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序|前編 - 勇者と出会う

暇な時に妄想していた内容を形にしたものです。

「荷物はこれでよし…と。」


目の前には荷物パンパンの巨大バッグ。後ろを向き、肩に持ち手を乗せると「よっ」と声を発しながら軽々と背負う。


「おい、早くしろ!」


大声が響いてくる、そろそろ出る予定だ。急いでパーティーハウスから出ると、日差しが目にかかる。

今日から日が差さないダンジョンの深層まで行く予定だ。だからと後ろの荷物に目を向ける。

すると、最後に扉から出てきた自分を見て、パーティーリーダーその場にいるパーティー全員に大声をあげる。


「やっとか……さて、これから俺たち〔決死進軍(デスパレイド)〕は『夜霧の神殿』に入る!今回は最下層まで一気に潜る!お前たちは荷物持ちとしてついてこい!もし"ダンジョン"を制覇すればお前たちにも大量に金が入る!楽な仕事だろう?ならついてこい!!」

それに呼応して大声をあげる男たち、それを見てニヤリと笑うリーダー。


「…。」


そして静かに、先頭に立つ冒険者を見ていた"荷持ち"の自分がいた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



遥か昔から、人には「称号」と呼ばれる人生の役割が存在していた。人はその「称号」に振り回され、必ずその道を辿る絶対の役割を神の手により決められてる。しかし、その「称号」だからこそ国を作り上げる王となる、人を導く革命者となる、文明を創り出す偉人となる、そのような世界となった。


だが「称号」は人だけではなく、魔物、獣、悪魔等の様々な"モンスター"にも付与されていた。そしてモンスターは人と敵対し、人は国を築いては崩壊したりまた作りあげたりして戦っていく…と繰り返していた。


そんな中、今から千数百年前、かつて人を滅ぼすために動いていた魔物を引き連れるモンスターの頂点である《衰退》の魔王が魔王を倒す者、通称"勇者"の手によって討伐される。しかし魔王の力は終わることはなく、死んでから各地に散らばった魔王の瘴気によりモンスターが急増、それらを討伐するために「冒険者」という職業が作られた。

そこからは勇者の子孫の増加による様々な勇者の誕生、魔王の瘴気や上位の魔物が創りあげた"ダンジョン"の出現、そして世界の土地を纏める幾つもの国が各地に建っていった。


そして現在、ここ『ミラナム王国』の中央にある冒険者を扱う"ギルド"には地下に『夜霧の神殿』と呼ばれる"ダンジョン"が存在していた。

ダンジョンとはモンスターが蔓延り、奥には大量のお宝が眠るハイリスクとハイリターンの冒険者の仕事場。そしてギルドとは、そのダンジョンの管理や敵対存在の討伐を受注する、冒険者の組織。

冒険者という言葉が出来た時に建築された『夜霧の神殿』を管理するギルド「ミクラル」は世界で初めて冒険者を受け入れたギルドであり、未だに制覇されることのない様々なダンジョンの発見と管理を行い、そして今日も冒険者を見送っている。



