第359話 『 ウィンドベル 』
……ジェノス=クライシスとの邂逅から一週間。俺は夜凪との修行に励んでいた。
「うーん、大分〝第3形態〟もマスターしたけど何の手応えもないねー」
夜凪は溜め息を吐き、原っぱに倒れ込んだ。
「しかも、俺の〝八咫烏〟は一日数分しか使えないし、すぐに疲れちゃうよ」
〝八咫烏〟は攻守・変則に優れた〝特異能力〟であるが、発動可能時間が極端に短いというのが欠点であった。
「その点、タツタの能力はいいよね。ほぼほぼ無制限で使えるし」
「まあな。だが、俺も手応えを感じられていないのは一緒だよ」
俺の〝闇々覇手〟は周囲の黒魔素を支配する力であり、技を使ってもほとんど魔力を消費することはなかった。
しかし、現状では夜凪と同じように壁の前で足踏みを繰り返す毎日であった。
「このままグダグダやったって一生ブラドールには届かねェ、何か革新的な変化がいる筈なんだ!」
「……変化、ね」
――打倒、ブラドール=ヴァン=リローテッド。
……それが俺の新たな目標である。
「それがわかれば苦労しないよ」
「本当にな」
俺達は二人揃って溜め息を吐いた。
――〝第4形態〟
……それこそが打倒、ブラドール=ヴァン=リローテッドの答えであった。
「……でも、やる! やってやる!」
俺は掌に拳を当て、気合いを入れ直した。
「 随分と気合いが入っているようじゃないか 」
――木陰の方から声が聞こえた。
「……もう、起きて平気なのかよ」
「一週間も寝たんだ。嫌でも起きるさ」
振り向くとそこにはギガルドと――風の精霊、〝ウィンドベル〟がいた。
「怪我の方はどうなんだ?」
「お前の仲間の回復魔法のお陰でほとんど回復したよ」
「そりゃ、良かった」
流石はギルドだ。あれだけ重傷だったギガルドを蘇生させるなど並大抵のことではなかった。
「それで俺に何か用でもあるのか? まさか、目覚めの挨拶だけをする為に来たんじゃないんだろ」
「まっ、まあな」
ギガルドは頷き、恥ずかしそうにそっぽを向いた……ギガルドらしかぬ仕草で少し気色悪かった。
「単刀直入に言う!」
ギガルドが俺と真っ直ぐに対峙した。
「すまなかった……!」
……そして、ギガルドは勢いよく頭を下げた。
「……何でお前が謝るんだよ」
「〝クリスティア〟の話はお前の仲間から聞いた! だから、頭を下げさせてくれ!」
「……」
どうやら、ギガルドは今回の戦闘でクリスを死なせてしまったことについて謝っているようであった。
「今回の戦いに巻き込んでしまったばかりにお前の大切な仲間を失わせてしまった! 本当にすまなかった!」
「……頭を上げてくれ」
「できない! それでは俺の気が済まないんだ!」
どうやら、ギガルドはクリスを死なせてしまったことをとても悔いているようであった。
「……わかった……じゃあ、そのままでいいから話を聞いてくれ」
「……」
俺はギガルドが譲らないと判断して、無理に頭を上げさせるようなことはしなかったが、代わりに俺の今の気持ちを口にすることにした。
「俺さ、今回の戦いで二人の仲間を失ったんだ」
俺の脳裏にクリスとカノンの姿が過る。
「一人はお前も見たクリスっていう女の子で、もう一人は〝ウィンドベル〟の護衛とは関係ないがカノンっていう女みたいな男だ」
二人とも大切で二人を失った当初は失意の気持ちで一杯であった。
「二人のことは大好きだったし、死んじまったときは本当に辛かったよ」
愛しくて
悔しくて
悲しくて
……本当に辛い時間だったんだ。
「本当はもう何もせず、一人で部屋の隅でうずくまっていたいくらいさ……だけど、それはガキのすることだ」
二人の存在が俺の記憶から無くなることは無いだろう、二人を失った悲しみも喪失感も背負い続けなければならなかった。
「俺はもう子供じゃない。立派な大人かと言われればそうじゃないが、背負うものがある以上いつまでも足踏みしている訳にはいかないんだ」
「……」
俺の話をギガルドは頭を下げたまま静聴していた。
「だから、もういいんだ。辛いけどお前達を責めても事態は好転しないし、二人が死んだ事実は変わらないから」
――だから
「これ以上、自分を責める必要はない」
「……」
……しかし、ギガルドは頭を上げなかった。
「 それは本音か? 」
……腹の底を見透かされたような気がした。
「――」
ギガルドの言葉に対して、すぐに返答することができなかった。
「大切な仲間を失っても前に進む、立派だよ。だが、本当にやるせなさや憤りは無いのかよ」
「……」
沈黙する俺にギガルドが畳み掛ける。
「俺がお前の仲間を直接殺した訳じゃねェが、その一因であるのは事実だ。そんな俺を簡単に許せるのかよ」
「……」
ギガルドは土足で俺の心に入ってくる。遠慮なんてしない、ある意味ギガルドらしかった。
「……………………そうだな」
……俺はぽつりと呟き、ギガルドに歩み寄った。
