表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/67

第28話:ミアが来た日

 種を蒔いてから十日が経った。


 大空洞に入ると、第三耕地の芽の数が今朝は九本になっていた。七日目の五本、翌朝の七本、そして今日の九本。少しずつ、確かに増えている。


 第一耕地の追加の三粒も、今日は二粒目が地面を割っていた。第二耕地の霧花草は新葉がまた一枚増えた。三か所を一つずつ確かめて、水をかけて帰った。


 昨日よりも、少し手際が良くなっている気がした。毎朝同じことをしているから、体が順番を覚えてきた。


 採取ポイントでミストハーブを三本採り、霧花草を六枚採って小屋へ向かった。



 小屋の前に人が立っていた。


 ミアだった。仕事の時間の午前中に来るのは珍しかった。


「なんかあった?」


「第三耕地が本当に育ったか、自分で確かめたかった」


 レインは少し考えてから「今から行く?」と聞いた。


「時間があるなら」


「一緒に行こう。乾燥は後でもできる」


 松明に火をつけて二人で霧穴に入った。ミアの足音は岩を丁寧に踏んでいく調子だった。採取ポイントを通り過ぎる時、ミアが根元の光を一度見た。「まだ光っているな」と言った。「採った後も少しの間は」とレインは答えた。


 紋様の広間を通った。ミアは立ち止まらなかった。「変わっていない」とだけつぶやいた。


 大空洞に入った。今日は光の筋がまっすぐ落ちていた。霧が中ほどまで立ちこめていた。



 第三耕地の前に来た。


 ミアは膝をついた。九本の芽を目で確かめた。一本に指先を近づけて、触れる手前で止めた。


「根元が光っている」


「採取ポイントのものと同じだ。耕地のものも光る」


「こんな暗い場所で光る植物を育てることができるのか」ミアはしばらく芽から視線を離さなかった。「土が受け入れた、ということだ。この土とこの植物が、合っている」


「ここが良い場所だとミアが選んでくれたおかげだ」


「選んだだけだ。育てたのはお前だ」


 ミアは立ち上がって、耕地の縁を一度だけ目で確かめた。前に二人で踏み固めた縁は今も崩れていなかった。


「第一耕地と第二耕地も確かめさせてくれ」


 三か所を順に案内した。ミアは各耕地で膝をついて、土に指を差し込んで引き出した。第一耕地では「前より締まっている。根と土が馴染んできた」と言った。第二耕地の霧花草の葉には触れずに「葉が増えた。挿し穂の時より太い茎になってきている」と言った。


 水場の縁に手を当てた。目を閉じた。しばらくそのままでいた。


「まだわからない?」


「……前よりわかってくる気がする。何かがある、という感触がはっきりしてきた」


 レインは水場の水を見た。体温に近い温かさ。毎日変わらずここにある。


 岩から手を離して、ミアが歩き始めた。帰りの道を二人で歩いた。



 大空洞の出口付近で、ミアが口を開いた。


「師匠に確かめた。話していい、と言っていた」


 レインは足を止めた。「本当に?」


「ただし条件がある。どう変わったかを正直に話すこと。良くなったことだけでなく、そうでないことも。つくろうな、と言っていた」


「つくろわずに話す、ってことだね」


「そういうことだ。師匠はそういう人間だ」


 レインはうなずいた。良くなったことも、まだわからないことも、そのまま話す。それがゴルドの条件だ。そしてそれは、じいさんが言っていた「事実を順に話す」ことと同じだ。


「ありがとう。ミアが頼んでくれなければ聞けなかった」


「師匠は自分で認めると思っていた。私から言わなくても、そのうち言う人間だ」


 紋様の広間を通り過ぎた。霧穴の入口が見えてきた。外の光が白く差し込んでいた。


「セイロスという人が来る話、したよね」


「ドゥルガが橋渡しをする商人か」


「うん。ドゥルガが次に来る時に、日取りの話になるかもしれない。そのセイロスが霧穴の小屋を訪ねてくるとしたら——ミアにも話を聞いてもらいたいことがあって」


「私に、か」


「土の話や、ミアがここを見た時に感じたことを、実際どんな場所かを伝えるために必要だと思う。栽培がうまくいっている理由を説明するのに、ミアが選んでくれた、という話は外せない」


 ミアはしばらく黙った。外に出てから、山の空気を一度吸った。


「立ち会ってもいいか、ということか」


「もし良ければ、ってことだ」


「……考えておく」


 それだけ言って、ミアは山道を下り始めた。振り返らなかった。


 「考えておく」はミアの言葉では断りではない、とレインは思った。少なくとも今まで、ミアが「考えておく」と言ったことは全部実現していた。



 夕方、小屋に戻った。


 乾燥台に今朝採った分を並べて炭に火をつけた。待つ間、棚を見た。通常品九本、混合品四本。少し前まで「十本が目標」だった。今はもう目の前にある。


 経営の書を開いた。いつものように気の向くまま何ページかめくった。


 あるページの余白に目がいった。前に自分で描いた落書きがそこにあった。腕に通す輪の形に薬を封じるイメージ——細い線が幾重にも重なる紋様のような形。いつだったか、何となく描いた。どこかで見たような気がしたが思い出せなかった。


 今日、大空洞の紋様の広間を通った時にも少し同じ感じがした。あの壁の紋様と、この落書きは似ているような気がする。気のせいかもしれない。


 ページをめくった。


 乾燥が終わった。ポーションを三本仕上げた。通常品が十二本になった。


 ハルトじいさんに一本持っていく。ドゥルガが来た時に十本出せる。混合品はまだ売らずに持っておく。


 ゴルドが話していいと言った。ミアが立ち会うことを考えてくれている。セイロスが来る前に、準備できることが増えてきた。


 霧穴の入口には今日も霧が漂っていた。小屋の窓から山の上を見ると、夕暮れの光の中に霧が薄く見えた。毎日同じ霧だ。でも毎日、ここで小屋の仕事ができている。


 明日も採りに行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