「おお、〔決死進軍〕だ!」


「今日から最深部まで行くんだってさ!」


白冠級(プラチナランク)まで頑張ってー!」


ギルドまでの中央街道の真ん中を歩く、まるでパレードのような人数で進む。

それらを見る民衆たちは、これからダンジョンに向かう勇者パーティを応援しながら見ている。


「見ろ、《過激》の魔法使いリヴァインだ!」


「《飽和》の僧侶マーレンもいる。やっぱり二人はいつ見ても麗しいな…。」


「他にも《粉砕》の戦士グレイドに《破棄》の盗賊(シーフ)トロンもいる。他にも大量の戦士や魔法使いたち…今回こそ最奥まで行けるんじゃないか?」


「そしてあのパーティを引き連れる…《抑圧》の勇者レグラ。まだ21だと思えないよな。」


「それでも現状で金冠級(ゴールドランク)だろ?しかも王と直々の対面までしてるし、このままいくとミラナムの代表の勇者まで行くかもしれないな。」


「このミラナムで白冠級はアイツらしかないからな。期待の新星だぜ。」


そんな彼らを称える中、後続からはバッグを背負った者たちがズラリと並び歩いていく。


「にしてもやっぱり人数多いな。あの後ろにいるバッグを持った奴ら、全員荷持ちだろ?」


「ああ、ダンジョンに入ると戻れないし、何日も歩くことになるしな…それに、ダンジョンアイテムや手に入れたものも持って帰る必要があるだろうし。」


「…残念な奴だよな。大荷物を持つことしかできないってのは。」


「ああ、俺たちは普通でよかったよ。荷持ちなんてそれだけしかできないからな、ハハハ。」


「にしても一人だけ…凄いサイズを持ってるのがいるな。」


「あれだろ。荷持ちとしてのレベルが違うんだろう。」


「見た目も若そうだが…いつからやっているんだろうな。」


「———…。」



ダンジョン『夜霧の神殿』はギルドの下にある、大きな地下への入口が設置してあるダンジョンだ。

〔決死進軍〕はギルドに辿り着き、『夜霧の神殿』の前に待機していた女性スタッフがやってきたパーティの勇者レグラに一言を入れる。


「〔決死進軍〕の皆様ですね。『夜霧の神殿』ではどこまで行く予定でしょうか?」


「無論、最奥までだ。帰ってくるのを楽しみにしろよ。」


「分かりました。行ってらっしゃいませレグラ様。」


「おう。その前に……いいか手前ェら!!!」


レグラが振り向くと、パーティ全員がレグラの方へ目を向ける。その目はこれからのやるべきことを示すかのように、全員がやる気に満ちている。


「これから俺たち〔決死進軍〕は『夜霧の神殿』を攻略する。お前たちはやるべきことを成すのが仕事だ!俺たちは道具のように使われる?そんなことはない、俺が動かしてやる!」


掛け声を出しながら、戦士や魔法使い、僧侶らの男たちへ指さす。


「金も、宝石も、アイテムも、欲しければ俺らについてこい!パーティにいたと自慢したければ俺らについてこい!俺たちの為に持ち帰れ!!」


ウォー!!と大声を出す男たち、それを見て振り向くとパーティに声をかける。


「リヴァイン、マーレン、グレイド、トロン。行くぞ。」


「ええ、にしても本当意地悪ね。」

「いいのですよ、言っていることは正しいのですから。」

「決めたのは自分たちだ。俺たちの目指すべき先の為に使うのが正しいだろ。」

「それもそう、役立つ為に動かそうよ。」


「ああ、俺たちが有名になるために。アイツらは使い捨てだ。」



「………。」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『荷持ち』。

この世界における、職業の一つ。その職業は「荷物を運ぶ役割や仕事をする」者の総称。

幼い頃から荷物を運ぶ仕事をしていたら自然とその職業に決まっていくらしく、彼/彼女らは役割が決まると武器や防具、魔法などにも使用できなくなるほどのデバフが掛かり、他の事ができなくなる。…荷物を運ぶこと以外。


故に、この職業になった者はあらゆる職業の中でも最低なほどに不人気であり、そして荷物を運ぶ以外では一切使えなく、そして"使い捨て"であることだ。


冒険者たちはダンジョンに入ると、手に入れた獲得品を持ち帰ることが殆どだが、武器を扱いながら獲得品を持ち帰るとなると危険性が増すばかりであり、それ以上に戦闘職としての役割が消えてしまう。かといって大量に人を連れていくとなると、人数の問題が発生してしまう。


それを解決したのが荷持ちであり、たった一人でも大荷物を運べる彼らは冒険者にとっても重宝される存在となった。


そしてその実態は…。



「おい、トロいグズが、早く飯を用意しろ!」


急いで荷物の中から用意する調理道具から簡単な食事を急いで作成する。十数分の間にパーティ全員に食事のパンや焼豚肉を配ると、レグラが全員に注目をするよう言い放つ。


「お前ら!明日はついに最奥部だ!これからやるべきことを思い出せ、俺たちは人生に勝って勝ち組になるんだ!理想も、願いも、金も、全部手に入る!楽しみにしやがれ!」


ワッ!!と騒ぐダンジョン内、それを合図に全員が食事へと移っていく。


「おい、早く次の飯を用意しろ!」「いさせてやってるんだから感謝しろよ。」「お前ら、全部俺たちがいるおかげだからな、ハハハ。」


すると、バシャッと戦士の一人にスープが掛かる。


「チッ!てめえ、なに転んでんだ!」


「す、スミマセン!スミマセン!」


「スミマセンじゃねえだろ!!荷持ちの癖に迷惑かけやがって、クソガキが!」


謝る言葉に聞く耳を持たず荷持ちの青年の襟を掴むと、戦士が顔面に暴力を振るい続ける。倒れてもすぐさま足で踏みまくり、周りは笑いながら食事を楽しみ続けている。周りの荷持ちも顔を伏せ、見ることしかできないでいる。



