文化祭ぱにっく
心血を注いだ準備期間を終えて、いよいよ文化祭当日。この日ばかりは、朝早くから全校生徒が学校に集っていた。普段は遅刻すれすれでやってくる子も、眠そうな顔一つせず、気合いが入っている。私も一番乗りとはいかなかったが、文化祭実行委員として、クラスメイトの半分よりは先に登校していた。
調理の事は辰弥君に任せてあるので、私は装飾と、それから中で働く会計、店員などとの最終打ち合わせを行う。
「では、頑張りましょう!」
『おー!』
――こういう事務的な作業は得意なんだけどなぁ……。
本当は、私が調理担当、辰弥君が此方をやるはずだったのだが、ちょっとした出来事により逆になってしまった。それで職務を投げ出す気は無いのだけれど。
「でも、やっぱり私には向いてないよなぁ……」
「どしたの愛莉? 着替えに行こうよ!」
「う、うん!」
ひきつっていても笑顔は笑顔。精一杯口角だけは上げて、友人の後をついていった。
さて。たかが中学校の文化祭であるが、喫茶店をやるからにはそれなりに衣装も凝った物を着用せざるを得ない。したがって、今私が着ている物も係の人が一針一針縫ってくれた、完成度の高い作品な訳である。あるのだが。
――フリフリエプロンって。エプロンドレスって!
大方の予想を裏切らず、黒を基調にした短すぎないワンピースに白のエプロンが装着され、おまけに胸の辺りには大きなピンク色のリボンまで完備されているという給仕服なのであった。というか、私が原案を作ったので文句の言いようもないのだが。
しかし、鏡に映った自分を見ると、野暮ったい眼鏡とぼさぼさの二つ結びのせいで、全くと言って良いほど似合っていない。そもそも、私はこれをある人に着てほしいが為に作ったのだ。その彼女と言えば……。
「良いか皆の衆、此度は決戦じゃ! しかし案ずる事は無い、わしが指揮を取る! さぁ、ついてまいれ!」
家庭科室で椅子の上に立ち、おたまを持って皆の士気を高めていた。
『親方様ー!』
いや、それを言うならお屋形様だよ、とつっこみたくなったがぐっとこらえる。私が調理場を覗きに来たのは、何も暴走を止める為ではないのだ。
「も、桃香ちゃん」
勇気を振り絞り、血気盛んな猛者達の奥にまで届くよう、声を掛ける。
「おー、愛莉ー!」
私に気付くと、桃香ちゃんは椅子からぴょんと跳び下りて靴を履き、此方に来てくれる。調理室は例えクラスメイトであろうと、スタッフ以外の部外者は立ち入り禁止なので、いちいち来てもらわないと話も出来ないのだ。
「何かな?」
満面の笑みを浮かべる彼女にひるみそうになりながらも、
「や、やっぱり恥ずかしいよう……」
不満を口にする。否、正確には不安か。いずれにせよ、他の人には言えない心の内を、素直にぶつける。
「何言ってんの。皆と同じ格好じゃない」
「そうじゃなくて、私は裏方に」
「そんな事言わないのっ」
だって、と言い訳を続けようとした時、
「そうだぞ、愛莉。桃香じゃ俺の相方は務まらん」
後ろから聞き慣れた声がした。
「!? 優君!」
「こいつが人に仕えるタイプには、明らかに見えないからな」
「まぁ、そうね。あんたほどではないけど」
何故かは分からないけど、桃香ちゃんと優君はいつも険悪な雰囲気で会話をする。お互いに認め合っているんだから、もっと仲良くすれば良いのに、といつも思うのだが。
でも今日は、流石に長々といがみ合うつもりはないようで、
「そうだ、探したぞ愛莉。お前の姿が見えないから、皆心配してるんだ」
優君は要件を告げた。そういえば、誰にも言わずに更衣室からそのまま来てしまった事を思い出す。時計を見ると、時刻は九時五十分。開始まであと十分だった。
「ごめんなさい……」
これは流石にまずかった。しぶしぶクラスに戻る。
「じゃ、よろしくねー」
手を振ってくれた桃香ちゃんの笑顔が、ちょっとだけ重たくて、私は後ろを振り向けなかった。
「い、いらっしゃいませー」
そんなこんなで、私達の文化祭は始まった。初日である今日は校内だけなので見知った顔しかいないのだが、それでも緊張してしまい、上手く笑えない。
