第7話:ミアと霧穴の入口
週末の朝、ミアが現れた。
背に大きめの布袋を下げて、手には細かい道具の入った革包みを持っている。いつもより少し動きやすそうな格好だった。
「案内して」と言っただけで、余分な言葉はない。
「ありがとう。助かる」
「礼はあとでいい。まず見てみないとわからないから」
二人でロウン街道の外れから山道へ入った。雑草の多い道からやがて踏み固められた土の道になる。
「きれいに踏まれてるね」とミアが言った。
「ガルドじいさんが歩き続けた跡だと思う。七十過ぎまでずっと」
「……七十過ぎで」
それきりミアは黙って歩いた。
二時間ほどで霧穴の入口に着いた。
*
ミアは入口の前で立ち止まった。
霧が細く流れ出ている。岩の壁に、人が屈まずに入れるくらいの高さの口。暗い。奥から冷たい空気が来る。
レインはミアの隣に立って、「中は入らなくていい。今日は外の場所を見てもらえれば」と言った。
「……霧、ずっと出てるんだね」
「ずっと出てる。ガルドじいさんが管理している間はもう少し薄かったらしいが、今は少し濃い」
「誰から聞いたの」
「シルバじいさんに」
ミアはしばらく霧の流れを見ていた。何かを考えているようで、でも声に出さなかった。
レインは少し離れた場所を指した。「あそこを見てほしい。岩壁の手前、木の影になる場所。小屋を建てるならあそこかと思って」
ミアはそちらへ歩いて、地面を踏みしめた。足で感触を確かめ、膝をついて指で土を触る。岩の露出している箇所を叩いた。
「固いね。雨が来ても水は流れてきにくそう。傾斜がいい方向に向いてる」
「そう思った? 俺も同じに見えた」
「ただ」とミアは立ち上がった。「一人で建てるのは無理だよ。骨組みだけでも二人いる。屋根は三人いる」
「わかってる。手伝ってもらえないかと思って」
「……師匠に頼めばいいのに」
「師匠は忙しそうで。ミアなら頼めると思った」
ミアは少しだけ目を細めた。呆れているとも、別のことを考えているとも取れる表情だった。
「わかった。資材を計算する。材木はいくつか手当てできる。金具はうちで作れる」
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「どのくらいの大きさにするの」とミアが聞いた。
レインは少し考えた。「作業台が一つ置けて、棚が二つか三つ。乾燥台も欲しい。大きすぎると建てるのが大変だから、まずは小さいもので」
「それなら三間四方もあれば十分だね」とミアは言い、頭の中で計算しているらしく少しの間目を動かした。「材木を六本と、屋根板、扉の金具、棚の受け金物……一週間もあれば揃えられる。問題は人手だ」
「村の人に頼める?」
「ゴルド師匠に声をかければ一日は来てくれるかもしれない。あとは運搬も手伝う人間が一人いれば」
「シルバじいさんは体が動かないから、村の若い人に頼んでみる」
二人でしばらく場所を歩き回りながら、あれこれと話した。こういう話は苦手だとレインは思っていたが、ミアと話していると不思議と整理できる気がした。ミアが聞くことが具体的だから、答えているうちに自分の考えがまとまっていく。
*
帰り道、二人並んで山道を下った。
ミアがふと言った。「あの岩壁、変わってるね」
「霧穴の入口のこと?」
「入口じゃなくて、その横の岩。層の出方が違う。普通、あのあたりの山の石はもっと赤みを帯びてるのに、あの一帯だけ白っぽい。混じり物が少ない——純粋な石材で」
「そういうのがわかるの?」
「鍛冶は石を見ることとセットだから」と、少し気まずそうに言った。「師匠に教わった。石の質がわかれば熱の通り方が読める。そういうことで」
「そっか」
「……別に、深い意味はない。ただ、変わってるなと思っただけ」
レインは笑った。「そういうことに気づけるの、すごいと思う」
「馬鹿にしてる?」
「してない」
ミアはそれ以上言わなかった。でも少しだけ黙って、先に歩いた。
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タルン村に戻って、別れた後、レインはガルドの家に入った。
炉に火を入れ、今夜分の食事を作りながら経営の書を開いた。今日開いたページは「人を頼ることについて」だった。
「一人でできることには限りがある。仕事を任せられる人間を持つことは、弱さではなく、根を張ることだ」
ミアのことを思いながら読んだ。
小屋の構想が少しずつ形になっている。場所は決まった。材木と金具の目途もついた。人手の話もできた。
次は実際に手を動かすことだ。
霧穴の入口に小屋が建ったら——何かが変わる気がした。何が変わるのかはまだわからない。でも、確かに変わる。レインにはそんな予感があった。




