19 『とにかく瞬きすんな』
密室の舌戦:貴族の夢とハンターの現実
衛兵たちに連行されたカイルが、ギルド長室へ入った時、ソファに腰を下ろしていたガッゾたちが立ち上がった。その表情に、カイルは恥ずかしそうに笑みを返すしかない。
「——すいません。やっちゃいました」
カイルの明るい笑顔に出鼻をくじかれ、ガッゾたちも嘆息する。衛兵たちがカイルを空いている席へ押し込んで出ていったところで、中央に座るエドワードが口を開いた。
「——彼らにはきちんと忠告しておいた。どうか、許してくれたまえ」
頭も下げず、椅子からも立ち上がらないエドワードに対し、ガッゾは鼻を鳴らす。
「それはありがたい。まあ、期待はしちゃいないがな」
ガッゾの皮肉を意に介さず、エドワードは静かに語り出した。
「ギルドの方針が変わったことで、少しばかり君たちハンターに窮屈な思いをさせている事は認めよう。だが、すべては来るべき未来のためだ」
「未来」という言葉のあまりの突拍子なさを、カイルたちは鼻で笑った。
「それなら前借させてくれない? 未来でチャラにするからさ~」
リプレの言葉に全員が笑ったが、エドワードは眼鏡の奥で静かに見つめる。逆に、そんなカイルたちを嘲るようにふっと笑った。
「——君たちは、『ヒートコア』を知っているかね?」
エドワードの言葉に全員が顔を見合わせる。唯一ガッゾだけは、苦々しくエドワードをにらみつけた。エドワードは引き出しの中から、ウズラの卵ほどの結晶を取り出し、指先で弄んだ。洞窟などの照明に使われる、マジックカンテラの中に収められているものだ。
「このラグニールを支えているエネルギー体の名前だよ。わかりやすく説明するならば、強力な魔石と言ったところだ。君たちが普段何気なく使っている機関車も、ヒートコアから生み出される熱エネルギーによって動いている」
カイルの脳裏には、列車に横たわる巨大な石が運ばれる映像しか浮かばない。
(機関車を……あの巨大な鉄の塊を動かす石?)
カイルは、駅に停まっていた蒸気機関車の先頭車両を思い出す。あの巨体を動かすエネルギー源だ。マジックカンテラの小石とはワケが違う。向かいに座るロロへ目線を送ると、想像もできないと言う風に首を振った。
一方、魔法使いのリプレもまた、別のベクトルで混乱していた。魔石の発動は、そこに刻まれた術式に魔力を流し込むことで発動する。一時的にならともかく、ほぼ連続で発動させるとなると、すぐに魔力は枯渇してしまう。
(まさか…乗客の魔力を利用?)
エドワードは彼らの困惑を「技術の凄まじさへの畏怖」だと勘違いし、悦に入って語り続ける。
「——それだけではない。大城門の開閉からこの部屋の照明一つに至るまで、全ては一つのヒートコアによって賄われているのだ」
朗々と語るエドワードの話を聞きながら、カイルは眩暈のする思いだった。
大城門を開けるのには大勢の人間が必要なんだろう。照明はマジックカンテラと同じ、定期的な魔石の交換によって維持されているのだろうと、何気なく当てはめていた常識が、まさか一つの魔石によって運用されていたとは。ラグニールのどこかに横たわる、城のように大きな魔石を想像して、途方に暮れた。
突然、乾いた拍手が部屋に響き渡る。
「ご高説、結構結構。だがな先生、こいつらの顔を見て、まだその話を続けるってんなら、考えた方が良いぜ。子守歌にはちょうどいいがな」
ガッゾがエドワードの言葉を皮肉たっぷりに揶揄する。エドワードは冷笑を浮かべ「失礼した」と苦笑した。そして傍に控えるヴォルケへ、机の上に置かれた資料を手渡す。
「君たちにはダンジョンへ潜り、ヒートコアを回収してきてもらいたい」
これまでの話を一応聞いていたカイルには、まるでその言葉が理解できなかった。魔物の住むダンジョンに潜るだけでも大変なのに、どうやって城ほどの大きさの石を持って来いというのか。
エドワードの提案を聞き、ガッゾは納得したように首を振った。
「やっぱりそれが狙いか…悪いが、断らせてもらうぜ」
「待ってくれ。私の話を最後まで聞いてほしい」
エドワードが身を乗り出す。初めて見るその真剣な眼差しに、ガッゾは疑いの目を向けつつ上げかけた腰を落した。エドワードがガッゾに礼を言う。
「勿論、危険な事は重々承知しているつもりだ。だが、先ほども言った通り、これは未来への投資なのだ。ガッゾ君、君はいつまで現役でいるつもりだ?」
ガッゾは答えない。エドワードから視線を外し、高く天井に目を向けるだけだ。
「君はどうだ? 死ぬまで五体満足でいられると、本気で思っているのか?」
指名されたリプレは、何も答えない。まっすぐにエドワードを見たまま、ただその言葉を受け止めていた。
「ヒートコアによるエネルギー革命。それはつまり魔法に頼らずに済む世界の構築だ。そうすると何が起こると思う?」
誰も、何も答えられない。あまりにも途方もない言葉に、ただ圧倒されていた。
「魔物の脅威に怯えずに済む世界の誕生だ。つまりは、君たちハンターが必要なくなる、という事だ」
「ふざけるな!そんなものに、手を貸せるはずねぇだろ!」
憤るガッゾを、ロロが宥める。誰よりもハンターとして生きてきたガッゾにとって、その言葉は許せるものではない。しかし同時に、エドワードの言葉を否定しきれない事による、焦燥も感じていた。エドワードは臆せず、言葉を続ける。
