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七不思議と七人のタイムリーパー  作者: 小鳥遊
第1章「未来を映す鏡」

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第1話 この学校には七不思議がある


 この学校には七不思議がある。


 未来を映す鏡。

 朝に戻る階段。

 五時五十五分で止まる音楽室。

 消える卒業写真。

 もう一つの人生を思い出す保健室。

 願いを叶える七月七日の屋上。

 そして、卒業式に消える人物。


 入学式の日、隣の席の男子が得意げに教えてくれたそれを、俺はよくある学校怪談だと思って聞き流した。


 だって、そうだろ。


 どこの学校にも一つや二つ、そういう噂はある。


 夜の校舎でピアノが鳴るとか、トイレの三番目の個室に誰かがいるとか、校長室の肖像画が笑うとか。

 そういう、誰が最初に言い出したのかも分からない、けれどなぜか毎年新入生にだけ受け継がれる、安っぽい怖い話。


 だから、この時の俺はまだ知らなかった。


 その七つが、ただの怪談なんかじゃないことを。


 誰かがやり直した時間の、傷跡であることを。


   *


「なあ、佐倉って怪談とか信じるタイプ?」


 入学式が終わって、初めてのホームルームが始まるまでのわずかな時間。

 隣の席に座った男子が、椅子ごとこちらに身体を向けてきた。


 名札には、四谷蓮、と書いてある。


 よつや、れん。


 名前を確認した瞬間、本人がにっと笑った。


「俺、四谷。よろしくな」


「佐倉悠真。よろしく」


「硬いなー。高校生活初日だぞ? もっとこう、運命の出会いに胸を弾ませたりしない?」


「隣の席の男子に?」


「そこで性別を気にするあたり、まだまだだな」


「何がだよ」


 四谷は、初対面とは思えない距離感で笑った。


 俺は昔から、こういうタイプが少し苦手だった。

 人見知りというほどではないけれど、いきなり懐に入ってこられると反応に困る。


 ただ、不思議と嫌な感じはしなかった。


 四谷の明るさには、押しつけがましさがない。

 人の顔色を見るのがうまいというか、踏み込みすぎる一歩手前でちゃんと止まる感じがあった。


「で、怪談」


「ああ。信じない」


「即答かよ」


「幽霊とか、見たことないし」


「見たことないものは信じない派?」


「まあ、基本は」


 そう答えると、四谷は楽しそうに口角を上げた。


「じゃあ見たら信じるんだ」


「見たら考える」


「そこは信じろよ」


 四谷は机に肘をつき、声を少し落とした。


「この学校、七不思議があるらしいぜ」


「へえ」


「反応うっす」


「入学初日から怪談に全力で食いつく方が難しくないか」


「いいか、佐倉。高校生活っていうのはな、最初の三日でだいたいの立ち位置が決まるんだよ。ここで怪談に興味を示せるかどうかが、青春できるかどうかの分かれ道になる」


「怪談で青春は分かれないだろ」


「分かれる。少なくとも、夜の学校に忍び込むイベントは発生する」


「停学イベントも発生しそうだな」


 四谷は「夢がない」と肩をすくめた。


 その時、教室の前方で誰かが笑う声がした。

 自然とそちらを見る。


 女子が数人、窓際で話していた。

 その中心にいた一人が、こちらを振り返る。


 目が合った。


 やわらかい雰囲気の女子だった。


 肩より少し長い黒髪。

 派手な印象はないのに、なぜか視線を引く。

 笑う時、目元が少しだけ細くなる。


 彼女は俺と目が合うと、一瞬だけ驚いたような顔をした。


 それから、すぐに笑った。


 初対面のはずなのに。


 なぜかその笑顔は、ずっと前から俺を知っている人のものに見えた。


「お、佐倉。さっそく春?」


「何が」


「今、雨宮さんと目合ってたろ」


「雨宮?」


「知らないの? 新入生代表挨拶してた子。雨宮紬」


 あまみや、つむぎ。


 名前を聞いた瞬間、彼女がもう一度こちらを見た。


 偶然だと思う。


 けれど、胸の奥が妙にざわついた。


 まるで、どこかで一度だけ聞いたことのある音楽を、曲名だけ思い出せない時みたいな感覚だった。


「可愛いよなあ。しかも頭良さそうだし、もう既に女子の中心っぽいし。ああいう子はだいたい三年間ずっと目立つんだよ」


「分析が早いな」


「人間観察が趣味だから」


「悪趣味だな」


「褒め言葉として受け取っとく」


 四谷が笑ったところで、教室の扉が開いた。


 さっきまでざわついていた教室が、少しだけ静かになる。


 入ってきたのは、若い男の先生だった。


 黒板の前に立ち、出席簿を教卓に置く。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。

 教師というより、教育実習生と言われた方がしっくりくるくらい若い。


