こいこがれ聖なる夜
クリスマスに乗っかろう第二弾!
という訳で、翼探偵事務所の面々もパーティーをする事になりました。
実は大事な分岐点のこのお話。年明けに彼らは一体どうなっていくのか。
お楽しみいただければ幸いです。
「じんぐるべーるじんぐるべーるすずがーなるー、っと」
愛莉が歌いながら、楽しそうに部屋をくるくると忙しそうに動いていた。平和な放課後の、とある一幕である。
「何やってんだ?」
にもかかわらず、そんな無粋な質問をするのは野暮というものではないだろうか。まぁ質問の主は私達の中では空気が読めない男、湖山優だったから仕方が無いとは思うが。
「クリスマスの飾り付けだよ~」
まぁ、うきうき気分の愛莉はどこ吹く風。対して気にした様子も無く答える。
「くりすます、だ、と」
何がそんなに奴の気に障ったのかは分からないが、その単語を聞いた途端、湖山は青ざめた顔で固まってしまった。
そんな彼を、勿論あたしは無視して、
「こんなんでいい?」
愛莉に頼まれていた物を見せる。
「わー、桃香ちゃん器用ー!」
物は飾り用の切り絵だった。王道の星や花から、クマが手をつないだようなものまで、何種類か作ってみたが、我ながらなかなか上手く出来たと思う。
「そ、そんなものを」
飾るんじゃない、と言いたかったのだろう。ようやく復活してきた湖山が注意をしようとしたが、
「おーい、木もらってきたぞー」
用があるからと言ってどこかに出掛けていたはずの辰弥が、植木とは言え身の丈ほど大きなモミの木を持って帰ってきてしまっては、後の祭りというやつであった。
「どういう事なんだ全く……。大体、そんなでかいものを入れるなよ……」
あまりにも事が進んでいて、もうつっこむ気力も無くなったようで、奴はぼやくにとどまった。
「折角だし、大きい方がいいじゃんかー」
「片付けするからー」
「むー」
尚も納得いかなそうな様子の彼に、辰弥が哀愁漂う表情で止めを刺した。
「いいじゃん、俺んとこも神社で肩身狭くって、クリスマスパーティーしたかったし」
奴がついに、黙った。折れたという事らしい。
「決まりね」
『やったー!』
ぴょんぴょんと跳ねて嬉しさを表現する愛莉と辰弥。……この子達、本当に中学三年生だろうか。これはこれで、心配になる二人である。
「では、二十五日午後三時にここに集合。それまでに各自、五百円以内でプレゼント交換用のプレゼントを用意する事。ケーキは愛莉、お菓子は桃香、辰弥は飲み物を用意しておいてくれ。僕は皿やコップを調達しておく」
『って仕切るの早っ』
彼らがはしゃいでいる間、ものの数分しかなかっただろう。湖山の立ち直りの早さに、驚かざるを得なかった。だが、それだけではなく。
「しかも、すごく的確だし」
そう。まるであらかじめ用意していたかのような、見事なまでの指示なのだ。あれだけ“クリスマス”という言葉に拒絶にも見える反応を示していた割には、あまりにも手際が鮮やか過ぎる。そこで、奴の性格を考慮してみたら、ある仮説に思い当たった。
「はっはーん、湖山。さてはあんた、実はクリスマスパーティーやりたかったのね?」
「・・・」
『あ、黙った。図星だ』
どうやら、あたしの考えは的中していたらしい。しかしそれを誤魔化すかのように、彼は照れ隠し見え見えの言い訳をする。
「う、五月蝿いなっ。僕の家でも、やらないんだよ……」
「へぇ~」
湖山の弱みを握った気がして、少し気分が良くなった。
「と、兎に角、今日は飾り付けが終わったら解散だ。明日はきっと、桃香と愛莉は家でやるんだろう?」
「多分、そうね」
「私も二十四だなぁ……。そういえば」
ここでふと思いついたように、愛莉が言った。
「なんで最近は皆、二十四日にお祝いするのかな?」
その素朴な疑問に、あくまでも推測でしかないが、と前置きして湖山が仮説を披露し始める。
「まぁ、一つ考えられるのは、我々はキリスト教徒ではないという事だな」
「うん、そうだね」
「でもそれが一体、何の関係があるんだ?」
まだ分からない様子の彼らに、あたしからも説明をする。
「じゃあそんなあたし達が、何を一番楽しみにするかは、分かるわよね?」
「プレゼント?」
「そう。それがもらえるのは?」
「二十四日の夜!」
