入団てすと
「とまぁ、歓迎したいのはやまやまなのだが」
言質をとったからだろうか。急に真面目な、というか何か企むような表情をして、湖山が宣言した。
「君にも一応、テストを受けてもらうよ」
「て、テスト?」
てっきり、自分で言うのもなんだが、あたしは“スカウト”されているのだと思っていたから、寝耳に水だった。
「と言っても、簡単なものだよ」
そう言って、奴が引き出しの中から取り出したのは、四本のシャープペンシル。どうやら全て、色が違うようだ。
「このピンク・オレンジ・緑・青の四本、事前に俺達で選んであるんだ」
「これをどれが誰のだか当ててほしいの」
「勿論、チャンスは一度きり」
この口ぶりからすると、ここまでが彼らの段取りらしい。またもやはめられた気分を、あたしは味わう。
「なんだったら“力”を使っても良いぜ? もっとも、お前の力がそういう風に使えるかどうかは、分からないけどな」
「……その言い方だと、まるで個人差があるみたいね」
「おっしゃる通り。ま、その辺も追々、な」
……この調子じゃ、あたしがきちんと全部全て丸ごと知るのは、果たしていつになる事やら。
「質問は一回まで。ただし、それには三人とも答えよう。それで良いか?」
「ええ」
要するに、一本ダミーが入った中で、三本を正確に当てろと言うだけの話だ。三本から四本というだけで確率は上がったものの、基本やる事は変わらない。
こうなったら、この茶番に最後まで付き合ってやろう。道化役を決め込み、あたしは流儀に則った。
「皆の好きな色を教えてくれる?」
「この中にない色でもいいのか?」
その辺りは心得ているというか、抜け目がないというか。しかし、その程度の問に揺さぶられるような桃香さんでもないのであった。
「構わないわ。それと、真偽は問わない」
「つまり、嘘を言っても良い、と?」
「そういうこと」
微笑を交えて言ったあたしは、さもしてやったり、という顔をしていたのであろう。湖山が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「私はピンクが好きだなー。淡い色って可愛いよね。あと、あったかいし」
あたしの問いかけに最初に素直に応じたのは、やはり愛莉である。
「俺は青だね。クールな感じで良いよ」
「僕は黒かな。全てを塗りつぶす漆黒。格好良いね」
それに続くように、辰弥、湖山。ちなみに、私は空色である。
「成程ね」
皆の答えは、あたしが予想していたものと同じだった。ならば、最初から分かっていたようなもの。確証はない。しかし、
「こんなの簡単よ」
自信はあった。湖山の事はともかく、愛莉と辰弥に関しては、よく知っているつもりだから。ま、そうはいったものの、内心では冷や冷やしていたんだけれども。いや、後からよくよく考えてみれば、あの時正解しなかった方が良かったのだろう。だって、これは“入団テスト”。受からなければ、あたしがこれからここで働く道理も、なかったはずなのだから。
「まず、湖山がピンク。これは決定事項」
「なんでだよ」
「だって、あんたが一番好きな色、なんでしょう?」
一瞬だったが、ぎくり、と目に見えて狼狽したのが分かった。
「馬鹿な、俺の公式ホームページではちゃんと“黒”だと」
「いや、これあんたの熱烈なファンからの情報だから」
奴に何故か人気があり、ファンクラブまであるということはすでに前述したような気がするが、ホームページまで持っているとは知らなかった。しかも、あの口ぶりからするとどうやら自分で作ったらしい。ITボーイ気取りやがって。まぁ、そこはとりあえず置いといて。何故かあたしの友人に奴のファンクラブのメンバー、しかも会長が存在し、何かにつけてはいらない情報を流してくるので、あたしも覚えてしまったのだ。
「あたしは別に全然、これぽっちもあんたの事になんて興味はないんだからね」
顔を赤らめてそっぽを向けばもう少し可愛げがあるように聞こえるのかもしれないが、生憎、あたしは奴の目を見ながら無表情で、これを言った。
「そ、そうなのか……」
これに湖山が微妙に凹んでいるような、そんな素振りを見せたのだが、気にしないことにしておく。どうせお得意の演技に決まっている。もう騙されるもんですか。
「……武士の情けで、お弁当袋の事に関してだけは、黙っておいてあげるわ」
「!?」
そこまで知っているのか、と奴の顔にさーっと青い筋が見えた事は言うまでもない。ふむ、どうやらあの一見無駄に思える雑談も、こうして脅し文句に使う分には十分に効力を発揮してくれるらしい。これは良い事を発見した。
「桃香ちゃん、なーに、それ?」
「聞かない方が良い事、というか聞くだけ無駄な情報の事よ」