 けれど、不思議と浮ついた感じはなかった。


 静かで、落ち着いていて、どこか生徒たちの騒がしさから一歩だけ離れた場所に立っているような人だった。


「一年二組の担任になった、白瀬悠です」


 しらせ、ゆう。


 先生はチョークを取り、黒板に名前を書いた。


 白瀬 悠。


「担当は国語。趣味は映画鑑賞。好きなものは特になし。嫌いなものは、提出期限を守らない生徒です」


 教室に小さな笑いが起きる。


 白瀬先生は表情をほとんど変えないまま続けた。


「高校三年間は長いようで短い。短いようで、たぶん長い。どちらに感じるかは人それぞれだと思います」


 先生の声は、よく通るのに、不思議と耳に刺さらなかった。

 むしろ、少し懐かしいような響きがあった。


「ただ、一つだけ覚えておいてください」


 白瀬先生は、教室全体を見渡した。


「後悔しない選択なんて、たぶんありません」


 その言葉に、教室の空気が少しだけ変わった。


 入学初日のホームルームで言うには、妙に重い言葉だった。


「だからせめて、自分で選んでください。誰かに選ばせたことにすると、後でだいたい面倒です」


 また笑いが起きる。


 今度はさっきより少し大きかった。


 俺も少しだけ笑った。

 ただ、なぜかその言葉は胸の奥に残った。


 後悔しない選択なんて、たぶんない。


 入学式の日に聞くには似合わない。

 でも、妙に忘れにくい言葉だった。


「では、出席を取ります」


 白瀬先生は出席簿を開いた。


 淡々と名前を呼んでいく。


「雨宮紬」


「はい」


 窓際の彼女が返事をする。


 白瀬先生は一瞬だけ顔を上げた。

 それから、何事もなかったように次の名前を呼ぶ。


 その時、雨宮がちらりとこちらを見た。


 やっぱり、目が合った。


 俺は慌てて視線をそらす。


 何をしているんだ、俺は。


「佐倉……悠真」


 不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。


「はい」


 返事をすると、白瀬先生が俺を見ていた。


 ほんの一瞬。


 先生の目が、何かを確かめるように細められた気がした。


 けれど、それだけだった。


「四谷蓮」


「はい!」


「声が大きい」


「すみません!」


「謝罪も大きい」


 教室がまた笑う。



   *


 ホームルームが終わると、教室は一気に騒がしくなった。


 部活の勧誘。

 連絡先の交換。

 中学が同じだった生徒同士の再会。

 これから始まる高校生活への期待。


 そういうものが、教室の中を春の埃みたいに舞っていた。


 俺は特に話す相手もいないので、配られたプリントを鞄にしまっていた。


「佐倉くん」


 声をかけられて顔を上げる。


 雨宮紬が、俺の机の前に立っていた。


 近くで見ると、彼女は思っていたより背が高かった。

 いや、高いというより、姿勢がいい。

 まっすぐ立っているだけで、なんとなく人目を引く。


「えっと……雨宮さん?」


「うん。雨宮紬。よろしくね」


「ああ、よろしく」


 何を話せばいいのか分からず、俺は無難に返す。


 雨宮は少しだけ笑った。


「佐倉くん、メロンパン好きだよね」


「……は?」


 予想外の言葉に、変な声が出た。


「違った?」


「いや、好きだけど」


「やっぱり」


「なんで知ってるの?」


 雨宮は、しまった、というような顔を一瞬だけした。


 でもすぐに笑う。


「なんとなく。好きそうな顔してたから」


「メロンパン好きそうな顔って何?」


「購買で最後の一個を見つけたら、ちょっとだけ真剣になる顔」


「具体的すぎるだろ」


 俺がそう言うと、雨宮は楽しそうに笑った。


 その笑い方に、また妙な感覚を覚えた。


 初対面の相手と話しているはずなのに、会話のテンポが少しだけ合いすぎている。


 まるで、彼女だけが俺との距離を先に知っているみたいだった。


「雨宮さんって、誰にでもそういう感じなの?」


「そういう感じ?」


「距離感が近いというか」


「あ、ごめん。嫌だった?」


「嫌ってほどじゃないけど」


「じゃあよかった」


 雨宮はほっとしたように笑った。


 その表情が、なぜか胸に引っかかる。


 よかった。


 たったそれだけの言葉なのに、彼女は本当に安心したように見えた。


 まるで、何かを一つ間違えずに済んだみたいに。


「佐倉、雨宮さんと知り合いだったの?」


 横から四谷が手に大量の焼きそばパンを抱えながら顔を出す。


「いや、初対面」


「初対面でメロンパンの好みを当てられてるの?」


「俺も困惑してる」


 四谷は雨宮を見た。


「雨宮さん、俺の好きなパンも当てられる?」


「四谷くんは焼きそばパン」


「すげえ、当たってる!」


「いや、それは誰でも分かるだろ」


 四谷はなぜか嬉しそうだった。


