第32話:セイロスが来た
朝の採取を終えて小屋に戻った時、山道の下から二人の人影が見えた。
ドゥルガとその横に、背の高い男がいた。五十がらみ。細身で、歩き方が落ち着いている。道を知っている者の歩き方だった。急いでいない。
レインは乾燥台に今朝の収穫を並べかけていた手を止めた。炭への火は後回しにした。
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「来たぞ」ドゥルガが先に声をかけた。「セイロスだ」
男は軽く会釈した。目が細く、笑っているのか確かめているのかわからない表情だった。「ドゥルガからよく聞いている。若いな」
「レイン=ホルツです。来ていただいてありがとうございます」
「エクラから朝早く出た。遠くはない」セイロスは小屋をぐるりと見まわした。「建てて間もないか」
「今年の春先に」
「材は」
「村の古材と、古い炉の煉瓦を借りました」
セイロスはうなずいた。それ以上は聞かなかった。
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扉を開けて中に案内した。ちょうどその時、村の方からミアが上がってくる姿が見えた。
「少し遅れた」ミアは言った。息を整えてから、セイロスに会釈した。「鍛冶師見習いのミアです。この小屋の金具を作りました」
「接合が丁寧だ」セイロスは扉の蝶番をほんの少し押した。動きを確かめた。
「ありがとうございます」
四人で小屋の中に入った。ドゥルガは勝手を知った様子で壁際に立った。セイロスは棚の前に立った。
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棚には通常品が左に十本、混合品が右に五本並んでいた。薄い緑と少し深い緑。色の違いが一目でわかる並び方だった。
セイロスは一本ずつ手に取り、窓から差し込む光にかざした。小瓶の中で緑の色が揺れた。
「こちらが通常品か」
「はい。ミストハーブを火乾燥してから煎じたものです。薄い緑になります」
「こちらは」深い緑の小瓶を持ち上げた。底まで光が通らない。
「霧花草という薬草をミストハーブと合わせています。色が深くなります。匂いも変わります」
セイロスが瓶の口をほんのわずか傾けると、甘い匂いが混じった。彼は鼻を少しだけ動かした。「違いが出ているな」小瓶を棚に戻した。「効果の違いを聞かせてくれ」
「事例から話してもいいですか」
「そうしてくれ」
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レインは順番通りに話した。
ゴルドが小屋を訪ねてきた日のこと。通常品と混合品を光にかざして「色で判断するなら本物だ」と言ったこと。右膝の古傷に混合品を少量試したこと。ミア経由で「湿気の日なのに重くならなかった」という話を聞いたこと。湿気が続いた一週間でも改善が続いたこと。ゴルドから「話していい、ただし正直に」の確認を得たこと。
セイロスは途中で口をはさまなかった。腕を組んで棚を静かに見ていた。
「ゴルドというのは、エクラで仕事をしていた鍛冶師か」
「はい。ミアの師匠です」
セイロスはミアを見た。「師匠の古傷の経過を、お前が直接確かめたか」
「直接聞きました」ミアは答えた。「師匠は物を大げさに言う人間ではありません。変わったことがなければ変わったとは言わない。湿気の日に膝が重くならなかったのは、師匠にとってめずらしいことです」
「もう一例あると聞いたが」
「村のハルトじいさんです。腰の古傷に通常品を使いました。翌日の朝から、雨が来そうなのにうずかなかったと言っていました。使ったのは五日前です」
「古傷に使って、翌朝から変化があったか」
「はい」
セイロスはうなずいた。一呼吸置いてから言った。「霧穴の入口を見せてもらえるか」
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四人で入口に向かった。霧が流れ出ていた。セイロスは入口の前で足を止め、岩の高さと幅を目で確かめた。横の白っぽい岩に手を触れ、少し力を入れて押してから離した。
「薬草はこの中で採れるのか」
「ミストハーブは入口から少し奥の採取ポイントで採れます。霧花草はもう少し奥の大空洞にあります」
「大空洞」
「天然の空洞です。天井から自然光が差し込んでいます。そこで薬草の栽培をしています」
「栽培か」セイロスは霧穴の中を少し見た。入口から五歩ほど奥まで進んだ。奥から風が来た。「自生のものと品質は変わらないか」
「見た目も匂いも同じでした。仕上がったポーションも変わりません」
「量が読めるな」
「今月は百本を超える見通しです」
セイロスは入口の外に戻った。霧穴を振り返った。「次に来る機会があれば、奥も案内してくれ」
「いつでも案内します」
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小屋に戻って四人で話した。
「月百本の安定供給が見込めるなら取引を考えたい」セイロスは言った。「通常品は銀貨二枚半で引き取る。エクラの相場は三枚だ。仲立ちと輸送の手間を考えれば、これが落としどころになる」
「わかりました」
「まず三ヶ月、様子を見たい。安定すれば量を広げる話もできる。月末に改めて来る。その時に最初の引き取りをする」
「三ヶ月、月百本を目指します」
セイロスはドゥルガを見た。「ドゥルガとの仲立ちの分は残るか」
「はい。最初のつなぎをしてもらいました」
「それでいい」
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二人が山道を下りていくのを見送った。ドゥルガが手を一度だけ上げた。
ミアが隣に立っていた。
「どうだった」とレインは聞いた。
「本物だ」ミアは言った。「ゴルドの話を聞いた時、目が少し動いた。でも表に出さなかった。値打ちを知っている人間はああいう反応をする」
「師匠の名前を知っていたな」
「それだけで十分だ」ミアは会釈して山道を下った。
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小屋に一人になった。棚を見た。通常品が十二本のまま。混合品が五本のまま。今日は何も売れていない。でも何かが変わった。
乾燥台に今朝の収穫がまだ並んでいた。炭に火をつけた。弱火が立ち上がるまでの間、棚を眺めた。
月百本。三ヶ月。銀貨二枚半。やることは変わらない。明日も採りに行く。耕地に水をかける。乾燥して煎じる。それを積み重ねていけば、数字は自然とそこに届く。
経営の書を開いた。手が動くままにページをめくった。
「約束は始まりではない。そこから何が積み重なるかが、約束の中身を決める」
炭が静かに燃えていた。乾燥が終わるまで、もう少しかかる。




