聖女セイラの悲しみ…そして…
セイラは、貧しい平民の出であった。
両親は小さなパン屋を経営し、セイラを愛情を持って育ててくれた。
セイラが12歳の時に、貧しくても幸せな日々が、壊されてしまう。
神殿の占い師がセイラを聖女と認定した為に、ある日、両親と引き裂かれて、神殿に連れて行かれてしまったのだ。
銀の髪に金の瞳。確かに普通の子とは違っていたセイラ。
家に帰りたいっ。こんな所にいたくはない。
何度も何度も泣きながら訴えた。
だが、セイラは神殿の奥に監禁されてしまい、神官の指示の元、この国に魔物が入ってこないように、祈って巨大な結界を張る事を強要された。
12歳の少女に、結界をいきなり張れと言われても、どうしたらよいかセイラには解らない。
天に幕を張るイメージだと言われて、セイラは懸命にイメージし、結界を張ろうとする。
なかなか上手くいかない。神官達に叩かれ、ご飯の量を減らされた。
だが、そんなセイラでも、だんだんと聖女の力が目覚めて来て、上手くイメージをする事が出来るようになった。
毎日祈り、心を国の隅々まで、広く広く広げて行き、空に幕を張るイメージで、国の平和を願うセイラ。
奥殿に閉じ込められ、日の光さえ見る事も叶わぬセイラであったが、命じられるままに懸命に毎日祈り続けた。
いつかここを出て、両親に又、会えるかもしれない。
とある日、セイラが毎日の祈りを終えて、疲れ切ってベットに腰かけていると、声をかけられた。
「私は我が国の第二王子パリスである。お前が聖女セイラか?」
「は、はいっ。私がセイラですっ。」
「お前のお陰で我が国は守られて助かっている。感謝しているぞ。」
そう言うと、第二王子パリスは、セイラに向かって微笑んだ。
金髪で顔が美しい王子様である。セイラは真っ赤になった。
パリスはセイラに向かって。
「これからも国の為に励むように。これは私からだ。」
赤い薔薇の花を一輪差し出された。
セイラはそれを受け取る。
「有難うございます。」
そう、この赤い薔薇の花は、枯れてしまっても、セイラにとって大事な宝物になった。
布に包んでそれはもう大切に大切に取っておいた。
あれから、パリスに会う事は無かったけれども、セイラは一生懸命、国の為に神殿の奥殿で祈り続けた。
パリスから貰った枯れた薔薇の花を、布から取り出して見つめ、
あの日を思い出して、胸を高鳴らせた。
そう、セイラに取って、初恋だったのである。
そして、祈り続けて過ごしていて3年が過ぎ、セイラの結界のお陰で魔物の侵入も無く、
この国の平和が守られていたとある日。
セイラは神官から声をかけられた。
「今日は大事な行事がある。お前も出席するから、ここから出るように。」
女が二人、セイラを着替えさせ、銀の髪に櫛を通し、髪に花を飾りたてる。
セイラは支度をしてくれる女に向かって、話しかけた。
「今日は何かあるのですか?」
「この国の第二王子パリス様と、公爵令嬢ミルティア・カルーテ様との結婚式なのですよ。だから、聖女様もどうか、お二人に祝福を授けてあげて下さいませ。」
「パリス様と…ミルティア様…」
心が抉られる。
ただ一度会っただけの、パリス王子。だけれども、セイラに取って心の支えだったのだ。
迎えに来た神官に連れられて、外へ出てみれば、沢山の人達が、神殿に押しかけていた。
その中心にいたのが、着飾った第二王子パリスと、真っ白なドレスを着て、幸せそうに微笑むミルティア・カルーテ公爵令嬢。
ああ…私はあんな暗い奥殿で、祈るだけの生活なのに、何で…?何であの人はあんなに幸せそうに、パリス様と微笑んでいるの?