「正解。まぁ正しくは二十五日の未明ってとこかしらね。それを考えると、子ども達のテンションのピークは二十四日の午後十時辺り。最近じゃ夜更かしする子も多いから、もう少し時間は遅くなるかもしれないけれど。いずれにせよ、二十四日夜から二十五日明け方ってのが、日本人のクリスマスみたいね」
「あと、前夜祭とか好きだしな」
湖山に良いとこどりされたのが不服だが、まぁおおよそ、そんな所だろう。
だが、こんなに詳しく解説したのに、逆にそれが不満だったようで、
「よく分かったけど、クリスマスをそんなに冷静に分析しないでー!」
全力で叫ばれてしまった。
『いや、聞いたの愛莉じゃん』
これには流石につっこんだが、その結果として奴とハモるなどという不名誉極まりない事をしてしまった。不覚。
「そうだけどー」
尚もふくれっ面で彼女はぶつぶつ文句を言う。
「もっと夢のあるお話が良かったなぁ」
ぶぅ、とむくれた姿を見た辰弥が、あたし達を代表して言った。
「愛莉は本当可愛いなぁ」
そして、小さい子にするように頭を撫でる。だが、そこに微笑ましさと優しさの他に、何か別の感情が見えたのは気のせいだろうか。
「もう、あたし子どもじゃないのよっ」
怒ってる姿も可愛いなぁ、とは流石に言わなかったが、心の中では全会一致で思っていた事だろう。
そうこう喋っている間に飾りつけは終わり、あたし達は帰宅した。
そして、三日後。
「めりーくりすまーす!」
待ち合わせをした訳ではないが、なんとなく三人で事務所を訪れる事になったあたし達がまず目にしたのは、赤い服に白いひげの男だった。
『……なんで、サンタの格好してるの?』
しかも、それだけではなく、
「しかもなんで耳……? それクマ耳?」
獣の耳を付けていた。だが、それに関して疑問を持っていたのはあたしだけだったらしい。
「あれ? 桃香ちゃん知らないの?」
「くまたくろーすだよ。絵本読まなかったか?」
「……知らない」
『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ』
仮装をした当の本人も含め、盛大に驚かれてしまった。どうやら、相当有名なお話らしい。
「ふっ、この愛らしさを知らなかったとは、お前人生損してるな」
「そこまで言うかね」
まぁ確かに、そのくまたくろーすとかいうクマのサンタが可愛いであろう事は認める。認めるが、そこまで言う必要はないと思う。また険悪なムードが漂いそうになった所で、
「そ、それよりも! ケーキ焼いてきたよー」
愛莉が器用に割って入ってきた。この手のやり取りは毎度の事なので、彼女も慣れてきたのかもしれない。取り出したのは、すでに美しくデコレーションが施されているケーキ。その素晴らしさに、我々は歓声を上げる。
『おおー!』
「うまそうだなー」
「えへへ」
「うん、流石だ。愛莉に任せて正解だったな」
「あ、ありがとう」
何故か湖山の言葉には照れる愛莉を、あたしは生温かい眼差しで見ていた。
ケーキに舌鼓を打ち、お菓子をたらふくたいらげた所で、
「ではではそろそろー」
「お待ちかねのー」
『プレゼントこうかーん!』
サンタとトナカイが右腕を高く上げた。ちなみに、サンタの正体は言わなくても分かるだ
ろうが、トナカイは辰弥が着替えたものである。わざわざ自前で用意してきていたのだ。それだけ、楽しみにしていたという事だろう。だろうけれども。
「ちょっと待って。なんで二人ともそんなにテンション高いの……?」
きゃっははー、と楽しそうに笑う彼らを見て、あたしはとっさに、
「まさかこれ……シャンパン……?」
飲み物に疑念を抱いた。
「いや、炭酸飲料だよっ。名前は似てるけど、まごう事無き炭酸飲料だよ!?」
そしてその疑い加減は、愛莉がツッコミを入れるほどだったようだ。
「炭酸で酔える性質……?」
「もしくは、雰囲気に酔ったか、だね」
「よっぽど嬉しかったんだねぇ。クリスマスパーティー」
そんな風に、あたしと愛莉がほのぼのと彼らを見ていたのだが、
「さー、くじを引いてくれー。番号と同じ奴を持っていくが良い!」
「そんな上から目線のサンタは嫌だー!」
やっぱり湖山は、湖山でした。
『けっかはーっぴょー』
しかし、二人のテンションは冷めやらぬまま。どうやら今日はこのまま行くらしい。盛り上がるのは良い事なので、乗りはしないがプレゼントは開ける。
「ん、なんだろうこれ」
「わーい、あたしのはぬいぐるみだー」
『ってもう開けてるし!?』