荷持ちはその一点限りである能力からか、パーティでも道具のように使われ続けられることが多かった。一度利用すれば捨てられることも多く、それ以上に敵からの肉盾の役にされる、パーティに入る報酬の不当な割合で渡される、果ては女性であれば性処理として使われる、といった問題が確実に起きると言っていいほどに、人ではない道具として利用される存在へと見られていた。


昔からそれが定着して以降、冒険者の倫理に問題が起きた事件が多発しており、大ギルドがあるミラナム王国は世界に向けて警告を発し、一度世界各地殆どのパーティが監査を受けるほどの大問題と発展した。それからはパーティにおける人間関係や犯罪が露呈・報告された場合、国からの監査兵やギルド所属の者から調査され、実際にあるとパーティーのランク減少や被害者の引受、最悪パーティの強制解散までになることとなった。


しかし、それを無視し隠蔽しているパーティも少なからず存在する。一般職に近い職業である荷持ちには物理的な脅しは効いてしまい、問題を受けて罰せられたパーティが後に報告した荷持ちを復讐しに殺害する、という問題も発生していた。それほどまでに弱者として位置づけされてしまい、どうすることもできない評価として固定化された影響で人生を終えた者は数知れなかった。


そういった荷物を運ぶことしかできない荷持ち(むのう)、それが彼/彼女らとして決められた役割だった。



「…あ?何止めてるんだ。邪魔するんじゃねえゴミが。」


「…新しいスープです、作り直しておきました。このままだと冷めてしまいと美味しくありませんので、お早めに食べてくれれば。」


「…チッ。今度掛けたら殺してやる。お前らなんて代わりはいくらでもいるからな。」


「ごめんなさい…ごめんなさい。」


すぐに隅に行くと、新しいスープを持ってきて代わりに場を収めた、フードを被った荷持ちが介抱する。


「怪我で酷いところはないかな。」


「…ありがとう。助かった…あのままだったら体の一部を切り落とされてたかもしれない…。」


「そうだね…見たことあるよ。」


食事を終えたパーティは、すぐに就寝へと入る。就寝の寝巻道具も調理道具の片づけも、全てが荷持ちの仕事として放置される。彼らにパーティー用の食事が出されることはない、全て自分たちが用意した食事で生きていかなければならない。


小さくなったパンの欠片を口に含みながら、片づけをすぐに行い、彼らもまた就寝へと入る。だが同じ場所ではなく、離れた位置で寝ることとなる。その中で、スープをこぼした青年が小さく泣き言を零す。


「……もう嫌だ。なりたいと思っていないのに勝手にこの職業にされて…。生きるのも、なにもかも辛い…もう、利用され続けて死ぬ運命だと分かるんだ…。」


そんな彼の元に、フードの子が近づき、小声で会話する。


「辛い人生なのは、みんなも同じ…どうすることもできない。けど、一つ方法があったりする。」


「…え…それって、どんな方法?」


「…お宝を手に入れたら、持って帰るのは自分たちだけ。ならお宝を持ち帰るときに、ダンジョンの出入口の近くで逃げれば、お金を持ったまま新しい人生にできるかもしれないよ。」


「そんなの、捕まるじゃないか…それにこのパーティーは金冠級なんだぞ。逃げれることなんて…。」


「ダンジョンで手に入ったアイテムを使えばいい。きっと便利なアイテムがあるはずなのは確かだよ。だって私、ダンジョンのアイテムを何個か知ってるから。『正確に憶えている場所に移動する鏡』とか、『姿が消えるマント』とかね。それを使えば逃げれるし、最悪隠れれるはずだよ。」


「…でも、もし捕まったら、殺される。」


「…そうだね…。でもね。」


そう言うと、フードを外し、白髪の奥にあるその顔を見せる。自分より年下の見た目で優しく接するその顔に、青年はたじろぐ。


「…何もできず死ぬより、何かして進んだ方が、きっといい未来があるはずだから。だから私は、生きていたいあなたを応援したい。」


「………そっか、なら…それに一枚噛んでいいかな。俺も逃げたい、こんなパーティーから、人生から。役割から逃げるんだ。」


「うん、ありがとう…それじゃあ、その時が来るまで待とう…おやすみ。」


「おやすみ。…ありがとう。」



翌日、最後の階層へ進むと大空間が現れる。奥には鈍く光るダンジョンの水晶石が、巨大な扉の表面模様をしっかりと映していた。一度周囲を散策するパーティーは大空間を調べまわるが、隠し通路もトラップもなく岩壁を隅まで調べただけの時間の無駄となった。


