力不足
渡り廊下を出口のある社務所の棟へ走っていると、前から制服を着た二人の警備員がこちらへ走ってくる。
「止まりなさい、止まれ」
手には短い警棒を持っているが、刀剣のほうが十分に長い。馬渡は二人の警備員に刀剣を構えて突っ込んでいく。二人は所詮はただの警備会社の派遣社員だったので、腹や胸を切りつけられてその場にうずくまる。馬渡は二人の間をすり抜けると同時に、渡り廊下から庭園に飛び降りる。このまま廊下を走っていては、また誰かに遭遇すると思ったからだ。中庭の砂利の上を走り、出られそうな方向に向かう。後ろから数人の声が聞こえ、追いかけてきている気配を感じる。
棟と棟の間を通り抜け、急に開けた参道に出る。右に折れ丘を下りると、その先には駐車場がある。ちょうど観光バスが着いたばかりのようで、観光客が大勢降りてくる。観光客は物珍しそうにキョロキョロと周りを見て、早速刀剣を手にしたイケメンを見つける。
――あれ、YouTuberのリクじゃない?――
彼らはなにかの撮影かと思い、ぞろぞろと彼の方へ向かう。観光客のうち若い人は男女関係なく彼の方に近寄り、周りに群がる。
「何かの撮影ですか?」
「ネットに出回っている、あの動画はAIって声明を出していましたが、実は本物という噂も出回っていますが」
とか、数人が彼に声をかけるが、殆どの人は単にカメラを構え撮影するだけ。
馬渡は何か言おうとしても何から説明すれば良いか混乱して、あーうーのみで、うまく言葉を発せられない。
「どうしたんですか?」
周りの観光客は彼の挙動が少しおかしいことに気づき始める。
そんな時、後ろの方から数人の警備員が刺股などを持ち走ってやってきて、馬渡と観光客の間に入り、彼を取り囲む。
「刀を捨てろ」
観光客は何が起こったのかとより興味が増して、一斉にスマホで動画を取り始める。馬渡は前後左右を刺股を持った警備員に囲まれ、刀剣で誰かを倒すこともできず、また走って逃げることもできない状態になる。
「武器を捨てなさい」
再び警備員が叫ぶ。馬渡はもうどうしようも無くなって、完全に詰んだと悟る。すでに厚東弁護士を殺してしまっていたし、妹の手術費用のあてはなく、余命数ヶ月の命は確定してしまっている。このまま自分が生き残っても妹のいない人生が延々と続くことは考えられない。
彼は手に持っていた刀剣を自らの首に当て、
「ごめん、由紀。兄ちゃん力不足だった」
と言って、刀剣に力を入れて前に滑らす。首の片側の頸動脈が切れて、血しぶきが吹き出すと同時に彼は力なく倒れ込む。倒れた体の首からしばらくは血が勢いよく吹き出していたが、その勢いも弱まりやがて止まった。そしてその一部始終を大勢の観光客のスマホが動画として撮影していた。彼らの何人かは今話題のYouTuberの衝撃的なレア動画が手に入り、ネット上で注目を集めフォロワーが増えると思い、加工や修正もせず、そのままSNSへアップする。
アップされた動画はそのあまりの壮絶さにまたたく間に注目を浴び、数分のうちにあっちこっちのSNSに引用された。