「お前の言う通りだよ、ギガルド」
――ゴッッッッッッッッッッ……! 俺はギガルドの頬に拳骨を叩き込んだ。
「ッッッッッッッッッ……!」
「ギガルドッ!」
ギガルドは堪らず地面を転がり、〝ウィンドベル〟がギガルドに駆け寄った。
「……確かに納得なんてしてねェよ。そんな簡単に割り切れる程、あいつらの存在は小さくなんかないさ」
俺は地面に腰を落とすギガルドの前に立つ。
「だから、これでチャラにしてやるよ」
「……」
ギガルドを殴った拳を下ろした。
「誰でも許す訳じゃないぜ。カノンとクリスも大好きだが、お前も嫌いじゃない――だから、これでチャラだ」
「……タツタ」
俺はそれだけ言って〝ウィンドベル〟の方を向いた。
「お前も責任感じる必要はないぜ。俺達は自分の意思でお前を守ろうとしたんだ」
「……」
今回の戦いで死んだのはカノンやクリスだけではない。巫女の親衛隊も何人か殺されていた。
この少女が優しい少女であることはギガルドの話からでもわかる。だからこそ、〝ウィンドベル〟は彼等の死を必要以上に背負い込んでしまいかねなかった。
「だから、ちゃんと寝ろ。目の下の隈が酷いぜ」
「……っ」
〝ウィンドベル〟はささっと目の下を隠した。
「俺も恨んじゃいないし、あいつ等も死んだ後まで根に持つような奴じゃねェよ」
「……あっ、ありがとうございます」
〝ウィンドベル〟は小さく頭を下げる。
「俺も修行が残っている。話が終わったんなら戻るぞ」
俺は二人に背を向け、夜凪の方へと歩きだす。
俺には果たさなければならない目的がある。その為には一分一秒が惜しかった。
「 いえ、まだです 」
――〝ウィンドベル〟の言葉に俺は足を止めた。
「まだ話は終わってはいません」
「……」
俺は振り返り、再び〝ウィンドベル〟と対峙する。
「タツタ様の優しい御言葉、確かに胸に響きました」
〝ウィンドベル〟は自分の胸に手を当てる。
「しかし、僕にもプライドがあります。このまま何もせずに帰れませんっ」
「じゃあ、何をしてくれるんだ」
俺の問い掛けに〝ウィンドベル〟は一息吸って、真っ直ぐに俺の目を見た。
「 貴方の力になります! 貴方の仲間に入れてください……! 」
「――」
……それは願ってもないことであった。
その為に俺達はヲゼ大陸に足を運んだのだ。
――だが
「……いいのか?」
……俺達の旅は命懸けの旅だ。
「今回だって仲間を二人失った。安全安楽な旅とは程遠いぜ」
……俺は心の何処かで仲間を失うことを恐れている。
「半端な覚悟だったらやめた方がいい。無論、仲間になれば命懸けで守ってやるが、絶対なんて言葉は何処にもないんだぞ」
……だが、〝ウィンドベル〟の力が要るのも事実であった。
「それでも俺達に付いてくる覚悟はあるのか?」
だから、〝ウィンドベル〟には深く考えてもらう必要があった。
これは命懸けの旅で、平穏に生きることを許される〝ウィンドベル〟にとってはしなくてもいい旅なのだ。
優しい彼女が踏み入れてただいられるような生温い世界ではない。
……それでも首を縦に振ってくれるのなら?
……それ程の覚悟があるのなら?
「 ありますっ……! 」
……〝ウィンドベル〟が力強く頷いた。
「僕は戦います! そして、この広い世界をもっと沢山知って、ただ守られるだけの自分を変えたいんです!」
「……」
……俺を見つめるその瞳はとても澄んでいた。
「……………………わかったよ」
この真摯な瞳を曇らせる趣味は俺にはなかった。
「一緒に旅に出よう! そして、俺達に力を貸してくれ――ウィン……!」
俺は〝ウィンドベル〟に手を差し伸べた。
そして、〝ウィンドベル〟はその手を迷うことなく掴んだ。
「はいっ! ……って、ウィンとは僕のことですか?」
「ああ、〝ウィンドベル〟って長いじゃん……嫌か」
「いえ、そんなことありませんっ!」
勢いよく首を横に振るウィンが可愛らしかった。
「ウィン……うん、いいですね。そんな風に呼ばれるのは初めてです」
……どうやら気に入ってくれたようであった。
「良かったな、お嬢」
「はい、勇気を出して言って良かったです」
ギガルドがウィンの頭を撫でた。
「てな訳で、俺もお前の仲間に入るからな!」
「……どんな訳だよ」
ギガルドの話のぶっ飛び具合に俺は付いていけなかった。
「元々、お嬢を守る為に親衛隊にいた訳だしな。お嬢が旅に出るってんならそれに付いていくのが道理だろ?」
「まあ、そうだな」
わからない話でもなかった。
「それとも〝七つの大罪〟は戦力として不服かよ」
「アホか」
……そんなことを言えば、人類のほとんどが足手まといになるであろう。
「じゃあ、よろしくな――相棒!」
「ああ!」
俺とギガルドは力強い握手を交わした。
……かくして、風の精霊――〝ウィンドベル〟と〝暴食〟のギガルド=ヴァンデットが仲間になったのであった。




