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おばあさんの時計

 多少の不安を抱えたまま、翌日は先生の声が耳に残らないぐらいに、あっという間に過ぎていった。そして、とうとう放課後がやってきてしまったのである。

 いや、まぁでも昨日の今日でいきなり仕事とかないだろう。と思えるほど、あたしは楽観主義者でもなく。同じクラスに愛莉と辰弥がいた事が決定的だった。彼らがいなければきっと、逃げ出すことも可能だったろうに。二人の笑顔に連れられて、しぶしぶあの廃ビルに一緒に向かうと、そこにはもう湖山がいた。

「遅い」

 奴はあたし達を見るなり、不機嫌そうに言う。

「ああ、ごめん優。さ、さっさと仕事しようぜ!」

 辰弥が三人を代表して、形だけの謝罪をする。なんだか、奴の扱いはもう心得ているようだった。

「そう、だな。新米探偵、水嶌のお手並み拝見といこうじゃないか」

 よっぽど待たされたことが癪だったのか、いつもより更に意地悪そうな目であたしを見る。な、何よ、そっちが早く来すぎただけじゃない。感情的になりかけたものの、こらえる。昨日、挑発に乗って痛い目を見たばかりだったから、今日は慎重にならざるをえなかった。

 相変わらずの調子の湖山は、そんなあたしの葛藤にも気付かずに続ける。

「さて、では「ちょ、ちょっと良いかな?」

 しかし、それを遮る声があった。女の子特有の甘く、優しい声。愛莉である。

「なんだ?」

 奴が珍しく、驚いた風に尋ねる。それだけ、愛莉は普段大人しい良い子なのだ。

「ねぇ、折角だから、ここでは下の名前で呼ぼうよ!」

 にっこり笑って、彼女は答えた。どうやら、奴があたしの事を“水嶌”と呼んだのがひっかかったらしい。もっとも、辰弥と愛莉の名を奴が呼んでいるところを見た事はなかったので、そこは何とも言えなかったが。というか、この三人が一体いつからつるんでるかすら、あたしは知らない。ほとんど何も、聞かされてはいないのだ。

「いいんじゃん? 俺は賛成。っていうか、もう呼んでるしな」

 軽い感じで同意を示すのは辰弥である。まぁ、彼は基本、誰の事も名前で呼ぶのは知っている。それが彼のポリシー、なんだとか。まぁ、かくいうあたしも、二人の事は名前で呼んでいるので、問題はない。強いて言うなら湖山の事ぐらいだが、それはそもそも、奴の事を呼ばなければ済む話だ。実際、あたしは今までそうやって切り抜けてきた。

「ふむ。ま、まぁ、いいか」

 何故か若干頬を赤らめながら、湖山が咳払いをして話を戻す。

――なんだろう。もしかして、愛莉の笑顔にやられちゃったとか? それだったら面白いのに。

「では、桃香。お前の初仕事はこれだ」

 しかし奴は対して動揺した様子も見せず、あたしに封筒を差し出す。

「中を見てみろ」

 高圧的にうながされ渋々、中身を取り出す。

「時計……?」

 中には、一目でそれと分かるような、高級そうな腕時計が入っていた。

「そうだ。その持ち主を探し出すのが、今日のお前の仕事だ」

「でも……どうやってやるの?」

 そもそも、自分の力についてよく理解していないのに、いきなりやれと言われても。それに、あたしの力ははたして、そういう事に使えるのだろうか?

 しかし、湖山はそんな事は微塵も気にせずに、というかむしろ出来て当然、とばかりに、やる事だけを指示した。

「簡単だ。まず、時計を左手に乗せろ。次に、右手を左手の上にかざす。とりあえず、ここまでやってみろ」

 まぁ、根拠もなしに言うような奴ではない事だけは分かっているので、あたしは言われたように、時計を左手にそーっと乗せ、右手をその上にかざした。

「それから?」

「目を閉じて、心の中で持ち主は誰かを聞くんだ。それから先は、自然と見えてくる」

――本当かな……?

 怪しさ満点の方法に、あたしは疑いながらも、仕方なく試してみる事にした。

――この時計の持ち主は誰?

 すると、程なくして、ある一軒のお屋敷が見えてきた。そしてズームしていくように、そこに住んでいる人なのであろう、七十代ぐらいの女性が一人、大事そうにこの時計を眺めている姿が見えた。成程、この人が持ち主か。

 目を開けるとすぐに、

「何が見えた?」

と辰弥が聞いてきた。

「……大きなお屋敷に住んでいるおばあさんが見えたわ。この時計を、とっても大切そうに扱っていた」

 あたしは見たものをそのまま言う。すると湖山が、いつになく優しい口調で称賛した。

「初めてでそれだけできれば上出来だ。後はその人を捜すだけだが……。それもやってみるか?」

「うん」

 再び目を閉じ、一生懸命念じてみた。あたしの力だ。願えば必ず答えてくれるだろう、そんな気がしたから。今度はあえて何も聞かず、自分のやり方でやってみた。

――あの人は今、どこにいますか?

