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皆んなが動物に見える病

阿佐ヶ谷あさがやでフエラムネを見つけたとき、僕は上司からいじめられていた。



仕事の修正を命ぜられ、その通りにしても、前言ったことと全く逆のことを言われることが多かったし、分からないことを聞いても、冷たくあしらわれることが多かった。

最終的に、とても腹の立つ出来事があったことをきっかけに、上司への信頼感はゼロになった。


− 本当に何が正しいかどうかは自分自身で判断しなければならない。


− 修正を命ぜられても、自分が正しいと判断できれば修正する必要はない。



 上司は基本的に間違っている。



そう強く思うようになっていったのは、他人を敵か味方かでしか捉とらえられない救いのなさ、極端さ。依存性いぞんせい、猜疑心さいぎしん。

 たとえ上司とて万能でないし、本当に伝えたいことと発している言葉が違っている時もあろう。

 上司とて、僕を味方とも敵ともなんて、思ってないことが大半だったろう。上司とて、そんな深く考えてなかったろう。


つまりあの時期、僕は、上司からいじめられて〈いると感じて〉いた。そのとき、僕はもう上司以外の周りすらも、全員敵と思うようになっていたし、なんなら街中ですれ違う人全員敵に感じていた。


そこからは早かった。憎しみの威を借る獣けものみたく、“全ての仕事を論理的に合理的に考えるんだ。そうするしか道はない。この仕事は論理的にしか僕は攻められない!!!” そう思い、それまで、ほとんど言いなりや、おんぶにだっこだった状態から抜け出そうと、理詰め理詰めな自分なりの仕事システムをみっちりと構築していった。

 その結果、上司からどんな質問があっても論理的に答えられるようになったし、上司の修正が間違っている時は、逆に自分から言い負かすほどになっていった。それはそれはもう高圧的に。

 上司の上司にすら大きな穴を指摘されることはなくなり、能力が上がる一方、世界との溝が深まっていった。


 しばらくして僕は異変に気づいた。



 「なんか、偉い人が、動物に見える…」



 どういうことかというと、

まるで手の届かないような立場の偉い人が、廊下を風きって部下と喋りながら歩いてるのを見て、

「ああ、なんか年寄りのオオカミみたいなのが、ガオガオいいながら歩いてるな」と文字通り、そう視界に映ったのだ。

 同僚や上司と話していると、段々と上の空になってきて、正確に話は聞いているのだが、それと並行して、この人なんか動物に見えるな、とぼんやり二重に見えていた。そう視界に映った。

テレビや雑誌の好きな有名人を見ると、何かしらの動物の面影が見えた。



「…なんだこれは???」

 と、思った。


……。

会話は…。

僕にとって、会話は、言葉を表面だけとって、最悪の意味に解釈してしまいやすい。無視されると悲しい。好きな人なら特に、思ってもなさそうなことを言われてると感じると悲しい。目の表情や、口調の違和感を繊細に観察している…。


 一方、私生活では、好きだった音楽を聞いても全然感動しなくなっていったし、ライブのチケットを取っても、当日になると行きたくなくなって、段々暗くなっていく部屋で電気を点けれず窓の外を見てじっとしていた。毎月必ず観に行っていた何かしらのライブに通うことも無駄だと思いやめた。

 好きだった映画も、恋愛シーンを見るや否いなや、「そりゃ人間もオスとメスがいるんだから恋愛なんかするのは当たり前だ。あの行動もあの行動も結局全ての行動はオスがメスを(メスがオスを)誘惑するためにとった行動なんだしこの結末は当たり前だ」とか思うようになっていった。そして映画を全く見ないようになっていった。

 かつては寝る前に小説を読むと、気づいたら深夜になるくらい没頭していたのに、手に取りたいとすら思わなくなっていった。

 漫画を読みたいとも思わなくなっていった。

 エッセイも読みたいと思わなくなっていった。

 エッセイを書いたとしても、それが面白いのかどうかわからなかった。他人に見せたらがっかりされると思って、エッセイを書くのもやめてしまった。

 

……。

僕にとっての、会話は…。

会話は…、練って練って頭の中で一番適した言葉を伝えたいものなので、すぐに返答できないから、矢継ぎ早に話されるよりは、少し待ってもらえる方が嬉しい。そういう人の方が安心できる…。


 職場の周囲で、仕事を楽しんでいる方たちは、むしろ論理的合理的でないことを楽しんでいるように見えた。

 それは、複雑な地形の山を、その時々で直感に従って、周りの景色を楽しみながら、風や地面の匂いを頼りにしながら、何度も何度も、つづら折りして結果的には頂上に近づいていく。そんな人たちと僕は違って、頂上へ対して一直線に、息をとめて、周りの景色なんか見ず、誰にも手を差し伸べず、ダッシュで登っているようだった。


こんなのは、なりたかった自分ではない。こんなはずじゃなかった。


 僕がこうして急いで登った山は、間違った山であって、その間違った山のうちの一つの頂上に辿り着いたのだと悟った。

 「ただ、間違ってるかもしれないけど、一旦景色の見えるところまで上がってみよう」そう思えたこと、そして上がれたことは救いだった。

 猜疑心の中にいたとしても、違う山かもしれないけれど間違ってるっぽいけど、行けるところまで行ってみようと。


 そして案の定、結果的に、やはり、職場の皆んなが動物に見え始めて、ここは、間違った山だったんだ。そう確信した。




でも、おかしいな



本当は、違和感を感じていたんだ


その職場に入って、かなり早い段階で違和感を感じていたんだ。



なのに、



なんでもっと早く気づけなかったのかな?



おかしいな



僕は、



そう、僕は…



僕は、本当は、やさしくされたかったんだ!!!!!



……。

会話は…、

僕にとって、会話というものは…、

その人と話したいって思ってても、何を話したいとかまでは、はっきり思ってないから、言葉が出てこない。

でもその人との雰囲気を感じたい。それは、はっきり思ってる。

僕には誠実さがあるし、正直になろうとする意志もある。そこが僕の行きたいところ、大体のところ。

そのために何をすべきかな…?




 そこからも早かった。謎なぞの威いを借かるなにかの者モノ。のように、まずは自分の人生を振り返って白紙50枚に書いていった。

 毎日決まった時間に起き、腕立て伏せと腹筋をしてから日誌をつけ出勤、帰宅してからは新聞を読み、休みの日はランニングをした。

クレジットカードから光熱費から食費から家賃から給料の収支をつけた。

 残りの人生を使って、自分の登るべき山を見つけるために、降りて引き返すと決めたからだ。

 



そして三ヶ月経って、その夜は急に来た。


夜、突然閃ひらめいた。やるのは今だ。今しかないと。

僕は上司を呼び出す時間帯、さりげなく呼び出す口実、文言を考え、四文字の魔法を復唱した。粛々と計画実行のために……そして、


そして、その通りにした。
























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