第358話 『 柊奏 』
「やあ、〝さそり〟。〝むかで〟がどこに行ったか知っているかい?」
……〝しゃち〟が貿易船の甲板であたしに話し掛けてきた。
「〝むかで〟様なら部屋で休まれているわ……憎たらしいことに〝精霊王〟と二人でね」
あたしは質問に答えるも、答えている内に腹が立った。
(……まったく、憎たらしいったらありゃしないわ。毎日、〝むかで〟様を独占しちゃって)
〝精霊王〟がどれだけ凄いのかはわからないが、〝むかで〟様の大大大ファンとして嫉妬しない日はなかった。
「ふーん、暇だから手合わせしようと思ったんだけどね」
「やめなさい。〝むかで〟様をあんたの戦闘趣味に巻き込むんじゃないわよ」
まったく、この戦闘狂め。少しは〝むかで〟様のクールさを見習ってほしいものである。
「まあ、好きにさせてもらうよ♪」
「ちょっとっ」
〝しゃち〟はあたしの制止の声を無視して、姿を消した。
「……………………はあ」
あたしは一人溜め息を吐く。その後も〝しゃち〟を追い掛けるような真似はしなかった。
(……まあ、追い掛けたところで止められはしないんだろうけどね)
あたしはニ度目の溜め息を吐いた。
――〝しゃち〟は強くなった。
……〝KOSMOS〟に入った当初はほとんど差なんてなかったのに、最近になって〝しゃち〟は力を付けてきている。
恐らく、〝むかで〟様には届かないにしても、あたしなんて相手にならないだろう。
一方、あたしは二人掛かりで〝からす〟に惨敗した。〝むかで〟様が助けてくれなければ〝からす〟に凍らされたまま、やがては凍死していただろう。
「……あたしは」
――弱い
こんな力で、本当に〝むかで〟様の力になれるのだろうか?
〝むかで〟様は――……。
――力が要る。俺の仲間になれ
……嘗て奴隷だったあたしに自由をくれた。
たから、あたしは〝むかで〟様に恩返しをしなければならないのだ。
しかし、〝むかで〟様は遠すぎる。〝白絵〟を殺すこともそう遠くはないだろう。
(もし、〝白絵〟を倒したら)
それは予感であった。
「……〝むかで〟様は何処か遠くへ行ってしまうのかもね」
……そんなことを考えながら、あたしは暗い海を見下ろしていた。
「体調はどうだ、楪」
……俺と楪は船内の一室で休息をとっていた。
「……だいぶ……楽になったわ」
「……そうか」
顔色が良くなった楪に俺は安堵の息を溢しす。
「だが、油断は禁物だ。眠れるときに寝た方がいい」
「そうね」
俺の言葉に楪は素直に瞼を閉じる。
「……ねえ、一つ訊いてもいい?」
楪が瞼を閉じたまま口を開いた。
「ああ、構わないよ」
楪が俺に質問するなど珍しいことであった。
「あのね、前から気になっていたんだけど」
楪の声は小さく、しっかりと聞いていなければ聞き逃してしまいそうであった。
「〝むかで〟はどうしてわたしに優しくしてくれるの?」
……楪には現世の記憶がなかった。
「わたしを見る目も、わたしに話し掛ける言葉も、どうしてそんなに優しいの?」
「……なんだ、そんな質問か」
俺は小さく笑みを溢した。
「それは簡単な話だよ」
――俺は楪の髪を優しく撫でた。
「 愛しているからだ 」
……それが楪の質問に対する答えであった。
「柊奏は柊楪を何よりも愛しているのだよ」
「……そう」
俺の愛の告白にも楪は平静であった。
「愛する者に優しく触れたいと思うことは自然のことであろう」
「……少し、わかったわ」
楪はそう言って俺の頬に小さな手を当てた。
「 わたしも〝むかで〟を愛してる 」
「――そうか」
楪の言葉に俺は静かに頷いた。
「……嬉しく思うぞ、心の底から」
「なら、良かった」
……それだけ言って楪は眠りついてしまった。
「……」
俺は楪を起こさぬよう、なるべく音を起てずに立ち上がる。
「……愛している、か」
俺は今、とても満たされていた。
愛する者に触れ、愛する者に愛してもらえる。この世界にこれ以上に幸せなことなど在ろうものか。
「必ず、お前の肉体と記憶を取り戻すぞ――楪」
その為の力は既に手に入れた。
後は、その力で〝白絵〟を殺すだけだった。
俺は眠る楪を残し、部屋の外へ出た……外の空気を吸いたくなったからだ。
「――おや、今部屋に行こうと思ったんだけどね」
……廊下で〝しゃち〟と顔を会わせた。何やらこちらに用事があるようであった。
「何か用か、〝しゃち〟」
「いや、用事ってほどじゃないんだけど」
「……」
〝しゃち〟はそわそわしながら言葉を紡ぐ。まるで、玩具を前にした子供のようであった。
「ずっと船でのんびりしてても体が鈍っちゃいそうだからね」
「――いいぞ」
……俺は〝しゃち〟が本題を言い始める前に頷いた。
「今からお前と戦ってやる。場所は甲板、時間は今から五分後でいいか」
「……話が早いね」
「これでも付き合いは長いからな」
〝しゃち〟は〝KOSMOS〟の中でも〝からす〟に次ぐ古株だ。考えることなど大体わかった。
「人払いは〝さそり〟にやらせる。それで構わないか?」
「うん、文句なし♪」
こうして、僅か数十秒で戦いの段取りが終わった。
俺と〝しゃち〟は共に屋上を目指して歩き出す。
〝しゃち〟と戦うことに意味などなかった。
〝しゃち〟に勝ったから何かを得られる訳でもないし、負けても失うものなどなかった。
そう、これはただの気晴らしだ。
気分転換。〝白絵〟との決戦に向けたリハーサルだとでも思えばいい。
(……それに俺も丁度血がたぎっていたのだ)
楪を救う。
〝白絵〟を殺す。
……その野心の炎が熱くて仕方がなかった。
(久し振りに少し本気を出そうか)
……かくして、〝しゃち〟との戦いの火蓋が切って落とされた。