そんな中、奥の扉に触れていたリヴァインとマーレンは、扉に刻まれている何かを確認する。


「これ、文字よ。しかも書いてあるのは神刻文字ね…。」


「神刻文字…神が地上の人間に対し言を伝えるときに刻んだ言葉…つまりこの扉は神が作った扉なんですか?ダンジョンは魔王や上位の魔物しか作れないものなのに何故…。」


「その魔王が神刻文字を利用した可能性もあるわ。でも私は神刻文字なんて読めないのよね。」


「なら私が読みましょう。神官になる為には神刻文字が使われる神聖魔法を習得しなければならないので、私なら多少読めるはずです。えー…」


「どうした、扉をずっと調べてたみたいだが。」


その時に丁度良く、周囲を調べていたグレイドとトロンが指示をしていたレグラと共に扉へと集まる。


「文字が扉に書いてあるのよ。マーレンが読んでみてるけど…どう?」


そう彼女に問うと、伝えるように言葉を発する。


「神……勇者……試練……与えし……開く…。どうやら、勇者がここの扉に触れてから試練を受ける、と言わないと開かないらしいです。」


「そうか、それならすぐにやればいいな。」


マーレンの言を受け取ると、すぐさま扉に触れて対応する。マーレンはそれに焦り止めようとするも———。


「待ってください!まだ何が起きるか…!」


「この俺、レグラは『神の試練を受ける』ぞ。」


その瞬間、大空間の中央に巨大な魔法陣が現れる。何重にも重ねられたそれは、その存在がハッキリと分かるほどに規則正しい順番に光の柱が立ち始めると、その魔法陣の中にいた者たちも全員急いで離れていく。

そして中央に光の柱が立つと、魔法陣が青黒くなり、それと同時に柱も青黒くなっていく。それに呼応して夜空の如く点々とした光る一粒が無数にある天井になると、一気に光の柱が大空間の中心へと向けられ、そして黒い影を風の勢いと共にまき散らす。

周りの人がその勢いに顔を防ぎ、一部が尻もちを付く中、荷持ちの青年とフードの子は巨大なバッグを壁にし防いでいく。


「うわ…!な、なんだ…!」


「光が…闇になった…。」


闇が晴れると、魔法陣があった場所には沼のような闇が溶けており、ボコボコと気持ちの悪い音を立てながら徐々に膨らんでいき、"何か"が現れようとしている。


「ッ…!戦闘準備だ!構えろ!!」


レグラがその何かを危険察知したのか、言葉を言い放つと急速にその闇が膨らんでいく。そして…一気に大きく破裂した瞬間、それは現れた。

闇を執拗に何重も纏ったようなその体はまさに巨人のようであり、それとは裏腹に異質で不穏な恐怖を感じていく。


「我は試練を与える者…闇になりえても乗り越えるべく力を試す神(なり)…。」


「試練を与える神とは初めて聞いたな。ならお前を倒して扉の奥に進ませてもらおうか。」


「気を付けてください…試練を与えてくる神なんてどんな行いをするのやら検討が尽きません。」


「なに、こういうのは倒せばいいんだよ!」


マーレンの注意を受けたまま、レグラとグレイドが一気に前衛へ進む。その瞬間にトロンが瞬時に悪魔の首後ろへ移動し奇襲、リヴァインが呪文を唱えると、周りのパーティメンバーも一斉に攻撃を構える。


「ならば与えよう…我が試練を!!!」


それに対応するべく手を大きく広げると、トロンの奇襲した首狩りの斬撃で一気に闇が大空間を霧散し、黒しか見えない空間ができあがっていく。


「なッ…!消えた…いや、霧になった!?」


着地したトロンは周囲を見渡すと、周りには誰もいない、自分の掌すら見えない、自分だけしかいないただ真っ黒の空間になったと把握する。


「おい!お前らどこにいる!」


「ギャアアァァアアァァーーー!!!」


叫び声———それと同時にギャリンと鈍く響く切り裂かれる音。トロンは瞬時に理解した。「ここにいると危ない」その身体が恐怖と経験により警告を発した。

冷や汗が頬を垂れる。その一滴が暗闇の地面に付くまであらゆる何かが途切れる音だけが聞こえてくる。

男の叫び声。破裂音。斬撃音。男の叫び声。何かが倒れる音。女の叫び声。声が途切れる音。叫び声。叫び声。叫び声。何かが千切れる音。


「(マズイマズイマズイマズイマズイ!!!早く、早く暗闇から離れなければ!!!)」


トロンの称号《破棄》。自分自身に関する容姿や情報を物理的に視認させなくする、彼の得意技から成った称号。彼は幼少期から悪戯に近所の青果店から果物を盗んだりする悪ガキだった。それが今となっては透明となり敵の懐に潜り、いざとなればそのまま敵を葬る。シーフの基本にして優秀な冒険者であった。


