第64章:レイの過去
レイは机に広げていた魔法の研究書を閉じ、深い吐息をもらした。
「ふぅ……今日はもう、頭が回らねぇな」
そう呟きながらベッドに横たわる。視線を天井に向けると、知らず知らずのうちに瞼が閉じ、記憶の底へと沈んでいった。
──思い出すのは、まだ小さかった頃のこと。
レイが生まれてから二年ほどしか経っていない頃の話だ。
この世界では、子供は五歳になると魔力の儀式を受け、自分の持つ魔法の属性を知るのが常識だった。人々は大抵、火・水・風・土の四大元素のいずれかに適性を持ち、稀に光や闇、あるいは補助的な空間や精神の系統に触れる者もいた。だが、それは本当に「特別な存在」として語り継がれるほどに珍しい。
「普通は、五歳にならなきゃわからないんだよな」
今思えば、当時の自分は規格外すぎた。
レイは二歳のある日、何気なく手を伸ばしたときに小さな火花を散らした。
火の魔法だった。それを見て家族は驚き、慌てふためいた。
だがそれは始まりに過ぎなかった。
次の日には、水の滴が宙に浮かび、三日後には風が部屋の中を吹き抜けた。
さらに一週間後には床から芽が出て、土の魔法まで発現したのだ。
「……さすがに、あの時の俺は焦ったな」
レイは思い出しながら苦笑する。
普通なら一属性でさえ誇られるのに、次々と別の属性を扱える自分。
しかも、赤子の頃から前世の記憶を持っていたレイには、それがどれほど異常なことか理解できていた。
「いや、これ……全属性使えてるってことか?」
二歳児の頭で、そんな冷静な自己分析をしていた自分に、今のレイは呆れを隠せない。
それからというもの、レイは魔法を「遊び道具」として扱い始めた。
小さな手で火を灯し、風を起こし、水で泥を作っては、土で固める。
まるで砂場遊びの延長線上のように。
だが、そこで終わらないのがレイだった。
「これ、頑張ったら新しい魔法作れるんじゃね?」
子供らしい無邪気さと、前世由来の探究心が混ざり合い、レイは自然と「研究」という領域に足を踏み入れてしまった。
最初に挑んだのは、属性を掛け合わせることだった。
火と風を混ぜれば炎が勢いを増す。水と土を混ぜれば粘土のようになる。
だが、光と闇を無理に合わせようとしたときは、盛大な失敗をした。
──小さな爆発音と共に、髪の先が焦げ、家の壁が黒く煤けたのだ。
「母さんには、めちゃくちゃ怒られたっけな……」
あの時は、二歳児ながらに正座させられた記憶がある。
それでも、失敗は恐怖ではなく「次はもっと上手くやろう」という好奇心を育てた。
やがてレイは錬金術という学問にも手を伸ばした。
偶然、地面の石に魔力を流し込んだら、形が変わり始めたのだ。
それを繰り返すうちに、素材を変質させたり、強化したりできることに気づいた。
「これはこれで使えるな……」
そう呟いた記憶が鮮明に蘇る。最初に作ったのは、子供らしい「固い泥団子」だった。だがそれは、本当に石のように硬く、二歳児の玩具とは思えない代物だった。
さらに、もう一つ大きな発見があった。
「空間に……穴を開けられる?」
偶然、自分のおもちゃを隠そうとして空間の狭間に押し込んだのがきっかけだった。
それが後に「空間倉庫」と呼ばれる魔法の基礎になったのだ。
──全ては遊びの延長線。だが、その遊びは確かに世界の常識を超えていた。
「俺って、最初っからおかしい子供だな……」
レイはベッドの上で小さく笑う。
あの頃の自分は、無限の可能性と無邪気さに溢れていた。
ただ魔法を楽しみ、ただ研究することが面白かった。
だが今は違う。世界の闇を知り、魔法の裏にある危険性も理解してしまった。
それでも、幼き日の自分が抱いた「新しい魔法を作れるんじゃね?」という小さな好奇心だけは、今でも胸の奥で燃え続けている。




