第19話:育つもの
種を蒔いてから十二日が経った。
今日も山道を歩く朝は、いつもと変わらない。ただ——今朝は心持ちが少し違った。二日前、旅人の傷に試作品を使って、効きが変わっていることが確かめられた。霧花草を混ぜることに意味があるとわかった。
霧穴の入口をくぐると、冷気が顔に当たった。今日は霧が薄い。奥の方まで白っぽく光が届いている気がした。
採取ポイントへ向かった。ミストハーブが四本ほど育っていた。根元の青白い光が暗がりの中で静かに輝いている。丁寧に折り取って袋に入れた。
紋様の広間を抜けた。松明の光に壁の紋様が浮かんで、細い影を作る。何度見ても同じ模様だが——今日はその線の一部が、経営の書の余白に描いた腕輪の形に少し似ているような気がした。気のせいかもしれない。
大空洞に入った。今日は光がまっすぐ降りていた。霧も薄く、空洞の奥まで見通せる。
第一耕地へ向かった。
——芽が増えていた。
前回確認した三粒の横に、さらに二粒が頭を出している。細い茎が、光の中で薄緑に輝いている。合わせて五粒だ。
(五つ)
かがんで顔を近づけた。新しく出た二粒はまだ茎が細く、産毛も出ていない。それでも確かに土を割って出てきた。最初の三粒は一段成長していた。茎の先に、小さな葉の形がわずかに広がり始めている。
*
第二耕地を確かめた。霧花草の挿し穂には、新しい葉が二枚増えていた。茎の色も前回より少し濃くなっている。根がしっかり張って、栄養を吸い始めているのかもしれない。
株の周りに散らばっている葉を集めると、七枚ほど採れた。落ちた葉でも鮮度が保たれるのは霧花草の特性だろう。岩の隙間の株からも追加で採った。今日は混合ポーションを二本分は作れる量が揃った。
水場の縁で手を洗いながら、二日前のカルトのことを思い出した。「エクラへ行ったら話してもいいか」と言っていた。話してかまわない。でも——話が広がった時に、供給が追いつかなければ困る。
(今のうちに、数を増やすことを考えなければならない)
月十本がドゥルガとの約束だ。試作品はそれとは別になる。今のところ在庫は通常品二本だけだ。今日作れば通常品三本、混合品一本か二本になる。しばらくは、それで足りるはずだ。
*
小屋に戻って乾燥台を整えた。
ミストハーブを並べて炭に火をつける。弱火を整えてから、今日は霧花草も多めに刻んだ。前回と同じ配分でまず一本。色と匂いが同じように出るかを確かめる。
乾燥が終わったミストハーブを刻んで鍋に入れ、水を加えた。霧花草を二枚分だけ刻んで加えた。弱火のまま、ゆっくり煎じる。
しばらくすると甘い匂いが立ち上った。色が変わり始めた。
前回と、同じだ。
(再現できる)
一度成功したのが偶然ではなかったということだ。同じ手順で、同じものが出来上がる。それだけのことかもしれないが——その「同じ」が、大事なことだとレインには感じられた。
仕上げた小瓶を光にかざした。深い緑色が透けて見える。底が見えにくく、色に重みがある。これがカルトの傷に使ったものと同じものだ。
通常品も三本仕上げた。今日の在庫は、混合品一本と通常品三本になった。
*
夕方、シルバじいさんを訪ねた。
「芽が五粒になっていました。霧花草も新しい葉が二枚増えています」と報告すると、じいさんは少し考えてから「順当だ」と言った。
「じいさん、霧花草のことを書いた古い書には、他に何か書かれていましたか」
じいさんはしばらく黙った。「……薬師の名前が書かれていたな。ずいぶん昔の人物だ。その人物がタルン村の近くで採取したと記録されている」
「タルン村の近く、ですか」
「昔の話だ。それ以上のことはわからない。ただ——霧花草がこの辺りにあることは、昔から知られていたらしい」
じいさんは棚に目を向けた。何かを思い出したような顔をしたが、すぐに表情が戻った。「霧花草が大空洞にある理由は、いつかわかるかもしれない」
「いつか、ですか」
「急ぐな。今はちゃんと育てることだ」
帰り道、鍛冶場の前を通るとミアが道具を片付けていた。「あの旅人の話、ゴルド師匠が聞いていたぞ」とミアが言った。
「えっ」
「どういう経緯か知らないが、師匠がお前の試作品のことを尋ねてきた。霧花草の混合ポーションが効くと聞いたって」
カルトが村の方で話したのかもしれない。「うわさが広まるのは早いですね」
「良い話は広まる。悪い話はもっと早く広まる」ミアは工具を棚に戻した。「今のうちに在庫を増やせ」
「わかりました」
小屋に戻って棚を眺めた。混合品が一本、通常品が三本。深い緑と薄い緑が並んでいる。
(動いている)
一粒の芽から始まった。今日は五粒になった。試作品が効くとわかった。再現もできた。旅人が話を広めてくれている。少しずつ、積み重なっている。
明日もまた大空洞を確かめに行こうと思った。