「私がギルドの報酬を見直したのも、そのためだ。すでに多くの民衆や商人から、我がギルドは受け入れられつつある。ヒートコアを手に入れ、世界に平和が訪れた時、たしかに君たちハンターはその役目を終えるだろう。その時、我がギルドは、ハンターを死地ではなく、安全で快適な職場を提供するためのバックアップ組織となるだろう」
エドワードは、まるで道迷える子らに福音を授ける聖者のような顔で言い放った。
部屋を重苦しい沈黙が支配する。カイルもまた考えていた。いつ死ぬとも知れない泥まみれの現場より、安全な働き口が約束される未来。それは一見、抗いがたいほど正しく、救いに満ちたものに思えた。
だが、と――ガッゾに目を向ける。ガッゾは目を伏せ、瞑目していた。豪快に笑い、嵐の中でも怯まなかったはずの巨躯が、今は瞑目し、何かに追い詰められたように強張っている。その姿を見た瞬間、カイルの胸に鋭い痛みが走った。
「——一つ、良いですか?」
カイルは意を決して手を挙げた。エドワードの眼鏡が冷たく光る
「言ってることは、素晴らしいと思います。けど、生き方を変えられない人だっているはずだ。そういう人たちはどうなるんです?」
「——ミラのようにかね?」
エドワードの挑むような視線にカイルは力強くうなずく。
「勿論。彼らには、いままでギルドへ尽くしてくれた功績がある。その援助に関しては、とくに手厚いものを用意するつもりだ」
「具体的には、どう保障するんです!?」
前のめりになるカイルを、エドワードの氷のような一言が射貫いた。
「——別に君の賛同を得られなくとも、私は構わんのだよ。……これはあくまで、プリムローズ君を懸命に診てくれた『君個人』への、私なりの礼なのだがね」
カイルの動揺を、隣で見ていたガッゾが大きく溜息をついて遮った。彼はゆっくりと、岩が動くような重々しさで手を挙げた
「……もういい。承知してやるよ、その『未来への投資』ってやつを」
ガッゾの視線は、エドワードではなく、震えるカイルの手元に向けられていた。
これ以上、この若者に自分たちの「生き方」の責任まで背負わせるわけにはいかない。それが、古株のハンターとしての、最後の意地だった。
「あんの~…」
それまで黙っていたロロが恐る恐る手を挙げる。エドワードは苛立たし気に促した。
「ヒートコアを運び出せっちゅう、話だけんど。汽車を動かすようなデケェもの、俺たちだけで、本当に運べんでしょか?」
ロロの問いに、カイルも、リプレも、救いを求めるような真剣な眼差しでエドワードを見つめ、深く頷いた。ガッゾは深くため息をつき、前途多難な旅路を嘆いた。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいませ。どうか気を付けて」
しかしカイルはそこから動こうとしない。プリムの瞳をじっと見つめ、その光を心に焼き付けようとしていた。たった二、三日会わないうちに、彼女の纏う空気が劇的に変わっていたからだ。以前のような可憐さと、貴族としての凛々しさ。その双方が溶け合った今のプリムは、目が眩むほどに美しい。安らぎと、同時に「二度と会えないのではないか」という予感に似た不安が、カイルの胸を掠める。
プリムもまた、目の前の青年の姿を刻み込んでいた。出会った頃の頼りなさは消え、ミラに振り回されていた危うさも今はもうない。すべてを受け入れるような、静かで深い覚悟がそこにはあった。一人の女として、そしてギルドの受付嬢として。その背中を忘るまいと、彼女は自身に強く命じた。
「いつまで見つめ合ってんのさー!」
リプレに耳を引っ張られ、ずるずると連れて行かれるカイルに微笑みながら、プリムは深く、深く頭を下げた。
「いってらっしゃいませ。ギルドは、貴方たちの帰りを心待ちにしております!」
皆が、その言葉に勇気づけられた。カイルも、ロロも、リプレも、そしてガッゾさえも、大きく手を振り、少女の期待に応えようと胸を張る。その背中が見えなくなるまで、プリムは手を振り続けた。
席に戻り、プリムは一息つく。そして短く息を吐いて気持ちを切り替えた
ベアトリスから突き返された「再提出」の山すら、今の彼女には苦ではない。彼女の前には、今日もプリムを求めて長蛇の列が出来ているのだ。それが誇らしかった。
「ようこそ、ギルドへ。どのような御用でしょうか?」
心からの微笑みを向けると、老人はきょろきょろと辺りを伺って、プリムに手招きした。ポムだ。彼は身を乗り出し、プリムの耳元で掠れた声を漏らした。
「——よう。姉ちゃんとカイルは、良い仲なのか?」
一瞬、虚を突かれたプリムだったが、プリムは笑顔を崩さずにポムの耳へ囁いた。
「——実は、まだなんですよ」
ポムは顔を離し、じっとプリムの表情を値踏みするように見つめた。灰がかったその目が、じっとプリムを見つめる。彼は再び顔を寄せ、今度は震える声で核心を突いた。
「——姉ちゃんにしか頼めねぇ。アイツを…カイル達を助けてやってくれ」
プリムは弾かれたように姿勢を正した。
老ハンターの瞳に宿る、隠しようのない恐怖と真実の重み。晴れやかだったはずのロビーの空気が、一瞬で凍りつくような不穏な胸騒ぎが、プリムの全身を駆け抜けた。