「本馬さん、もっと笑顔笑顔」
そんな私を見かねて、優君も時折気にかけてくれる。
――分かっては、いるんだけど。
それでも、自分は裏方で良かったのに、という劣等感のような後ろ向きな気持ちが、私の顔を強張らせる。
その後も何かにつけてアドバイスをしてくれるのだが、自分達のアイドルが他の女子を気遣うという構図がお気に召さなかったのだろう。
「……ねぇ、ちょっと」
女の子の声が聞こえてくる。
「なんで愛莉が湖山君にあんなに優しくされてるの?」
「実行委員様かなんか知らないけど、それで湖山君に近付こうなんて」
「優様は私のものなのに……」
「いや、それはおかしい。私のだから」
「なんだとー!?」
「それにしても……。鬱陶しいわね」
こそこそと、それでいて確実に、彼女達の言葉は私を苦しめていった。
*
「愛莉、大丈夫かなぁ」
フライパンを振るのにも飽きるほど、ナポリタンを作っていた頃。不意に、朝の愛莉の様子が頭をよぎった。
「ん? なんか言った?」
どうやらマスクの所為で、くぐもって聞き取りづらかったらしい。横で盛り付けを担当していた辰弥が、少し大きい声で聞き返す。
そんな事は気にも留めず、あたしは考えにふける。何故か、胸騒ぎがした。
「……ちょっと、見てくるかね」
ばさっとマスクを取り、エプロンを外してTシャツにジャージ姿となったあたしを見て、仲間達に動揺が走る。
「ちょ、どこ行くの!?」
「桃香いなくちゃここやばいって」
確かに、料理のほとんどはあたしが作っていた。しかし、それはまだ生徒だけだから出来る芸当である。明日この状況では、回転が悪くて仕方ない。
「大丈夫、気合いだっ」
それを防ぐ為にも、ここらで少し試練を与えなければ。幸い、そこそこ料理が出来るメンバーを事前にリサーチして仕込んであるので、何とかなるだろう。
「じゃなくて!」
それでも、突然いなくなる事に不安感があるのだろう。あたふたし始める彼らを前に、しばしの思考の末、判断を下した。
「……仕方ないな、今から五分で皆にエッセンスだけ、叩きこむ」
音にならない叫び声が、調理室内にこだました。
*
「ねぇ、なんで愛莉が看板娘なわけ?」
「湖山君見る目ないわー」
「どうせ、あの子が目立ちたがっただけじゃないの?」
お客さんが少ないのもあって、女の子達は喋りつづけている。優君目当てに来たファンクラブの子達も加わって、その声はもはや最初の遠慮したものではなく、耳を澄まさなくてもはっきりと聞こえるものになっていた。
――嗚呼、まただ。
でも、例えひそひそ話程度の小さいものであっても、私にははっきりと内容は聞き取れた事だろう。だって、それが能力なのだから。
この能力を手にしたのは、実はごく最近、中学生になってからの事である。その頃はまだ桃香ちゃんと知り合う前の事だったが、入学当初、私はいじめにあっていた。野暮ったい黒縁の眼鏡、適当に二つに分けてくくっただけの髪。これでいじめにあわない方が不思議だと、自分でも思う。
実際は一過性のものであり、彼女達ももう忘れている程度の軽いいじめであったけれども、私にとっては辛い日々だった。クラスの全員から無視され、いないものとみなされるあの感覚は。
この力は、その時身についたものだ。どうしていじめられているのか、何かしたのか。当時の私は何も分かっていなかったから。だから、人の気持ちが分かるようになりたいと、毎晩家を抜け出しては、町外れの神社に必死にお祈りしに行った。“困った時の神頼み”を実行に移したのである。
そうして、十日ほど経ったある日の事であろうか。目が覚めると、突然頭に聞こえないはずの両親の声が聞こえてきた。普段なら厚い壁に遮られて聞こえないはずなのに。
それから私は、声を聞き、なるべくそれに沿うように行動してきた。目立たず、かと言って邪魔にもならないように。上手く立ち回ってきたつもりだったのに。
――どうして、こんな事になっちゃったんだろう。
優君も止めようとしてくれてはいるのだが、いかんせん彼のファンにつかまって成果は芳しくない。それに、お客さんでもあるのだから無下には出来ないだろう。