「(この暗闇、あの神から見えても俺の力であれば見えないはず!今のうちに暗闇から離れて周囲から観察と情報を探)」


フォン、と音がした。

急にドサリと地面に倒れる。こけた訳じゃない、地面を踏んでいた感触があったのに一瞬でその感覚が放れていった。そしてすぐに———


「———ぁぁァアアア!!?」


苦痛が足元に湧き上がっていく。足を斬られた。逃げきれなかった絶望と痛みで頭がおかしくなっていく。

どうすれば助かるんだ?どうすればいいんだ!

そう頭の中で命乞いを求めると、奥の方から僅かな光が灯される。その光の中にいたのは、フードを被った荷持ちが探索用に使う魔力の籠る、小さい消費用の光源棒を灯した姿だった。


「…この暗闇は、光を灯せば中和する…。」


この大空間の先の見えない暗闇の中で、一筋の光のように灯るその明かりは、全員の思考を巡らせた。


「明かりだ!!なんでもいい!!明かりを灯せ!!!」


どこかにいるレグラの叫び、それに気付くと暗闇の中の斬撃音と破裂音が多く鳴りだす。


「なんでもいい!明かりを灯してくれ!魔法使い!早く明かりを」


「明かりを部屋中にすればいいのね…!?」


レグラの叫びを聞いたマーレンの繰り返す声に、すぐ傍にいたリヴァインがすぐさま唱えだす。


「一つの降臨に映しだされる我が輝き、地も水もその顔に嘆くといい………空間を灯しだす(ルムリグト)!」


リヴァインの詠唱により、彼女の持つ杖から魔法陣が二つ展開される。最後にその魔法の名称を発すると、杖から螺旋に回る魔法陣が宙に浮き始め、そして大空間の全てが人々の目に映り、暗闇が露わになる。


急速に集まる暗闇の霧が、中央に形を成す。

そして形取ったのは、八足に構え、蜥蜴のようで似つかない全身が頭蓋骨と骨組みに覆われた、巨大な怪物そのものであった。

その怪物は己の存在を恐怖で脳に染み込ませるように、口から暗闇を吐き出しながら、その無数に生えている腕の一本に一人の男が握りしめられているのを見せびらかす。


「グレイド…!?」


「た、助……け……ギ…ゴァ……。」


メキメキと発する骨の音がグレイドから何度も大きく鳴ると———ボギッ。

握りしめた手の内側から血が溢れ出すと同時に、彼の口から血糊が吐き出される。

彼の体が痙攣し、そして動かなくなると握られた手から離され、おかしい方向に曲がった体の部位のまま地面に落とされる。その姿はまるで子供が遊んだ後の人形のようで、一切動かなかった。


「う……う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


一人が恐怖に耐えきれず叫びだす。

そしてその光景を見た同じ耐えきれなかった他の冒険者達もら一斉に怪物から逃げ出しはじめるだろう。


「おい!テメェら!…クソ!これじゃあ戦闘もできねぇ…グレイドも死んだ!!立て直すぞ、撤退だ!!」


レグラの撤退が大空間に伝わる。すぐさま冒険者達はこの大空間に来た時の入口である道に戻り走っていく。


ある戦士は全速力で逃げ、ある魔法使いは絶望の果てに呆然と立ち尽くしてしまい、ある僧侶はその場で尻餅をついたまま震えている。

その中で、フードの荷持ちは、光源棒でずっと照らし続けていたその場所で、状況を見ていた。


「——————」


垂れる汗を気にすることが出来ないほど、この状況でどうやって誰かを助けようかと思考する。だが、姿を現した悪魔の近くにいた者はものの数秒経てば何も言わない肉塊と化していく。


「せめて…助けれる人を……。」


しゃがんでいた体を立ち上がろうとすると、フードコートの裾を握られ静止させられる。振り向くと、そこには昨日戦士から助けた青年が怯えた目で震えながら、また助けを求めていた。


