第360話 『 〝むかで〟VS〝しゃち〟 』
「人払いは既に済んでいる、好きに暴れようではないか」
「端からそのつもりだよ、〝むかで〟」
……だだっ広い艦板の上、僕と〝むかで〟は対峙していた。
(久し振りの手合わせ、ワクワクするねぇ♪)
僕は周囲に水の固まりを浮かせながら構えた。
(〝さそり〟の人払いの魔導具のお陰でこの広い艦板の上を好きに暴れられるんだ。思いっきりやらなきゃ損だよね♪)
僕は心中で〝さそり〟に感謝して、改めて〝むかで〟に意識を集中させた。
「……」
……うん、隙が無いね。
〝むかで〟はただ棒立ちでこちらを見ているだけだ。しかし、あらゆる不意打ちを受けようと心を乱すことはないだろう。
(〝むかで〟は魔術師じゃないから対象外だけど、魔術師だったら最高の獲物だね)
〝白絵〟のような最初から反則級の能力を持っている訳でもない、才能と殺害で極めた強さであった。
「どうした?」
――〝むかで〟が僕に話し掛けた。
「こうやって睨み合うだけではな手合わせにはならないぞ」
「モチロン♪ 勝負は既に始まってるよ♪」
――〝むかで〟の周りには十余名の〝僕〟が包囲していた。
「……〝水分身〟か、芸がないな」
――神速の〝何か〟が空を切る。
「 〝雷〟 」
僕は身を屈ませて〝雷〟を回避する――が、水分身が横一閃に両断された。
「それはどうかな?」
――爆ッッッッッッッッッッッッ……! 切断された水分身が水蒸気となり爆散した。
「――視覚封じか」
「五十パーセントだね」
水蒸気が艦板を呑み込む。
僕は姿勢を低くして〝むかで〟に詰め寄る。
「 〝雷〟 」
――そんな僕を迎え討たんと神速のムカデが
「 氷結 」
「――」
……既に凍っていた。
(布石は打っていた)
召喚した水分身には二種類の命令式が組み込まれていた。
一つは破壊と同時に水蒸気となり、爆散する命令式。
もう一つは破壊と同時にただの水となり、濡らしたものを氷結する命令式。
インパクトのある水蒸気に意識を逸らすことにより、氷結の可能性を霞ませたのであった。
(純粋な速さなら〝むかで〟の方が上)
「――〝水刃〟」
〝むかで〟が〝雷〟からナイフによる斬撃に切り替える。
僕は構わず水の刃を振り抜く。
(だが、僕は水の力を一〇〇パーセントを出し尽くして、君の速さを超える……!)
――斬ッッッッッッッッッ……! 水の刃が〝むかで〟の肩を浅く切り裂いた。
「――傷み分けだな、〝しゃち〟」
「そうだね」
……僕の腕から鮮血がこぼれ落ちた。
やはり〝むかで〟の速さは反則級であった。
(驚いた。完全に後手でありながらも僕の攻撃に追い付くとはね)
これが〝むかで〟。〝七つの大罪〟の〝強欲〟にして、〝KOSMOS〟の頭領の実力。
「うん、面白くなってきた♪」
――しかし、僕は一歩も退かなかった。
(〝むかで〟が強いのなんて今に始まったことじゃないしね)
〝むかで〟と出逢ってから二年は経つ。互いの実力を知るには充分な時間であろう。
「くくっ」
……〝むかで〟が静かに笑った。
「まさか、こうも容易く一太刀を受けるとはな。貴様の狡猾さには驚かされるよ」
「……それ褒めてるの?」
僕は〝水刃〟を構え、〝むかで〟への警戒を怠らなかった。
「無論、一分の侮蔑もない正真正銘の称賛だ。故に」
「……」
……警戒は怠らなかった筈であった。
「 こちらも全力でやらせてもらおうか 」
――トンッ……。〝むかで〟は既に僕の真横に立っていた。
「――ッ!」
――疾い! これは神速!
「 〝蜘蛛〟 」
〝むかで〟の背中から巨大なムカデが八躰飛び出す。
僕は咄嗟に氷の盾を召喚する。
……薙ぎ。
―― 一薙ぎで氷の盾が粉々に砕け散った。
……が。
氷の盾と〝蜘蛛〟が衝突することで生まれた僅かなロスタイム。その一瞬で僕は〝蜘蛛〟の間合いから逃れる。
「危な――」
「逃がさぬよ」
――僕が後退したその先に、〝むかで〟が回り込む。
「 〝閻水〟 」
――僕は黒色の水の刃を回り込む〝むかで〟へ薙ぐ。
「 廻 」
――グルンッ……! 〝むかで〟が片足を軸に身体を回転させ、そのまま八躰のムカデを振り抜く。
衝 突 。
――遠心力を得た〝蜘蛛〟と黒い魔力で強化された〝水刃〟が衝突した。
「――ぐっ」
……しかし、押し負けたのは僕であった。
後ろへ跳んだお陰で直撃を避けたものの。堪らず僕は後ろへ押し返される。
(――〝閻水〟でも火力不足かっ……!)