――やっぱり、私がいなくなろう。そうすれば良いんだ。
すっといなくなれば誰にもばれないはずだ。そう思って、教室を出ようと足を踏み出した時、
「ほう。お主ら、まさかわしの目に狂いがあった、とでも言いたいのかえ?」
頼もしい少女の声が聞こえた。
『桃香……!?』
桃香ちゃんは大の優君嫌いなので、ファンクラブの方とは犬猿の仲にある。それなのに普通に話が出来るどころか、若干恐れられている所が彼女のすごい所だと思う。
「べ、別に文句って訳じゃないのよー?」
「ただほら、愛莉はもうちょっと明るくなった方が良いんじゃないって。ねぇ?」
要するに、こんな暗い女を自分達の大事なスターの近くに転がしておきたくないのだろう。しかし、どこをどう取り間違えたのだろうか。それを聞いて、桃香ちゃんは自分への挑戦状だと受け取ったようだ。
「そこまで言うならの、今からわしがちょーいと魔法をかけてくる。しばし待つが良い」
「え?」
突然、逃げるなよ、とばかりにがしっと肩を掴まれたので、私は身動きが取れなくなった。私より十センチは小さいと思ったのだが、意外と力強いようだ。
「で、でも」
「その間、湖山を好きにしても良いぞ?」
『きゃー! 流石桃香太っ腹―!』
「おい、も……じゃない、水嶌!?」
これにはたまらず、優君も抗議の声を上げる。
『きゃー! 湖山君かーわーいーいー!』
いつも冷静な優君が慌てふためく姿は珍しく、逆にファンに食いつかれる結果となった。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。では、しばしの間任せたぞえ」
『はーい♡』
「こらああああああ桃香あああああああああああああああああああああああああああ」
優君の叫び声を聞いたのはいつ以来かな、それと桃香ちゃんの事名前で呼び捨てしてるよ、とか色々言いたかったけど、当の彼女に連れ去られている私には、どうする事も出来なかった。
ずるずるとひっぱられながら、流石に心苦しくなって質問する。
「桃香ちゃん、良いの? あんな事言って……?」
「大丈夫、大丈夫。湖山なら問題無いっしょ」
かっかっか、とまるで本当にどこかの将軍のように笑う彼女。その大物っぷりに圧倒されながら、
「そうじゃなくって、私の事だよ。あんな事言っちゃって……」
不安で仕方がなく、言葉を漏らす。
「ああ、それこそ何も心配はいらないわ。あたしが、愛莉に魔法をかけたげる♪」
ま、大船に乗ったつもりでいなさい。その力強い言葉に、私は身を任せた。
*
「皆の衆!」
『ははー』
教室に戻ったあたしを、若干一名を除く皆はノリノリで迎えてくれた。そういえば、今日はどうして時代劇風なんだろう。その辺りは謎であるが、考えても結論は出ない類のものであろうと思い、部屋の中央まで進む。そして、女生徒に囲まれて魂の出かけている少年の前に立ち、
「ちょっくら、借りるぞよ」
輪の中から奴をべりっと引きはがす。突き刺さるような視線が届いたが、気にしていては身が持たない。
「じゃあ、愛莉の変身は終わったのね?」
「もっとゆっくりしてきても良かったのにー」
そのまま足早に立ち去ろうとするあたしに、後ろから皮肉が飛んできた。それらをにこりと笑って受け流し、愛莉を待たせている生徒用の控え室へと向かう。その道中、ようやく生きた心地がしてきたのであろう湖山がぶつぶつと愚痴を言い始めた。
「ふぅ、助かった……。しかし桃香、いくらなんでも酷くないか?」
いつもなら軽くあしらうが、今回は無下にも出来ないし。全く、いくら僕が対応に慣れていそうだからってあんまりだ。ぶつぶつ。
だが、取りあってやる訳にはいかない。こちらには此方の事情があるのだ。というか、そこは湖山の方が分かっていると思っていたのだが。
「訳ありなのよ。それで女の子一人救えるんだから我慢なさい」
あたしが言って初めて気が付いた、というように奴は反応を示した。この辺りがやはり、人間味に欠けていると言われる所以だと思う。