誰が奴のお弁当袋は、薄桃色で愛らしいテディベアが印刷されているものである、という情報を欲しがるのだろうか。全く、そんな奴の気が知れないわ。
「で、俺達のは、どれだと思うんだ?」
ショックで立ち直れない様子の湖山を見かねてか、辰哉が助け舟を出す。
「で、そうなると愛莉は消去法でオレンジ。きっと“それだと意外性がない。男の俺がピンクを選ぶ事にかく乱の意味があるんだ”とかなんとかほざいて、湖山が先にとっちゃったんでしょう?」
「すごーい。そこまで分かっちゃうもんなんだー」
目をキラキラと輝かせて感心する愛莉には悪いのだが、こんな事はその人の性格とか考えたら、誰にでも分かると思うんだ……。
ここまでは納得してくれたらしい。辰弥はふむ、と小さく頷いてから言う。
「で、最後に俺が残るわけか」
「うん。そうだね。あたしも、ここが一番迷ったんだけど……」
こうであれば良いな、という願望にすぎないが、どうせここまでくれば、当てずっぽうでも半分は正解するのだ。それなら、あたしの好きなようにさせてもらう。
「辰哉は緑、かな?」
そう言って、あたしは綺麗な新緑のペンを辰哉の前に置く。これで手元に残ったのは、見る者を晴れやかな気持ちにさせるような、空色。
「なんでそう思ったんだ?」
「だってほら、辰哉、優しいじゃない?」
参ったな、とぽりぽりと頭をかく彼に、あたしは最大級の笑顔を見せた。
「辰哉ならきっと、あたしにこの色のペンを残してくれる、そう思ったんだよね」
「あはは。桃香、その色好きだもんね」
「やっぱり、覚えててくれたんだ。嬉しい」
あれはいつの誕生日だったか。確か偶然平日にあったとかで、皆であたしの誕生日会をしてくれる事になったのだ。その際に、彼はわざわざあたしの好きな色をリサーチして、その色のノートをプレゼントにくれた、という出来事があったのである。
「ごほんごほん」
この話はもう終わりだ、と言いたいのか、ここで湖山が割って入る。その時、二人の視線がぶつかっていたような気がした。
「ま、結論から言えば、お前の推理は大当たりだ。元々、素質があるという事かもしれん」
「じゃあ……」
まぁ、四本ペンがあったら、そのうち一本はあたしのものだと思って差し支えないだろう。おそらく、テストに合格したら仲間の証として受け取るはず。そう考えたからこその、あの推理だったのだが。まさか他にもう一人既存のメンバーがいて、その人の分だという訳でもないだろうし。
そんなこんなで、
「合格だ」
無事、あたしの推理は当たっていたらしい。が。
「やったね、桃香ちゃん!」
「う……ん?」
この時ようやく、あたしは何かがおかしい事に気が付いた。
――あれ? そういえば、あたしなんでこのテスト受けてたんだっけ……?
「では、今日はこれにて解散。明日から放課後は毎日、事務所に集合するように!」
「って、しまったああああああああああああああああああああああああああああああああ」
思い出した頃には、時すでに遅し。今から考えれば、あたしのこういう負けず嫌いな所も計算に入れた上で、奴はこの作戦を仕掛けたのだろう。
やはり気の抜けない男だ、とこの時あたしは実感した。
まだまだ聞きたい事は大量にあったのだが、その日は大人しく帰宅した。一度落ち着いて頭の中を整理する必要があると思ったのだ。それに、もしかしたらあれは夢で、家に帰ればまた昨日と変わらない生活が待っているかも、そう願ったのである。
しかし現実は、そう甘いものではなく、自分の部屋で鏡を見た際に、それは再び実感としてあたしの中に入ってきた。
「本当、なんだ……」
そこに映ったあたしは、確かに包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「はぁ……」
しばしの間、溜息をつきながら自分とにらめっこする。
「うーん、でもまぁ、なんとかなるっしょ」
いつまでも沈んでいるのは自分らしくない、と半ば強制的に気分を入れ替え、あたしは立ち上がる。この“不思議な力”とやらのおかげで生活に不自由していないのもまた、前向きに考えるのを助けてくれているのかもしれない。そうだ、これがなければあたしは暗闇と立ち向かわなければならなかったのだ。光の閉ざされた世界に置き去りにされる事を考えれば、こんな逆境、何とでもなかった。
――そういえば、“仕事”ってなんなんだろう……?
もしかしたら最も重要な事を尋ね損ねたかもしれない、と不安にはなったが、
「ま、行ってみれば分かるでしょう」
あえて楽観的に捉えて、その日は深い眠りに落ちた。
さて、前置きはこれで終了。
次話はいよいよ、翼探偵事務所、始動です。
彼らがどんな風に事件に立ち向かっていくのか、またどんな事件が彼らを待ち受けているのか。
中学生に戻った気分で、書きすすめていきたいと思います。




