第8話「母国」
日曜日、F1日本グランプリ決勝。
今回のレースを見ようと、世界中から何十万人という熱心なファンたちがここ、鈴鹿サーキットに集まっていた。
「観客多すぎない?そう思わん?駿。」
「どの席もいっぱいだもんね。スーパーフォーミュラフォーミュラより断然多いね。」
「俺らの走りをこんだけの人に見てもらえるんだぜ?最高でしょ?」
こんな会話をするのは開会セレモニーの真っ只中。
国歌独唱が行われている。
国歌っていい歌詞だな。
彼らはスーパーフォーミュラを離れてから、日本にはほとんど帰国していなかった。
そのため、聞くのは表彰台での国歌演奏くらいだった。
独唱が終わり、拍手が上がる。
「さぁて、表彰台、狙っちゃいますか。」
伸びをしながら、マシンの方に向かう。
「ヒロくん、表彰台立てよ?」
「おう!お前の分も勝ってきてやるよ」
「いやいやいや、俺も、俺も勝つ気でいるからね?」
「あ、そうなの。」
「そうだよ」
お互い、別れ、グリッドに向かう。
ヘルメットを被り、ノーズコーンを触る。
「……頼むぞ。相棒。」
マシンに乗り込む。
『無線チェック、無線チェック。』
「聞こえる。大丈夫です。」
『今日はアンドリューがいない分、のびのびやってくれ。クルマさえ壊さなければ何も言わないよ』
「……了解。」
1周のフォーメーションラップを終え、グリッドにつく。
シグナルを見上げるようにしてスタートを待つ。
『全車グリッドについた。スタートに集中。』
レッドシグナルが一つずつ灯っていく。
そして、ライツアウト。
24台のマシンが一斉に地面を蹴り出す。
2人にとっての母国グランプリが開幕した。
優勝も狙える位置からスタートした松下。
スタートダッシュを決め、レースリーダー(首位)に上がる。
鈴鹿サーキットに大歓声が響く。
『OK、OK、1位だ。今日の最初のピットインは13周目、13周目だ。忘れずにな。』
「了解」
この瞬間、世界中のファンたちは驚いた。
去年、ほとんどのレースを最下位で終えていたチームがレースをリードしていることに。
8周目。
第9コーナー、デグナーカーブで下位集団2台が絡むクラッシュが発生。
『デグナーカーブでクラッシュ発生!セーフティーカーが出動する!この周ピットイン!』
「了解!」
自分は運よく最終セクターを走行していたため、そのままピットレーンへ。
ギリギリの飛び込みだった。
3種類ある中で一番固いタイヤであるハードタイヤを装着する。
F1で使われる3種類のタイヤはこうだ。
性能を発揮できる寿命は短いが、一番高い性能を発揮できるソフトタイヤ
ソフトタイヤとハードタイヤの間をとったミディアムタイヤ
一番長持ちするが性能は低くなるハードタイヤ
この中で今装着しているのは一番長持ちするハードタイヤだ。
この直後、セーフティーカー導入が宣言され、全チームのマシンがなだれ込んできた。
この隙に1位のまま、コースへ復帰する。
「ナイスピットワークだった!ありがとう!」
『ラッキーなタイミングだった。次のピットインはお前の後続とのギャップ(タイム差)次第で決める。』
「分かった。」
セーフティーカーは14周目まで先導。
15周目からレースは再びスタートする。