第79章:ザイロスの目的
広間に漂う空気が一変した。
黒い瘴気のような魔力が床から立ちのぼり、石畳を軋ませる。重苦しい圧力に、セラもミナも息を詰めた。だが、最も強くそれを感じ取っているのは、やはりレイだった。
「来たな、ザイロス」
低くつぶやいた声に、広間の奥から足音が響いた。
暗がりの中から現れた男――漆黒のローブをまとい、金色の瞳を妖しく光らせる存在。かつて幾度となくレイの前に姿を見せ、暗躍してきた魔王軍の幹部。今は、魔王にすら背を向けて己の野望を掲げる男。
「やはりここまで来たか、レイ」
ザイロスの声は嘲笑に満ちていた。
「お前がいなければ、私はすでに世界の半分を掌中に収めていただろうに」
レイは口の端をわずかに歪めた。
「……また“世界”か。お前の口からそれを聞くのは、もう何度目だ」
「何度でも言おう。私の目的は世界の掌握だ。愚かな王たちの下で腐らされる民を救うためにな」
ザイロスの声が広間に響き渡る。
「私はただ力で均衡を正す。王も貴族も関係なく、実力ある者が導けば、この世界はもっと強く、美しくなるのだ」
その言葉に、セラの表情がわずかに揺れた。だがレイは一歩も引かず、冷ややかな視線を突き刺す。
「……お前の言い分は、力のない者を切り捨てるだけだ。俺はそんな世界に興味はない」
ザイロスの口元が吊り上がる。
「興味がない、か。そうやって前世からも、与えられた舞台の中でだけ遊んできたのだろう?」
一瞬、胸に鋭い痛みが走った。
ザイロスの言葉は、レイの心の奥底を突いていた。
前世――平凡な生活の中で、何かを成し遂げたわけではない。気が付けば転生し、この世界では最初から全属性の才能を持っていた。強さも、知識も、環境すらも、他より遥かに恵まれていた。
――俺は、本当に努力してきたのか?
――ただ与えられた力で、勝ち続けているだけじゃないのか?
わずかに拳が震える。
ザイロスはそれを見逃さなかった。
「ほら見ろ。お前も分かっているはずだ。私とお前は似ている。与えられた力を正しく使えるか否か――ただその違いだ」
「……黙れ」
レイの声が低く響く。
セラが不安そうにレイを見た。だがレイは彼女に視線を向けない。
代わりに脳裏に浮かんだのは、故郷で両親が見せた笑顔、ミナやヴァルゼリオと交わした言葉、そして何よりセラが自分の隣に立ち続けてくれた日々だった。
力は与えられたかもしれない。だが、守りたいものは自分で選んできた。
それを否定されてたまるか。
レイは深く息を吐き、魔力を練り上げる。
床一面に紋様が広がり、赤、青、緑、白――様々な光が重なっていく。
「ザイロス、お前の理屈はどうでもいい。ただひとつ言えるのは――」
レイの身体を、全属性の光が包み込む。
炎が燃え、氷が舞い、雷鳴が走り、風が唸る。闇と光が交差し、空間そのものが揺らめいた。
「――俺は、お前を止める」
ザイロスの笑みが消えた。
次の瞬間、決闘の幕が切って落とされた。
最初の激突は轟音となって広間を揺らした。
ザイロスが繰り出したのは、闇の槍。黒い稲妻のように走るそれを、レイは風の障壁で逸らし、炎と雷を重ねた反撃を放つ。
火雷の奔流が広間を覆い、壁を焼き焦がす。しかしザイロスは闇を盾にして受け止め、笑みを浮かべる。
「やはり強い……だが、それでこそ倒し甲斐がある!」
闇と光が衝突するたび、空間が歪む。
セラとミナは圧力に耐えながらも、必死に結界を張って被害を抑えていた。
戦いは拮抗しているように見えたが、実際は違った。
ザイロスの力は確かに凄まじい。だが、レイはまだ本気を出していない。
――ここからだ。
レイは心の中で呟き、さらに魔力を解放した。
新たに生み出した「転移」と「ブラックホール」の融合魔法を発動させる準備を始める。
ザイロスが眉をひそめる。
「……何だ、その魔力の質は。見たことがないぞ」
「当たり前だ。俺が、この世界に存在しなかった魔法を作ったんだからな」
床が震え、空間が裂ける。
闇の中心に吸い込まれるような渦が生まれ、その中で稲妻と風が交錯する。
「ザイロス……お前には、俺が本気で作り出した魔法の実験台になってもらう」
レイの瞳が鋭く光る。
広間は完全に戦場と化し、決闘は中盤へと差しかかっていった。