「お願い…連れてってくれ……一緒にいれば…流れるはず…。」


「…私は、まだ助けれる人を助けたいから…今なら全速力で走れば来た道を引き返せるはず……だから」


「お、俺一人でなんて嫌だ…!もうここにいる奴らはほっとけば大体死ぬ…。俺達を蔑んで…殴って…笑った奴らだ!もう行こう!なんで助かる必要なんか…!」


「そんなこと…私が人を助けたいから、それだけだよ。」


裾を引っ張る手を放すと、遠回りに走りだす。


「走って!!!」


その言葉を聞いた青年は一目散に入口へと駆け出す。フードの荷持ちは神刻文字が書かれていた扉側にいた者達に向かって叫ぶ。


「時計周りに逃げて!そうすれば逃げられる!」


場が混乱と恐怖で怯えてる中でパーティの立ち位置はもはや関係がない。生き延びたい心情に聞いた者達は内容を聞くと、その指示通りに大空間を時計周りに走りだす。


「ハ———ハハ———まさに、惨め。」


入口付近の、時計周りに逃げていた者達が巨大な無数の手に潰れていく。逃げる者にその目を向け、逃すまいと視線の恐怖を与えている。

再度震える彼ら、それを喜ぶように目元がニタリと笑い始める。


「ああ。これだ。この景色だ———。」

「我はこの恐怖をもう一度味わった。」

「すばらしい!すばらしい!すばらしい!」


神はその手を大きく広げ、歓喜する。


「憎き、神々…奴らが我を試練としてこの大空間に封印されてから…味わえぬと思っていた…!この…震える快感…!」

「今、これは試練ではない…俺の遊びだ…!」


ゆっくりと、醜悪な笑みをした顔が彼らに見下そうと近づく。


「貴様ら一人ずつ、この快感に浸らせてもらおうか…まずそこのおと———。」


ヒュン———。

目の前に飛んできた小さい魔法陣が描かれた球。それが眩く、神の目の前で、光る。


「グ…何!?」


「走って!!!」


強烈な光に当てられた神のその顔と、近くにあった腕が少し塵のように霧散する。


「邪魔が………!誰———」


更に三つ、同じ球が目上に飛んで、光る。

ピカッ———ピカッ———ピカッ———と、その光に充てられた神の首から上は、勢いよく漂う黒い霧と変わり揺らいでいる。


閃光球。逃走する時や目眩し等に使われるシーフや斥候の消耗品。魔力を込めなくとも、既に魔力が込められているためすぐに使用できる優れ物アイテム。

フードの荷持ちは、逃げる為にとっておいたそれをバッグから持ち出しながら敵に向かって奇襲していた。


「今のうちに行って、速く!」


その叫びが逃げる人々に伝わったのか、入口へとすぐさま走り、逃げ去っていく。


「やっぱり効いた…!光が武器になる…!」


大空間が闇に覆われた最初、囮として暗闇を照らすための光源。最初に狙われるはずだろう自分が狙われず、まだ暗闇にいる者達が狙われていた。

このことから神は光に近づけないことをすぐさま理解したフードの荷持ちは、速攻でアイテムを武器にし動きだした。


「トロンさん…我慢をお願いします…。」


「うっ…ゔぅ…。」


両足を失ったトロンに駆け寄り、彼を背負うと自分もすぐ入口へ逃げる。フードの荷持ちにとって、動きは完璧だった。すぐさま行動に移し、奇襲を打って出た。暗闇にする黒い霧にすれば、近づかなければ逃げきれる。そう思っていた。


「———お前の仕業か。」


無数の腕が二人の上を通り過ぎ、壁を薙ぎ払う。その壁に生えていた水晶石が砕け飛び散っていく。

その振動で大きく転倒する二人。すぐさま起きあがるも、目の前に神が迫っていた。


「この試練で、一番有能だったのはお前だったな。」


「………っ。」


喋るだけで殺意が荷持ちに響く。自分だけでは絶対相手にできないその存在に、足が震える。


「だが残念だ。お前は『荷持ち』だろう…その弱さなら痛ぶったとしてもすぐに殺してしまうな。」


「…それで、すぐ殺すの?」


「いや、俺はお前が気に入った。取引をしよう。」


「取引…?」


「その背負っている男を置いていけ。そうすれば命は助けてやる。俺の気まぐれに感謝するといい。」


「………。」


「お前はまだ五体満足、そいつは両足を失いもう逃げられんだろう?ならば置いていけばいい。なに、誰も責めないだろう?なぁ。」


「………。」


「さぁ、どっちを選ぶ?」


神はニタァと笑みを溢す。


「(置いていけば、逃げるところを真っ二つにする。逃げなければ、両方ともそのまま潰す。

あぁ…人間はこの二択になると、悩み、命乞いし、裏切り、争う。俺はこれを見るのが楽しい…!