私だってお日様の当たるこの場所で、素敵な人と、幸せになりたい。
お父さん、お母さんにだって会いたい。
国王陛下が、セイラに向かって、
「我が息子パリスと、ミルティア嬢に祝福を。」
セイラは、微笑んで。
「聖女の祝福を…お幸せに。」
「有難う。聖女セイラ。」
「有難うございます。聖女様。」
パリス王子と、ミルティアは、にこやかにセイラに向かって微笑む。
だが、セイラの心は…深く悲しみに沈んでいて。
そして、静かに静かに…憎しみを募らせていった。
奥殿でその日から、セイラは、自分が張った結界をゆっくりとゆっくりと壊して行く。
そして、歌を歌う。
禍々しい魔物を、この国へ呼び寄せる歌を。
セイラの涙は、雲を呼び、その日から、雨が降り続き、日の光は刺さなくなった。
セイラの悲しみは、森の奥から瘴気を呼び寄せ、街に疫病が流行りだすようになる。
神官達は異常に気が付いて、セイラを叩き、食事を減らして言う事を聞かせようとした。
セイラはいくらお腹が減ろうとも、いくら痩せ細ろうとも歌う事を呪う事をやめなかった。
私だって…お日様に当たって幸せになりたかった…。
涙がこぼれる。
そんなとある日、奥殿で、セイラが歌を歌っていると、ふいに声をかけられた。
自分を叩く神官かと思い、思わず身構える。
頭に羊の角を持ち、黒い羽を持った見かけぬ男だ。人間離れしたその美貌はそれはもう、美しかった。
「お前が歌っているのか?」
「そう…歌っているの…こんな国…滅びてしまえばいいんだわ。」
「私と共に来るか?」
セイラが返事をする前に、その男はセイラを抱え込んで、気が付くと、空中に浮かんで、
男と共にセイラは街を見下ろしていた。雨が身体に当たって、とても寒い。
遠くの方で、禍々しい気を感じる。
魔物が国境から侵入しているのだろう。
人々が、王宮へ押しかけているのが見える。
皆、瘦せ細って、ボロボロになって…
その中で、神殿の前に集まっている一団を見かけた。
皆、跪いて祈っている。
小さな小さな子供まで、必死に祈っている。
- どうか聖女様。この国を滅ぼさないで下さい。-
セイラの頬を涙が伝った。
男が声をかける。
「これでも、国を滅ぼしたいか?お前の両親もきっとあの中にいるであろう。」
「お父さん。お母さん。」
ああ…私は外を見る事が出来なかったから…間違っていた。
罪のない人達を殺す事なんて出来ない…
でも、私を閉じ込めた王族と、神殿を許していいのだろうか…。
だが、今は…罪のない人達を、助ける事が聖女の勤め。
セイラは宙に浮かんだまま、祈りを捧げる。
再び結界を広げ、魔物を国の外へ外へと追い立てる。
人々を苦しめてきた瘴気を森の奥へ奥へと…
そして、新たに歌を歌う。
どうか、皆が、日の光の下、幸せに暮らせますように。
雲が晴れて日が差し込み、神殿の前で祈っていた人達が空を見上げている。
その中に、泣いている父親と母親の顔を確認する事が出来た。
小さな子供達も、こちらを見て、泣きながら、手を振っている。
王宮の方を見て見れば、押し寄せた人々によって壊され、国王陛下を始め、王族達が引き立てられて。
神殿からも神官長や神官達が引き立てられ、民衆によって、棒で叩かれ、
皆、ボロボロにされていた。
セイラは男に向かって尋ねる。
「貴方は?なんの為に私を助けたの?」
「ふん。一度に、多量の魂が来ても、扱いに困るからな。今回は…あの連中の魂を得るだけで十分だ。」
「有難う…貴方のお名前は?」
「ディルフィム。礼などいらん。」
「ディルフィム…。」
ディルフィムは姿を消した。
セイラが地に降り立つと、両親がセイラに向かって、走り寄って来て。
「セイラっ。セイラっ。」
「会いたかった。セイラっ…」
セイラは両親との再会を喜んだ。
そして、ディルフィムと再び又、会う事になるとは思いもよらなかった。