「嗚呼、それでか。お前にしては気を回した方だな」
「当然」
「で、愛莉はどうなったんだ?」
なんだかんだ気にはなっていたらしい。あたしは堂々と胸を張って答える。
「ふっふっふ。見たら驚くわよ?」
「……お前のその残忍な顔の方が怖いよ」
どうしてこいつは一言多いのか。心外な、とばかりに一発蹴りを喰らわせた。
*
数分の後、桃香ちゃんは帰ってきた。後ろに、げっそりとやせ細った彼をつれて。
「ゆ、優君! ごめんね! 私の所為で……」
「そんな事は無い。というか、何も迷惑はかけられていないぞ?」
優しい言葉に、思わず目頭がうるっとくる。
「そーいう事。ほい、じゃこれして頑張って」
桃香ちゃんが取り出したのは、淡いピンク色のレースで出来たリボンだった。
「すごく綺麗……。どうしたの?」
「愛莉に似合うと思ってさ、前から用意してたんだ」
そう言って、きゅっ、きゅっ、と手際良く私の髪に結び付けてくれる。
「でも……」
似合わないよ、と逃げようとする私に、
「大丈夫、今のお前は可愛い。胸張っていってこい」
優君が力強く声をかけてくれる。彼も、私と似た能力を持っている。勿論、私なんて到底及ばないぐらい、強い力だけれど。でもだからこそ、言って欲しい言葉が分かるのだろう。泣きそうになりながらも、二人の温かさに背中を押され、私は無理に笑顔を作った。
「うん、がんばる!」
*
その後は、まるで生まれ変わったように明るく元気に振る舞う愛莉に男性客が殺到。一時はどうなる事かとも思ったが、我がクラスの喫茶店は商売繁盛。一日目の学校内、及び二日目の一般公開共に好評で、用意していた食材もほとんど使い切り、完売状態で店仕舞となった。
「これもシェフの腕だね!」
「いやいや、そんな事無いよ」
「でも桃香いなかったら本当無理だったわー」
――そんな事ないんだけどなぁ。
賛辞の嵐を適当にかいくぐり、辰弥と共に今回の功労者の元へ向かう。
「愛莉ー」
「って愛莉か!?」
「あ、そっか。辰弥は初めて見るんだっけ?」
「ああ……。吃驚したぁ。こんな可愛くなると思わなかったよ」
さらさらのストレートの黒髪、潤んだ漆黒の瞳。普段は眼鏡で隠されてしまっているだけに、今はその愛らしさが惜しげもなくさらされている。エプロンドレスも今では引き立て役だ。これには普段から一緒にいる事の多い辰弥でも、見蕩れてしまうのは無理も無い。
「そ、そんな事無いよ!」
頬を赤く染めて照れる姿に、二人で悶えた。
「って、愛莉はいつも可愛いじゃないの」
「それもそうだな」
あはは、と和やかに笑い、お互いをねぎらう。その中に突如、一つの毒が混ざった。
「愛莉、本当可愛いよー」
*
穏やかな雰囲気が、一瞬のうちにぶち壊された。
「いつも眼鏡外して髪下ろしてればいいのに」
「ね、コンタクトにしたら?」
変わり身の術ばりに、急に猫なで声で親しげに話しかけてくる彼女達。その素顔は、私をファンクラブに引き込み、内部で鎮圧する事に飢えている。
「え、あの」
久々に向けられた悪意に、戸惑う事しか出来ない私。
「あ、そういえば先生が皆にお疲れ様って事でジュースくれるらしいよ」
でも、彼女の一言が、再び周りを明るくしてくれた。
「マジで!」
「先生探してくるー」
たったった、と彼女達は走り去っていった。嵐のような素早さである。
「ありがと、桃香ちゃん」
「何のこれしき。朝飯前でござるよ」
屈託の無い笑顔に、私は安堵する。思えば最近、彼女が能力を手に入れてからは、心の声が聞こえなくなった。他のメンバーもそうなので、どうやら能力者同士は相性が悪いらしい。でも、それまでも桃香の心は澄みきっていて、裏表がなく美しかった。
「……見えなくても、分かる事もあるよね」
清々しい疲れと共に、二日間続いたお祭りは終わりを告げた。
そんな訳で、愛莉と桃香の二人の視点でお送りしました今回の話ですが。
ついに能力について、詳細が明らかになりました。
次話も誰かの能力を解説しちゃいます。
そろそろ中盤に差し掛かってきたので、ストーリーも展開していきたいですね。