お前は奴らを逃していた…善意で助け動いていたに過ぎない。だが自分が死ぬ直面になると生きたい意思が溢れ出す!人間はそういう生物だ…!)」


荷持ちはフードを深く被り、言い淀んでいる。


「うぁ…助けてくれ……。」


トロンの呻き声が命乞いとして伝えてくる。


「(選べ、選べ、選べ!どちらか選んで…殺させてくれ…!)」


神の口が大きく開き最高の笑みで、荷持ちの言葉を聞く。


「トロンさん…… ——— ———…やれますか?」


「し、にたくない…。」


「やらなきゃ死にます…今!」


「う……ぁあ…っ!」


二人の口から声が出ると、荷持ちがすぐさま神に向けて何かを投げる。


「くくくハハハハハ!!!お前の答えはそれか!いいだろう、今すぐお前らを潰し殺して———」


神は飛んでくる何かは球の形をしていると見ると、閃光球だとしてその球ごと潰し光らせないようにした。

しかし、潰した際に一瞬でも目を逸らしたその瞬間、次に二人を見た時は、その二人が一瞬で影も形も見えなくなっていたことだった。


「………は?なに!?」


トロンの称号《破棄》の透明化。先程壁で砕け散った水晶石を拾い、絶対に対応しにくるだろう閃光球の偽物として投擲、そして目線が逸れた瞬間に透明となった。


物理的に視認できない以上、暗闇が集まって実体化しているこの形態は見ることが出来ない。かといって大空間全体を暗闇に覆い戻すには魔法使い(リヴァイン)が発動した、宙に浮かぶ空間を灯しだす(ルムリグト)の魔法陣の球体を破壊しなければならない。その間に透明となった二人に逃げられるだろう。


「………ッ!ガッ…ク…ソ……がぁぁぁぁ!!!!!」


こちらが二択を与えた結果、今度はこっちが今すぐこの場を無差別攻撃し炙り出すか、明かりの光源を破壊するかの二択を選ばなければならないことになる。

すぐに返された答えと状況。自らの思い通りにならなかったことと油断、そして明らかに下に見ていた相手にだし抜かれた、その怒りが露出する。


「オオオォォォォォッッッ!!!!!」


神がその周囲を無差別に攻撃しまくる。地面が抉れても壁が凹んでも、怒りが収まるまで暴れ始める。しかし、その時点で遅かった。


「…はぁ…はぁ……はぁ…はぁ…!」


大空間の入口は、目の前に迫る。


「(ここを抜け出せばいい…あの神は入口の外に逃げた人を追いかけなかった。つまりこの大空間の中でしか活動できない…!)」


推測の期待を胸に、一歩ずつ走り出す。この試練から逃げ切れば、生き残れる…!

その辿り着きたい先に行くその体は、入口前で唐突にバチンッという音と共に何かに弾かれてしまう。


「あぐッ!?…そ…んな…出られない…?」


吹き飛ばされる体を起こし、またも入口の方を見る。そこには先程まで背負っていたトロンが入口の前で倒れていた。


「トロンさ…!」


すると、そのトロンを引きずり入口へ連れていく誰かの姿がある。それはパーティの勇者であり、この試練を承諾した勇者、レグラだった。


「レグラさん…トロンさんが足を———ッ!?」


レグラに近づこうと手を伸ばした腕は、さっきと同じく弾かれる。すると目の前に光の障壁が張られてあることを視認する。


「なにこれ…。」


「ダンジョンで現れる、試練の結界。俺も初めて見た魔法の一つだ。」


レグラはトロンの襟を掴むと、引っ張って逃げようと歩き始める。


「…あ、あの!助けてください!私がまだ…」


「その結界は一度発動したら中にいるパーティの内、最低でも誰か一人だけは逃げれない…そういう仕組みになっている。」


「…え?」


逃げれない。その言葉に冷や汗が垂れる。ゾクっとしたその感情に耐え忍びながら、嘘かもしれない言葉に聞く。


「じゃあ…私は、逃げれないんですか…?」


「ああ、そうだ。」


…嘘だ。その言葉も出ない、これから死んでくれと遠回しに言われたことで気持ちが追いつかなくなり焦り始める。


「そ、それじゃあリヴァインさんが解除を…」


「アイツはもう逃げた。パーティの重要な魔法使いを失うわけいかねぇからな。」


「………。」


助かることは無くなった。


「お前は捨てられた。パーティの為の礎にでもなってくれ。それが荷持ちが、俺のパーティで唯一できた功績だ!」


「………」


「お前のような荷持ちが死んでも誰も悲しまねえ!称号持ちは一人死んで!一人は使えなくなった!パーティは半壊してる!例えお前のような奴が生きてたとしても意味ねえんだよ!!」


