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3.竜の迎え

 


 白い、あまり肌触りの良くない、簡素なワンピースを着せられていた。


 飾り気のない、何の変哲もない服。

 髪は、邪魔になるからと短く切られた。


「……短くなっちゃった」


 切られた髪に、そっと触れる。

 ルディが好きだと言って、丁寧に梳いてくれた髪だった。イリヤに残された、ルディとの大切な思い出のよすがだったのに。


 でも、まぁ、処刑前にしては、他の囚人と比べ、尊厳はある程度守られていたし、綺麗な身体で旅立てるのだから、まだましなのだろう。


 そう思えばいい。


 カランカランと乾いた鐘の音が聞こえた。

 ……時間かな。


 両手は手枷で繋がれている。

 しばらくすると扉が開き、迎えの役人が入ってきた。


「時間です」


 そう告げられる。

 イリヤは椅子から立ち上がった。


 手枷の鎖がジャラリと鳴った。


 ああ。

 身軽なものだ。イリヤにはもう何もない。

 ただひとつ。ルディとの思い出は残った。


 これだけは持って逝こう。


「……小さなルディ」


 今頃、どうしているだろう。

 無事、逃げ切れていたらいい。

 どこかで生きていてくれたら、それでいい。


 あなたが生きてくれているなら。

 それだけが、イリヤの救いだった。


「本当に……さよならね」


 もう、会えない。

 もう一度会えるなら……

 あの約束が叶うのなら。


 この人生も。

 無価値だったわけではないと思えるのに。



 イリヤは数人の役人に連れられ、塔を出た。

 外の光は、眩しかった。

 手枷をつけたまま歩くのは存外難しい。

 そんな感想を持ちながら歩く。


 石造りの塔を離れ、広い処刑場へ連れていかれる。

 そこには、すでに大勢の民衆が集まっていた。


「悪女め!」

「聖女様を殺そうとしたんだ!」

「王太子殿下を苦しめた罪人だ!」


 次々と罵声や石が飛んでくる。

 どうやら、イリヤは、聖女を害そうとした悪女らしい。


 民衆の敵。

 そんなことになっているらしい。


「……ふふ」


 思わず笑ってしまった。

 自作自演でイリヤに冤罪をかけた聖女様。それをあっさり信じた私の元婚約者の王太子。


 とんだお笑い種だ。


 けれど。もう、いい。

 今日で全部終わるのだから。


 処刑台の正面には、特等席が用意されていた。

 そこには、王太子と聖女が並んで座っている。


 私の最期を、高みから見物するつもりらしい。

 イリヤは二人へ向かって、にっこりと笑ってみせた。


 すると。

 二人の顔に浮かんでいたにやにやとした表情が、僅かに歪められた。


 ふふ。

 少しは良心が痛んだかしら。


 ……まぁ。

 もう、どうでもいいか。

 なんか疲れたな。


 イリヤは階段を上った。

 処刑台の上へ。


 首に縄がかけられる。

 執行人が何か叫んでいる。

 民衆が騒いでいる。

 少し、声を抑えてくれないかしら。


 そんなことを考えていた、そのときだった。



 大きな影が。

 音もなく。

 光を遮りながら、頭上を滑っていった。


 逆光に鮮烈な赤がよぎる。


「……え?」


 次の瞬間。

 広場に爆風が吹き荒れ、砂埃が舞い上がる。


 民衆が悲鳴を上げ、逃げ惑う。

 阿鼻叫喚の中。


 王太子が、何かを叫んでいる。

 イリヤも砂埃に耐えきれず、目を閉じた。

 首の縄で身動きが制限され、必死に踏ん張る。


 やがて、風が止んだ。

 恐る恐る瞼を開く。


「…………」


 広場の中心に。

 巨大な竜が舞い降りていた。


 真紅の身体。

 日の光を浴びた鱗は、まるで紅玉のように輝き光を反射している。


 大きな翼、鋭い爪。

 そして、澄み切った、金色の瞳。


 ああ……

 どうして、竜になってるの?


「……ルディ?」

 竜は答えない。

 ただ、ゆっくりと、イリヤの立つ処刑台へ進んでくる。

 一歩、一歩。


 周囲の人々は息を呑んでいる。

 恐怖に怯えている。


 竜が静かにイリヤの目の前までやってくる。

 そして、イリヤにそっと顔を寄せてきた。


 その頬に、頬を寄せる。



「……ルディ」

 間違えるはずがない。

 あの金色の瞳。


 約束を果たしにきてくれたの?


 私のルディ。

 涙が溢れた。

 両手は枷に繋がれている。


 抱きしめることができない。

 それが悔しくて仕方なかった。


 ルディの澄み切った金色の瞳がイリヤに問う。


 もういいよね?と。


 二人で生きても。

 イリヤにはもう何の鎖もないはず。


 真の聖女は涙を溢しながら静かに頷いた。

 竜は、首の縄を噛み切り、手枷の鎖を断つ。


 そして、イリヤに背を向けた。

 恐る恐る竜の背中に載る。

 赤い鱗に触れる。


 そして、イリヤは竜になったルディを両腕に抱きしめ喜びに震える。


「ルディ……!」


 竜は翼を広げた。

 そして、ふわりと竜が飛び立つ。

 羽ばたきに空気が震える。

 風が広場を駆け抜ける。


 その咆哮は。

 番を得た竜の圧倒的な歓喜の歌。


 真っ青な空と赤く輝く竜。

 空高く舞い上がっていく。

 誰も動けずただ見守ることしかできなかった。


 その日、その国は聖女を失った。

 のちに、あの処刑台に立っていたイリヤこそが、竜に選ばれた、真の聖女であったことが認められた。


 国は竜の加護を失い、荒れた。

 偽の証言をした男爵ならびに公爵、偽の聖女と王太子は厳しく罰せられた。


 そして、赤く輝く竜と聖女の物語りは、吟遊詩人が語り継ぎ、後世に伝えられた。



 幸せな竜の嫁取り物語として。





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