体育祭まじっく
桃香と辰弥の二人の視点から、体育祭の練習模様をお届けします。
今まであんまり目立ってこなかった辰弥が、少し活躍しますよ。
芸術、食欲でよく知られる秋という季節だが、彼には他の呼び名も存在する。その名も“スポーツの秋”。という訳で、何故か春と秋に行事が固まる我が中学校では、文化祭の約一か月後が体育祭に当たるのだった。
そうは言っても、文化祭みたいに先から準備しておくのが出来ないのが、体育祭のみそである。何故かは知らないけれど、文化祭よりも体育祭の方が練習に関するルールが厳しく、放課後練習が解禁されるのが、二週間前からなのだ。他にもいくつかルールは存在し、この時期には昇降口前にででんとおふれ書きのように掲示される。一度それを破れば、体育祭実行委員の、こいつら本当に中学生か?と疑いたくなるほどに強面の屈強な男達に連行されるので、皆真面目に守っている。まぁ、こういう物は練習時間が如実に成果に現れるので、公平を期す為には仕方のない事だとは思う。
そして本日、お昼の放送で、件の体育委員会から、こんな宣言があった。
「全校生徒に告ぐ。我々体育委員会は、今日ここに放課後練習の解禁を宣言する!」
そんな訳で、本日から放課後、二時間の練習時間が与えられたあたし達は、
「文化祭で団結した俺らの実力、見せてやろうぜ!」
『おー!』
気合十分。グラウンドに駆けていったのであった。
しかし、そう上手くいかないのが、競技としての団体ものなのである。特にあたし達が力を入れる種目は、代々三年生だけがやるムカデ競走であった。一つの縄に輪っかをたくさんつけた物に皆で足を通し、まるでムカデのように動いてゴールを目指すレース。まさに一致団結、という言葉がよく似合う競技であるが、それだけにとても難しいのがこれであった。
「うーん、なんで息が合わないんだ……?」
だが、練習を始めたばかりとは言え、二時間かけてほとんど開始位置から動いていない、というのは大いに問題があると思われた。現に、遠くで練習をしている他のクラスは、なんとなくではあるが歩けてはいる。あるクラスでは小走りぐらいの速度が出ていた。
「もう無理じゃね?」
「そんな、諦めちゃ駄目だよ!」
三日後。どうにかこうにか歩けるようにはなったが、まだ走れるようにはなっていないこの状況では、そんな言葉が出てくるのは無理も無い事だった。しかし、そうは言ってもまだ始まったばかりなのである。コツが分からず上手くいかないのは、確かにひどくもどかしい事であるが。
「所詮、うちらには運動系は向かなかったって事じゃね?」
挙句の果てには、練習も半ばにさしたというのにそんな事を言い出す人もいるものだから、最初の勢いは完全に失墜し、クラス内の雰囲気も段々ぎすぎすしてきてしまった。
そもそも、合わせる為の掛け声ですら、どうすればいいのだか、誰も分かっていなかった。一応、右、左、と足を出す時に言うという事で統一してはいるのだが、疲れてくると声を出さなくなる人もいて、それがさらに足並みをそろわなくさせている。それで転べばまた体力はそがれるし、何より痛いし、泥沼も良い所だった。
「このままじゃ、まずいわね……」
本来ならば、力を使うのは人目を忍んで、それも人助けの為限定であるが、今回はまぁ仕方ないだろう。ばれなければ多分、問題は無い。そして、ばれて問題がある湖山には、絶対に気付かれない自信があった。これまで見てきて分かった。奴には致命的な欠点、いや空洞がある。それに自分で気が付かない限り、このあたし、水嶌桃香が遅れを取る事は無い。
しかし、多少はためらった。というのも、自分でも力にすぐ頼る事が癖になっているのではないか、と思い始めたからである。それでも、使おうと思った。あたしの力は、人助けと言えど、ずっと視力の代わりとして働き続けているのだ。言うなれば、身の回りを見通す為に存在している。それならば、クラスを円滑に進める為に使っても良いはずだ。
という感じで自分を誤魔化し、もとい正当な理由をつけて、とりあえずあたしは、ムカデの縄を修理するから、と言ってお借りしてきた。まぁその言葉自体に嘘は無く、実際に何カ所か切れかかっている部分がある。ロープにストッキングをくくりつけただけのそれは、割と切れやすいのだ。うちのクラスのように転んでいたりすると尚更、接合部分に負荷がかかるらしい。
「よし、じゃあやるか……」
一人の時ならまだしも、こうやって複数の人が関わっている物から読み取るのは、かなりの集中力がいるのだ。両親がまだ帰ってこない事を確認し、汚れないように新聞紙を敷いてから部屋にムカデの足を広げ、深呼吸をする。それから気を一点に集め、心の中に問いかけた。
――教えてください。ムカデって、どう走れば良いの?