僕は着地までの僅か一秒間の内に四方へ魔力を巡らせる。
魔 海 流
――着地。僕の爪先が地面に触れた。
――トンッ……。〝むかで〟が僕の背後に回り込む。
(やはり、畳み掛けるか!)
〝むかで〟が〝蜘蛛〟を僕に叩きつける。
僕も黒い〝水刃〟でそれを凌ぐ――が、火力の差で僅かに押される。
(力の差は歴然――だから!)
僕は〝蜘蛛〟を受けながら、四方へ巡らせた魔力を爆発させた。
(地の理を生かさせてもらうよ!)
黒 四 水 龍
――四方の海面から計四体の黒い水龍が飛び出した。
「――仕込んでいたな」
「モチロン♪」
――四体の水龍は一挙に〝むかで〟へ襲い掛かる。
「ならば叩き落とすまでだ」
「だろうね♪」
――ギュルッ……! 〝むかで〟は先程見せた攻撃のように、回転に〝蜘蛛〟を乗せ、四方の水龍に叩き込む。
(――巧いね。これなら僕への牽制をしつつも水龍を凌げる)
だ が 。
(全ての水龍を叩き落とし、回りきったその瞬間にこそ隙が生まれる!)
――そこに
「 叩き込む 」
「――」
〝むかで〟が全ての水龍を叩き落とした。
それに伴い回転が弱まる。
――僕は右手に魔力を込め、飛び出す。
「〝蟲龍〟――参式」
(――参式は絶対防御の〝とぐろ〟。だけど、この間合い! 発動には間に合わない!)
僕は構わず右手を突きだした。
黒 爆 水
――爆ッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……! 黒い濁流が〝むかで〟に叩き込まれた。
「 温いな 」
「――」
――ドッッッッッ……! 〝黒爆水〟を押し退け、〝むかで〟の右手が飛び出した。
「誰が〝とぐろ〟で防ぐと言った? 俺は〝鎧〟により、〝とぐろ〟の硬度を肉体に付与しただけだ」
「――ッ」
――ガッッッ……! 僕は〝むかで〟に顔面を掴まれ、艦板に叩きつけられた。
「ゲームオーバーだ」
「……」
僕は無言で〝むかで〟を睨み付けるも、すぐに溜め息を吐いた。
「…………降参だ」
戦う意思が無いことを示す為に僕は地面に倒れたまま両手を開いた。
「……顔痛いから、手を退けてほしいんだけど」
「幾つか質問をする。淡々と答えろ」
……しかし、〝むかで〟は手を退かしてくれなかった。
「今の戦い、何故、〝特異能力〟を使わなかった?」
「……」
僕は水魔法のエキスパートである。しかし、〝特異能力〟が使えない訳でもなかった。
「深い意味はないよ。これはただの手合わせだし本気を出す必要がなかった。それに〝特異能力〟を使ったところで〝むかで〟には敵わないだろうから使わなかった……質問の答えはこれじゃ不服かい?」
「黙れ。不服かどうかは俺が決める」
「……」
……恐いね。返答次第じゃ殺されかねないな。
「次の質問だ。お前は魔術師狩りを生き甲斐としているが、それに〝白絵〟は含まれるのか?」
「…………含まれるよ」
僕は少し考えて頷いた。
「〝白絵〟は最強の魔術師だ。いつかは戦いたいものだね」
「そうか」
……無論、今戦えば返り討ちは免れないだろう。だからこその〝いつか〟であった。
「ならば、次の質問だ」
「どうぞ」
僕はどんな質問であろうと動じるつもりはなかった。
「貴様は前世の記憶を覚えているのか?」
「――」
……動揺した。
いくら〝むかで〟が洞察力に優れていようと、そこまで勘づいているとは思っていなかったからだ。
「……覚えてないね」
「……」
――嘘ではなかった。
そう、僕はこの世界で生まれた人間ではない。しかし、何故か当時の記憶が曖昧であった。
わかることは一つ。前世の名前が魚住虎という名前であることだけであった。
「わかった。ならば最後の質問だ」
……〝むかで〟は必要以上に追及はしなかった。恐らく彼のことだ、僕の反応から大体のことは掌握しているのであろう。
「貴様、〝KOSMOS〟を抜けるつもりだな」
「……………………うん」
僕は少し長く考えて、〝むかで〟の質問に頷いた。
僕の目的は〝白絵〟を含む魔術師と戦うこと、〝むかで〟の目的は〝白絵〟を殺すこと。
二人の目的が食い違ってしまった今、同じ道を歩くことはできないのだ。
僕と〝むかで〟は仲間であって友達ではない。利害の不一致があっては一緒にいられないのだ。
「……そうか」
〝むかで〟はそれだけ言って僕の顔から手を離した。
「貴様の考えはわかった。すぐにでもこの船から降りろ」
「……わかったよ」
〝KOSMOS〟の頭領は〝むかで〟だ。彼の判断が全てであった。
「出でよ――鯱王、〝シャルカラ〟」
僕は海に巨大な鯱を召喚した。
「じゃあね、〝むかで〟」
「ああ」
最後の会話だというのに〝むかで〟の言葉はつれなかった。
……そして、僕は貨物船から飛び降りた。
「ありがとう。今まで楽しかったよ」
……僕は〝むかで〟に聞こえないよう、小さな声で呟いた。