 雨宮はくすくす笑っている。


 教室の窓から、春の光が差し込んでいた。

 新しい制服。

 新しい机。

 新しいクラスメイト。

 まだ何も始まっていない時間。


 その全部が、普通の高校生活の始まりに見えた。


 なのに。


 雨宮紬の横顔だけが、ほんの一瞬、ぶれた。


「……え?」


 思わず声が漏れた。


 雨宮がこちらを見る。


「どうしたの?」


「いや」


 目をこする。


 もう一度見ると、彼女は普通にそこにいた。

 輪郭が二重に見えた気がしたのは、ほんの一瞬だけ。


 入学式で疲れているのかもしれない。


 そう思うことにした。


「佐倉くん?」


「何でもない」


「そう?」


 雨宮は少しだけ不安そうに俺を見た。


 その目が、初めて会った相手に向けるものにしては、妙に深かった。


「無理、しないでね」


「……入学初日に?」


「うん。入学初日でも」


 雨宮はそう言って、また笑った。


 その時の俺は、まだ知らなかった。


 彼女がその言葉を、どれだけ長い時間の果てに口にしていたのかを。


 そして俺が、彼女に何度も救われ、何度も救えなかった誰かの代わりに、今ここに立っていることも。


 もちろん、まだ何も知らなかった。


 ただ一つだけ。


 俺はこの日、雨宮紬という少女に出会った。


 それが、俺の三年間を決定的に変えることになる。


 そんなことも知らないまま。


   *


 その日の放課後、俺は初日から道に迷った。


 いや、正確には道に迷ったわけじゃない。

 職員室に提出する書類を持っていくよう言われたのだが、校舎の造りが思っていたより複雑だった。


 本校舎と旧校舎が渡り廊下で繋がっていて、似たような階段がいくつもある。

 案内板を見れば分かるはずなのに、どこか古い建物特有の分かりづらさがあった。


「職員室、どこだよ……」


 プリントを片手に廊下を歩く。


 放課後の学校は、昼間より少しだけ広く感じる。

 教室のざわめきが遠ざかり、部活の掛け声や吹奏楽部の音出しが別の場所から聞こえてくる。


 その時だった。


 チリ、と。


 耳の奥で、小さな音が鳴った。


 針が、薄いガラスを引っかくような音。


「……?」


 足を止める。


 周りには誰もいない。


 もう一度、音が鳴る。


 チリ。


 今度は、左の廊下の奥から聞こえた気がした。


 そこには、旧校舎へ続く渡り廊下があった。


 普通なら行かない。


 職員室はたぶん逆方向だ。


 それなのに、俺はなぜかその音が気になった。


 気になって、無視できなかった。


 まるで、誰かが小さな針で、時間の表面を引っかいているみたいな音だった。


 俺は、旧校舎へ足を向けた。


 西日が差し込む渡り廊下は、やけに静かだった。

 窓の外では、校庭で運動部が声を出している。

 なのに、この廊下だけが少し遠い場所にあるように感じた。


 チリ。


 音は近づいている。

 旧校舎の二階。

 美術室の前で、俺は立ち止まった。


 扉は少しだけ開いていた。


 中から、絵の具の匂いがする。


 そっと覗くと、一人の女子生徒がキャンバスに向かっていた。


 長い髪を後ろで一つに結んだ女子だった。

 制服のリボンの色は、俺たちと同じ。

 つまり、同じ一年生。


 見覚えがあった。


 たしか、入学式のあとに配られた部活動紹介のプリントで、美術部の仮入部希望者として名前が載っていた生徒だ。


 一ノ瀬澪。


 クラスは隣の一年三組だったはずだ。


 彼女は一心に筆を動かしている。


 その横に、大きな姿見が置かれていた。


 古い鏡だった。


 縁には細かい装飾があり、ところどころ黒ずんでいる。

 美術室に置かれているには少し不自然なくらい、存在感のある鏡。


 その鏡を見た瞬間。


 俺は、息を止めた。


 鏡の中でだけ、一ノ瀬が泣いていた。


 現実の彼女は泣いていない。

 ただ無表情で絵を描いている。


 でも鏡の中の彼女は、キャンバスの前で立ち尽くし、声もなく泣いていた。


 そして、その後ろで誰かが叫んでいる。


 音は聞こえない。

 けれど、口の動きだけは分かった。


 ――澪のせいだ。


 そう言っているように見えた。


「……何だよ、これ」


 思わず呟いた瞬間、鏡の中の一ノ瀬がこちらを見た。


 いや、現実の彼女ではない。

 鏡の中で泣いていた彼女だけが、俺を見た。


 チリ、と音が鳴る。


 今度は耳の奥ではなく、頭の中で鳴った。


みなさま初めまして小鳥遊と申します。

第一話手に撮っていただきありがとうございます。

小説経験もなく読みづらいかもと考えておりますが、ぜひ読んでいただけると幸いです


更新頻度につきましては週に3話程度緩やかにやっていけたらと考えています

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