すると、徐々に風景が見えてきた。練習しているそれぞれの時代の生徒の想いが、あたしの中に流れ込んでくる。先代の先輩達が、一生懸命練習してきた記憶。成程、代々縄が引き継がれているというのは、本当だったようだ。
「よし、なんとなくつかめ、た……」
一時間後、膨大な量の記憶の束からエッセンスだけを読み取ると、あたしは疲れ果ててベッドの上に倒れ込んだ。
*
放課後、というか練習が終わった後、誰もいなくなったのを見計らって、俺はこっそり体育倉庫に戻った。そこには、体育祭で使用されるいくつもの道具が眠っていた。
「ちょーいと失礼しますよ、っと」
俺――山上辰弥の能力は、皆のものとは少し違った。何せ、俺はこの力を生まれながらにして持っているのだから。
物心ついた時から、俺には物の本質のようなものが見えた。物の魂、とでも言えば良いのだろうか。初めて使う物でも、どうやって使うかが分かるのだ。
そんな訳で、小さい頃の俺は神童ともてはやされていた。もっとも、それが通用したのは、小学校も低学年のうちまでだったけれども。段々と周りが見えてくると、皆には自分と同じ物は見えていない事を知った。人は、自分と違うモノを排除したがる習性を持つ。したがって俺自身が、この能力を失いたい、皆と一緒の“普通”が良い。そう、願うようになってしまったのだった。
そんな悩める俺に、理由を教えてくれたのが、神主だった祖父であった。
「お前のその力は、神様からいただいた大切なものだからね。大事にしなさい。そして、お前が困った時、お前の友達や大切な人が大変な時に、使いなさい」
いつもしかめっ面の厳格な祖父が、にこやかにやわらかい言葉を発したのは、覚えている限りではこれが初めてだった。あの俺の頭を撫でる手の温もりは、今でも忘れられない。
それ以来、俺は力について悩むのを止めた。そして、無自覚に使っていた力を制御する事に努めるようになる。これにも、祖父が協力してくれたりして、中学に上がる頃にはすでに、コントロールは完璧に出来ていた。
だから、優に誘われた時、俺は驚いた。どうしてばれたんだろう、って。
「俺には心の内が見える。だが、何かしらの能力があると見えない。辰弥、お前の心は見えなかった。ただ、それだけだ」
いやそれだけで判断するなし、と思ったが、そのあまりにも自信過剰な態度に、こいつならついていっても大丈夫かもしれない、と何故か思った。
「よし、じゃあやりますかね」
しかし、最近はむやみやたらに使わないようにしている。ずるいような気もするし、何よりそうやって悪目立ちするのはもう、こりごりだった。まぁ、それと事務所の方で力をあんまり使わないのとは、また別の話ではあるけれども。
ただ、今回は事情が違う。俺は居心地の悪い空気には、あまりというかほとんど耐性がない。あんなにぎすぎすして中の悪いクラスになど、いても楽しくないではないか。そういう訳で、探偵社の活動でもほとんど使う事の無い力を使う事と、相成ったのである。
そんな訳で、本格的に力を使うのは久々なので緊張するかとも思ったが、案外そうでもなかった。昔は呼吸するのと同然に行っていた事なのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
――君達は、どう使われたい?