 ぼやーっと、始めは色だけだった世界に、徐々に輪郭が宿る。木々の緑、色鮮やかな遊具。どうやら、公園のようだった。

――あれ? これって、もしかして桜坂公園?

 徐々に具現化されていく風景に、あたしは見覚えがあった。そう、それはまさにあたしが事故にあった場所だったのである。

「桜坂公園が見えた。多分、そこにいるって事だと思う」

「そこなら近いじゃん。じゃあ、皆で行こうぜ!」

 あたしの言った事を丸々信じているように、辰弥は明るい声で提案する。愛莉はうなづき、湖山はしんがりを務めるように黙ってついてきただけだった。


 別段急いだわけでもないのに、事務所という名の廃ビルから公園までは、十分もかからなかった。まぁ、通学路にあるぐらいだし、当然と言えば当然だろう。

「ここにその人がいるのね?」

 到着するや否や、愛莉が確認するように言った。

「うん。……あ、いた。あのベンチに座っている人だよ」

 皆は一斉に、あたしの指差した方向を見る。そこには、悲しそうな表情をしたおばあさんが一人ぽつん、と座っていた。上品そうな身なりといい、表情といい、まず間違いはない。

「よし、じゃあ俺が渡してくるよ」

 四人の中で一番社交的な辰弥が、その役を買って出た。こういう時、彼の外見や雰囲気は効果抜群である。流石、伊達に生徒会役員ではない。

 数分後、おばあさんと共に、辰弥が帰ってきた。

「ありがとうね」

 おばあさんはとても嬉しそうに頭を下げた。見ているこっちまで元気になるような、そんな笑顔に、あたしはちょっと照れながらはにかむ。そしてそのまま、やはり大事そうに時計を胸に抱えて、公園を後にした。


 辰弥によると、あの時計はおばあさんのお孫さんから、誕生日にもらったものだったらしい。それを、この前うっかり落としてしまったのだという。

「なんか、女の子の叫び声に驚いたらしいんだよね。それで、おろおろしているうちに忘れちゃったんだってさ」

「それって……」

 あたしの所為か、とも思ったが、口に出すのは止めておいた。言わなくても、彼らならそのぐらい察してくれるだろう。

「本当に、感謝してたよ」

 辰弥は最後にそうしめくくった。

 誰かの役に立てたという達成感が全身を包みこみ、帰りは行きよりも足取りが軽かった。


 事務所に戻り、今日の反省会と称した雑談の最中、愛莉が言った。

「でも、さっすが桃香ちゃん。初めてでこんなに出来るんだもの。私と辰弥君なんか、まだそんなに出来ないのに。すごいねー」

 まだ、という事は、二人にも素質はあるという事なのだろうか。うーむ、やっぱりこの能力、奥が深そうだ。早いとこ聞き出さなければ……。

「そうだねー」

 朗らかにいうのは辰弥である。一方、湖山と言えば、相変わらず仏頂面だった。それを見かねてか、

「優君もそう思うでしょ?」

彼女は意地悪っぽく尋ねる。

「まぁな」

 愛莉の問いかけに、湖山はそっけなく答えた。すると辰弥が

「素直じゃないなぁ。お前だって、初めての時は場所まで当てられなかったくせに」

と、からかう。

「うるせー」

 言葉は弱気だが、顔は耳まで真っ赤だった。ふむ、どうやらこの三人、かなり親しいらしい。割とのけ者にされてしまった感はあるが、それも仕方ないというものだ。それに……。気になる事が他にもあって、それはどうでもいい事のように流してしまった。

「まぁ、何はともあれ。桃香、よくやったな。今日はこれにて解散」

『お疲れ様でしたー』

 声をそろえてしまうあたり、あたしもここに慣れてしまったなぁと実感しつつ、愛莉と共に家路に着いた。


 こうして、桃香の初仕事は、大成功で幕を閉じた。しかし、彼女の胸の中に残っていたのは仕事の事ではなく、湖山のあの照れた表情だった。

――あいつのあんな顔、初めて見たかも……。

 常に人を見下したような眼と、皮肉で曲がった口元しか見ていなかったから、今日のあれはやけに新鮮だった。それだけ、奴が二人には心を許しているという事なのだろう。それを不覚にも羨ましいと思ってしまう自分がいたりして、いやまさかそんな、有り得ない、と自分にしどろもどろになりながらも、一応つっこんでおいた。


 その夜、あたしはなかなか寝付けなかった。


初事件という事で、少しほんわかするような、それでいて今までの状況を総括するような、そんな内容にしてみました。

ここからは学校生活を中心に、身近な事件をとりあげつつ、四人の関係なんぞ書いていけたら良いなぁと思います。

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