第62章:再び登場ザイロス
緊張に包まれた食堂。
国王も王妃もリリアも息をひそめ、ただただレイの次の動きを見守っていた。
背後に感じる殺気。
レイは反射的に魔力を解き放ち、背後へ向けて雷撃を放った。
――轟音。
眩い閃光が走り、壁を穿ち、床を砕く。
だが、そこに立っていた人影には一片の傷もついていなかった。
黒衣に包まれた男、ザイロス。その瞳には冷たい光が宿り、薄い笑みを浮かべていた。
「……おやおや。いきなりとは手荒い挨拶ですね、レイ=ノヴァリア」
レイは舌打ちをした。
「……くそ、外したか」
その一言に、ザイロスの笑みがさらに深まる。
「誤解のないように言っておきましょう。今日は戦うために来たわけではありません。挨拶に来ただけですよ」
その声音は穏やかだったが、空気に漂う魔力は明らかに尋常ではなかった。
周囲の人間は息苦しさを覚え、リリアなどは肩を震わせていた。
レイは一歩前に出る。
「……挨拶ね。で、今度は何を目的に現れたんだ?」
ザイロスはゆっくりと手を広げ、淡々と告げた。
「――魔王の力など、もう必要ありません」
一瞬、空気が凍りつく。
「これからは、この私自身の力で、あなたを倒します」
その宣言に、セラは反射的に立ち上がり、レイの隣に寄った。
しかしレイは片手で彼女を制し、目を細めて笑った。
「そうか、そうか……」
彼の声音には怒りも恐怖もなかった。ただ、愉快そうな響きだけが混じっていた。
「ならその時は……相手になってやるよ」
両者の視線が交錯する。
ザイロスの目は鋭く、底知れぬ闇を湛えていた。
レイの目は逆に静かで、深淵を覗き込むような無限の奥行きを持っていた。
「……楽しみにしていますよ、レイ」
そう言い残し、ザイロスの身体は闇に溶けるように消え去った。
嵐のような訪問が去り、場に残ったのは重苦しい沈黙だった。
国王も王妃も蒼白な顔をしていたが、レイは深く息を吐き、ただ一言つぶやいた。
「……やっぱり、避けられねえか」
その横でセラが心配そうに見つめる。
「レイ……」
彼は彼女の頭に手を置き、わざと明るく笑った。
「大丈夫だ。約束はした。あいつを驚かせてやるだけさ」
そしてその夜から――レイは己をさらに鍛えることを決めた。
彼はすでに異世界最強の存在として知られている。
だが、それで満足するつもりはなかった。
ザイロスを本気で叩き伏せ、その顔を驚愕に染めるために。
「この世界に存在しない魔法」を生み出す――その決意を胸に刻む。
王城の離れにある訓練場を借り、レイは魔力を練り上げ始めた。
周囲の空気が震え、地面に刻まれた魔法陣が勝手に反応して光を放つ。
セラやリリア、時には王国の魔導士までもが訓練の様子を見に訪れたが、その光景は常軌を逸していた。
火、水、風、土、光、闇――すべての属性を自在に操り、それを重ね合わせ、今まで誰も見たことのない現象を生み出す。
炎と氷が同時に迸り、雷と光が交差して新たな形を描く。
やがてその実験は、既存の魔法体系では説明できない域にまで到達していた。
「……まだだ。これじゃ足りねえ」
レイは額の汗を拭いながらも、手を止めなかった。
セラはその背中を見守りながら、小さく呟いた。
「レイ……どうか、無茶はしないで」
けれど彼女の言葉に、レイは振り返らず、ただ笑みを浮かべて答えた。
「心配すんな。俺は負けねぇよ」
その言葉は力強く、確固たる信念に満ちていた。
――こうして、レイの新たな修行が始まった。
ザイロスとの約束の時に向けて。
そして、この異世界の常識すら超える魔法を完成させるために。