「ふむふむ、成程ね……」
*
「しまった……」
翌朝目を覚ますと、昨日倒れ込んだそのままの格好で、あたしは眠りについていた。
しかし、得た成果はそれなりのものがあったので、大人しく支度をして、学校へ向かう事にした。
ここ二カ月ぐらい授業をおろそかにしているなぁと危機感を持ちつつ、かと言って真面目に聞ける訳も無く、適当に受け流して放課後。練習を始める際のいつもの作戦会議で、あたしは昨日見た事を早速提案する事にした。
「あのね、先輩達からポイントを教えてもらってきたんだ」
「本当に?」
半信半疑の皆。無理も無い。大体、そんな方法があるなら、最初から教えてほしいぐらいだろう。まぁ、ここまで上達しないと思わなかったからこそ、今までは何もせずに自分達で頑張ろうと思った訳だが。ところが、上手くいっている他クラスに探りを入れてみると、なんと兄姉から話を聞いているというではないか。だからこそ、あたしも本気を出した、という訳である。
「それはね」
少しもったいぶって注目を集めてから、あたしは
『皆の心を一つにする事!』
と宣言した。その時、何故か辰弥の声とシンクロしたのである。
「そう。だから、具体的な練習方法もばっちり聞いてきたよ」
それから、彼はさも聞いてきたかのように、皆に説明を始めた。並んだ時の背の高さを合わせ、力をかけやすくする事、掛け声は右足を踏みだす際に“ハイ”と一回だけ言う事、足並みをそろえる為に、最初に円陣を組んで練習する事。熱っぽく話す様子に皆も徐々に乗り気になって、食い入るように辰弥の話を聞いている。
「最後に。俺達は今まで、皆を信じてやってきた。ちょっとやそっとで上手くはならないかもしれないけど、それがあれば大丈夫。絶対上達する」
――成程ね。
途中から良い所は彼にとられてしまったが、なんだかんだ、クラス想いの生徒が揃っているなぁ、と少し嬉しくなった。
*
「山上君すごーい、本当にちょっと上手くなってきたかも!」
「いやいや、皆が力を合わせればざっとこんなもんだよ」
水分補給を兼ねた休憩中、皆が俺に称賛を投げかける。確かに、今日の練習では普段よりも格段にスピードも出たし、息も合っていた。これならなんとかなるかもしれない、と思ってくれたようで何よりであるが、少し恥ずかしい。
――うーん、やっぱりこういう事は、桃香に任せた方が良かったかな。
俺がでしゃばる形になってしまって、彼女には若干申し訳ない気持ちになっていた。
「辰弥君、本当すごいね!」
そう、少し物思いにふけっていると、愛莉がこそこそ、と此方に寄ってきた。そういえば、探偵社と桃香がいる時を除いて彼女から話しかけてくる事は珍しい。
「そんな事ないよ」
愛莉は俺が能力を使った事に気が付いていて、そう言っているのだろうか。などと邪推していたのだが、
「私、運動苦手だけど、今皆で走るのはすごく楽しい!」
それはどうやら杞憂に終わったようだ。ただ単純に、よっぽどそれが嬉しかったらしい。身構えた分、その笑顔が俺の心を癒していく。
「そ、そろそろ休憩終わりだな。後半も頑張ろうぜ!」
「うんっ」
少し赤くなった顔を見られないように、俺は先に立ち上がった。
「明日もこの調子で頑張ろう!」
『おー!』
今日は本当に良かったね、皆の息がぴったり合ってて、本当に一つになったみたい。
練習後、いつもの暗くて重苦しい溜息とは違い、明るい声があちこちから聞こえてきた。これでこそこのクラス。俺も気分良く、教室へと戻ろうとした。
「辰弥」
「んー?」
その時、後ろから声を掛けられた。今度は桃香だった。
「あんたも力、使ったでしょ?」
――流石にばれてたか……。
その事が分かるとしたら、彼女以外にはいないと思った。同系統の能力者という事だけではなく、その持前の推理力で物事の本質を見抜く事に長けているからである。まぁ、今回はばれても仕方ないと思ったし、何より桃香だって力を使っていたようだから、お互い様だろう。俺の周りに人がいなくなってから話しかけた事も、彼女らしい配慮だ。
「あー、わりぃ。どうしても我慢出来なくって」
だからここは、素直に謝る。これで罪悪感も消えた。
「ううん。むしろ助かった。そうね、物の事は物に聞いた方が早いもんね」
なんでも、桃香の能力では断片的な記憶しか出てこないので、具体的な方法までは読み取る事が出来ないらしい。だが、俺なら直接、物に呼び掛ける事が出来る。よく理屈は分からないが、九十九神の延長線のようなものだ。同じ物を視る能力でも、これだけ違いが出るというのには最初、驚いたものである。
「一本取られたわ」
そう言って彼女はにかっと笑い、俺達は固く握手をする。輝く夕日と共に交わした友情は、俺の中でキラキラときらめいていた。
*
そして、一週間後。美しく澄み渡った秋晴れの日に、予定通り体育祭は行われた。
最後に行われたムカデ競走では、接戦ではあったが、惜しくもあたし達のクラスは第二位で終わった。あと少しの差。悔しかったし、中には泣き出した子もいた。
けれども、終わった後の何とも言えない皆の満足そうな、清々しい顔は何物にも代えがたかった。
ムカデ競走とか懐かしいなぁ、と思いながら書いてみました。
文化祭の方では当日をメインにしたので、体育祭では練習をメインに。
なんとなく二本セットなお話でした。