だって結果発表って言ったじゃん、と文句も付けられないぐらい、彼らは膝をがっくりと落として凹んでいた。
「え、だ、ダメ、だった?」
その落ち込み具合に申し訳なくなって、尋ねる。
「もっとためにためて開けるのが良いんじゃないか……」
「ドキドキ感を味わうとか、そういうの無いのかよ全く……」
『な、なんかごめんなさい』
だが、乗りの良さに応じて切り替えも早くなっているようで、
「まぁいいか。ちなみに、そのぬいぐるみは僕からだ、愛莉」
珍しく長々とつっかかる事もなく、正直にネタを明かす。
「え、本当!?」
聞いた途端、ぎゅうとそのサイのぬいぐるみを抱きしめる愛莉。まぁデフォルメされているから可愛くはあるが、何故サイなのか。その辺りに、奴のセンスがある意味光っていると言える。
「桃香のは俺から」
「成程ね」
妙に固いので何かと思ったら、あたしがもらったのは絵本だったのだ。辰弥は読書好きで有名だし、しかもそれがくまたくろーすのものだったので、尚更納得だ。
「桃香に当たって良かったよ」
どうやら、話題に上がったからわざわざ買ってきてくれたらしい。これは、家に帰って早速読まなければ。
あたし達が中身を確認し終わった所で、男性陣二人も包みを開いた。辰弥の方は水色と緑が混ざったような淡い色合いの、湖山ははっきりとした赤の、両方とも布だった。
「辰弥君のは私のだー」
「おお、ブックカバーだ! 手作り?」
「う、うん」
「嬉しい。ありがとう」
これまた、本好きの辰弥にはぴったりのプレゼントだが、そういえばこのメンバーは皆読書家だった事を思い出した。その辺り考えてプレゼントを用意するこの二人は、やっぱり思いやりにあふれている。
「って事は、優に桃香のがいったのか?」
「口惜しいがな」
「タオルか。ありがたく使わせてもらう事にしよう」
「無理して使わなくても良いのよ?」
今日ぐらいは嫌味を言わないようにしようと思ったが、習慣付いているので無理だった。
「ほいじゃ。また」
「またー」
楽しかった時間はあっという間に過ぎ、南中していた太陽もすっかり地平線のかなたに沈んでしまった頃、あたし達はそれぞれの帰宅路に着いた。
『メリークリスマス!』
*
――今日は、とっても良い日だったなぁ。
胸に抱きかかえて持っている、サイのぬいぐるみを見つめる。これを、どんな気持ちで優君が買ってきたのか想像するだけで、心がほころぶ。ファンシーショップか、おもちゃ屋さんか。いずれにせよ、買いづらい場所であっただろう。そんな場所で、でも一生懸命選んだのだろう。……駄目だ、笑みが止まらない。
「私、やっぱり……」
優君が、好き。
*
手作りのブックカバー。愛莉からの、プレゼント。本当はガッツポーズをして、跳び回ってはしゃぎたいぐらいに嬉しかった。それをしなかったのは、まだこの想いを伝えられそうにはないから。でも。
「俺、やっぱ……」
愛莉の事、好きだ。
*
クリスマス、か。
僕の家では、実はパーティーをしない訳ではない。だが、両親が忙し過ぎて、必然的に僕と使用人だけが食卓に並ぶ事になってしまうのだ。それはなんだか、パーティーとは言わない気がする。だから今日は、少し嬉しかった。嬉しかったから、はっちゃけた。悪い事だとも思わないし、一過性の事だと、皆思ってくれるだろう。
ただ。
――僕がそういう人物だと知ったら、皆どう思うんだろう。
学校での僕、本当の僕。僕は、もはやどれが自分だか分からない。
それでも一つ、言える事があるとすれば。
「僕は桃香の事が、気になって仕方が無い」
それだけは、変わらないのだ。
*
帰宅して、親がツリーに吊るしていた靴下を横目に見て、あたしは自室のベッドにもぐりこんだ。楽しかったが、少々疲れた。お風呂の順番が回ってくるまで、まだ時間があるだろうから、ひと眠りする事にしよう。
うとうととまどろみながら、先程見た靴下の事を思い出す。プレゼントが沢山入るように、とわざわざ大きな物を用意していた、夢と希望に彩られる、赤と白のそれ。
「サンタクロースなんて、いる訳は無いんだけど」
――でも、もしもいるなら、見てみたいものだわ。
そして、会う事が出来たのなら是非、こんな質問をしてみたいものである。
――あなたにとってのサンタクロースは、一体誰なんですか?
それぞれの想いをはらみつつ、夜は静かに更けていった。