に教えるつもりでしたが、結局、敵いませんでした。」
「それは答えになっていないぞ。」
バトラーは初めて、レナードにはにかむ姿を見せた。
数日歩き続けたレベッカの足元からは雪が消えていた。
ハルモニア王国自体に雪が降る事は珍しく、山を越えて初めて雪を目にできる年も多かった。
「あと少し…」
荒野を超えたあたりから歩いているのかどうかも感覚が無いレベッカの足は無意識で動いている様なもの、止まる事はない。
この5年で国民の多くは移住を強いられた。
それにより旧ハルモニア王国跡地、レベッカいた頃からある古い家々は人が住まなくなった事で荒れ果てているが、それは国が合ったからの事、少しひどくなった様に感じるぐらいだろう。
貿易港として使われている港とは大違いだ。
城はすっかり落とされている。
跡形もないぐらいに煉瓦が崩れ落ちているのが遠目でも解る。
処刑台があるのは城前の広場だったところ。
そこまで身体が持つのか不安があるが無心で歩き続ける。
誰も居ない道を行き、誰も居ない場所をめざし、やっとの思いでたどり着いた広場。
取り出した刃物を首に当て、目を瞑ると力を込めて引き寄せるも
「そこまでだ。」
血の滴る手に止められてしまった。
レベッカは肩に担がれる形で宿に運ばれた。
「姫様!」
宿の女将が声を上げる。
それを無視する様に部屋まで運ばれていった。
「お前を国に連れ帰る。」
「そこで裁判を受け、私は処刑される。」
虚ろな目をするレベッカを見て、レナードは縄を用意し、
「兄さん、そこまでしなくても」
「国に帰るまでに死なれちゃ困るからな。」
目隠しまでされる。
手足はひざやひじも動かない様に固定されてしまった。
レベッカには宿を出て、外に、そこからフィリップの声がする方向に進み、何かに乗せられた事。
そして進みだしたそれがとても早い事が分かった。
それ以外は寒さと体力の限界気絶してしまったため解らなかった。
国家裁判。
ローウェルに帰って来てしまった事は匂いで分かった。
しもやけの酷くなった足や手先を湯に付けられ、温められていく。
心地が良いのはさておき、空腹により体力の回復には至っていないその身体は眠りに落ちて行ってしまった。
目が覚めたレベッカは椅子に手足を固定され、さらに腹部も背もたれに括りつけられている。
ここは国家裁判の行われる場だ。
しゃべれない様にか、舌を切って自殺しない様にか、さるぐつわを付けられている。
「旧ハルモニア王国第一王女レベッカ=レヴィの裁判を行う。」
その声と同時にさるぐつわは外された。
「レベッカ=レヴィに死刑を、戦場の女神と呼ばれたこの娘は我が国の軍を何度も壊滅に追い込み、兵士を殺した事か。そして、レナード王子をだまし、使用人バトラーを奪還。自殺を図ろうとした罪である。」
「レベッカ=レヴィは自国を捨て、ローウェルへ亡命するつもりであったことは国王の側近なら周知の事実、国王や王妃が私腹を肥やし、王子たちが国民を見捨てる中、いかに自国の軍に犠牲者が出ない様に戦略を立て、王家の中で唯一自国民に愛された王女。レナード王子と会ったのは国王が仕向けた事、城へやってきたのは偶然海産物の知識が有ったからだ。彼女には記憶が無い!」
「そのことについてレベッカ=レヴィ、何か言う事はあるか?」
裁判長だろう人物が真っ直ぐにレベッカを見てくる。
「私はハルモニア王国第一王女レベッカ。それ以外の何者でもありません。ですが、私は戦場で死んだものだと思い込み、一時期記憶が無い中でサフィと呼ばれていた事も、事実です。」
「レベッカ=レヴィは自分が死んだと思い込んでいた。」
「はい。私は戦時中に味方の矢に刺され、死んだものだばかり思っていました。ですがスパイとして監視されていく中、記憶が戻ったのです。」
「腹部の傷が原因ですか?」
レベッカを庇う側の人間ピーターが聞いてきた。
「そうかも…しれません。」
「その傷はどうしたんですか?」
「矢が飛んで来て、カラム様を庇った時に」
「お前の仕向けた者が矢を放ったことは解っている!」
レベッカに死刑を求刑した人物、ハンスが指さされる。
「証拠はない!」
「証人がいる。ここで証人の出廷を要求します。」
「認めましょう。」
裁判長の言葉と共にドアが開きだれか人物が入ってくる。
「僕は見ました。サフィに矢が刺さったところを、その矢が放たれた方向に貴方の部下がいた事を」
出廷した人物もハンスを指さしている。
レベッカはその声から
「カラム様…?」
で、ある事を確認する。
「そうだよサフィ。ごめん。僕の事もかばったせいでケガ酷いんだろ。ヘインゲイルの言葉を全て真に受けて、ヘインゲイルが証拠を集めてくれたんだ。」
カラム自身、ハンスが嫌っている事は城の人間はどころか城下の国民までもが知っている話だ。
共に始末出来れば一石二鳥だった。
と、ピーターが言うと彼は顔色を悪くする。
「次に、国王様が証人に出廷されます。」
「何⁉」
法廷内の大きな扉が開かれる。
そこから数人の足音がレベッカの耳に届く。
「この場でレベッカ=レヴィに死刑を求刑する事を禁止し、再度、ハンスのカラム殺人計画についての審議を行い事を決定する。」
レベッカの耳に届く声と足音。すると目隠しが外された。
「レベッカ。」
目の前にいたのは
「レナード様……」
手足、腹部の縄も外され、抱き上げられた。
「行くぞ」
「え?」
裁判場は城の中にある。
移動中、城の外からなにか声が聞こえてくるのが分かった。
「どちらへ行かれるのですか?」
「すぐわかる。」
そのまま城内の正面中庭の見渡せるテラスに出ていった。
すると急に歓声が聞こえる。
「レベッカ様。」
「バトラー?」
バトラーが持っている羽織をレベッカにかけるとさらに歓声が大きくなった。
「見ろ、お前の国だ。」
その声にテラスから外を見渡すと
「…そんな……」
見覚えのある国民の顔が合った。
「レベッカ様!」
「レベッカ様!」
何度も、いくつも名前を呼ばれ、膝から崩れる。
「嘘…何で……」
涙があふれていくレベッカを再び抱き上げ、レナードは
「ハルモニア王国第一王女を我が妻とする。」
高らかに宣言した。
その後、戦場で行方不明と言われたローウェルの兵士たちの遺体は国に帰ってきた。
ハルモニア跡地も開拓が進み、貿易港から広がる繁華街と宿泊施設、整備や設計士の船小屋が出来、一部では漁も行われるようになった。
ハルモニアの第一王女がレナードと結婚した。
その話は尾ひれを付け、悪い噂となる事も多かったが視察で各地に出向くたびにその噂も段々と消えていった。
戦争はまだ尽きない。
それでも、国民に不安を与えてはならない。
戦争だけが国家間の争いを解決できるわけでは無い。
更なる悲劇を招かない為にはお互いがお互いの国の文化と主張を理解したうえでの平等な話し合いが求められるのだ。
完結まで読んでいただきありがとうございます!
誤字報告も度々ありがとうございます。
なろう用に書いたものではなかったため読みにくい部分も多々あったと思われますが最後までお付き合いいただき感謝感激です。
次回はローファンタジーの予定なのでよろしくお願いします!!