この敗走の現状に耐えられなかったのか、行き場の無い怒りを只々目の前にいる相手に叫ぶ。


「お前はここで俺たちのために死ね!それが——」


「…人は…」


「……あ?」


「逃した人は生きてますか…?」


「………。」


怒りを向けて叫んだ相手から言われたその言葉が、自分のことではなく他人を考えているその考えに、レグラは唖然とする。


「……知らねえよ。だが……結界がお前だけを逃さないようにしてるんなら…お前以外はいないってことだろ。」


「そう…ですか……よかった。」


これ以上、何も言えなくなったのか。レグラはトロンの体を引きずりながら目の前から走り去っていく。荷持ちはその光景を、ただ最期の光景として見送ることしかできなかった。


パキ———バキン!


そのシーンが終わった合図のように、硝子が割れるような音が響くと同時に、大空間がまたもや暗闇に陥る。


「別れは済んだか?」


神の言葉が暗闇に響く。言葉の節々から怒りが漏れ出している。


「…。」


「お前はよくやった。この俺を出し抜き、パーティの大多数をたった一人で助けたのだからな。

その実力を評して、俺が残酷に叫ばせてから殺してやる…!!」


何も見えない暗闇に、唐突に身体が引っ張られる。受け身を取るのも難しいその速度で壁に叩きつけられ、衝撃と激痛で苦しく吐き出す。


「ガッ…ハ……!」


口の中に鉄の足が染み渡る。口から頬を伝って垂れているそれはきっと血反吐を吐き出しているのだろう。それを手で覆うとすると、今度は身体が強制的に細く窮屈になり、足に感じてた地面の感覚が無くなると、勢いよくまた地面に叩きつけられる。


「ァ…ッ……カハ……!」


立つこともままならない身体に覚える痛みが更に増えていく。それでも立とうとすると、足にパクッと何か開いたような軽い音がした。

その後に急に立てなくなる足、トロンの状況を見た荷持ちなら分かっていた。足を切られた、と。


「ッ………ァ…………いだい…!」


「ククク…ハハッ!!ハハハハハハハハハハッ!!!!」


ドオンッ!!

風切り音と同時に衝撃が身体中に響き、そのまま宙に飛ばされる。するとまたも身体が握りしめられ、抵抗する気もできない程に強く圧迫されていく。


「あっ……ぐァ……!!!」


「後悔しろ!泣き喚け!!この俺を怒らせたことをなッ!!!」


何もできない。誰かを助けた、その末路に辛い現実を身に沁みる。

けれど、最期に一言だけ、思い残そうとして口を開く。


「………か…勝手に…怒ったのは…そっちだよ…。」


「…何?」


「助けるのを邪魔しようとして…無理だったのを怒らないでよ…ゴホッ……そんなの……ダサいよ…?」


「ッッッッッ!!!死ねッッッッッ!!!!!」


真上から潰す為の拳が降りかかる。

最期の時だ。そう思いながら、半目しか開かないその目を閉じて、自分を終わらせる———。



そう思っていた。



「確かにダサいな。ここに一人だけ残る勇気ある子に向ける感情じゃない。」


突然と落ち始める身体、それに気付いて目を開けると、そこには暗闇の中で光る鎧を着ながら、潰そうとした腕と荷持ちを握りしめていた腕両方を右手に持つ剣で斬り伏せた男が目の前にいた。


「———は???」


男は荷持ちを抱えると、落ちる腕を避けて着地する。そして、神が叫ぶ。


「貴様は誰だッ!!!」


「そうだな…。強いて言えば…」


「———!」


男は悩みながら荷持ちをゆっくりと地面に降ろした後に剣を振るうと、神に向きを変える。荷持ちのその目は、男のその姿をしっかりと目に写しながら、少しだけ呟いた。


「—————————勇者。」

         「勇者、と言えば分かるかな。」


それが、荷持ちにとって、運命を変えた出会いだった。

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