第61章:セラとリリアの話
レイと別れ、城の回廊を歩いていたセラは、隣に並ぶリリアの横顔をちらりと見た。
煌びやかなシャンデリアの光に照らされた少女は、どこか言葉を探しているように視線を揺らし、やがて勇気を振り絞ったように口を開いた。
「……あの、セラさん。ひとつ、お聞きしてもいいですか?」
声は小さく、それでいて真剣さを帯びていた。
セラは足を止め、微笑を浮かべながら頷く。
「もちろん。なんでも聞いてください」
リリアは胸元で手を組み、瞳を伏せる。
「レイ様には……その……どなたか、お慕いしている方はいらっしゃるのでしょうか?」
やはり、という思いがセラの胸をよぎる。
けれど予想していた質問を受け、返す言葉は容易ではなかった。
しばし沈黙したのち、彼女はゆっくりと答えた。
「残念ながら……いいえ。彼女はいません」
「そう……ですか」
リリアの声はかすかに弾んだ。その瞬間、胸の奥に広がった安堵が隠しきれず、頬に赤みが差す。
だが、セラは続けた。
「けれど……結婚した人はいます」
その一言に、リリアは驚きのあまり足を止めた。
「けっ……結婚、ですか? だ、誰と……?」
その視線を真正面から受け止め、セラは静かに微笑む。
「わたしです。わたしと、レイは夫婦なんです」
リリアの唇が小さく震えた。
信じられないという表情のまま、言葉を失う。
しばらくの沈黙ののち、ようやく絞り出した声は掠れていた。
「……そう、なんですね」
肩を落としたその姿は、どこか儚く、セラの胸に複雑な痛みを残した。
自分は間違ったことをしていない。けれど、少女の瞳に宿った影を見れば、どうしても胸が締めつけられる。
やがてリリアは顔を上げ、震える声で問うた。
「わたし……見ているだけでいいでしょうか? せめて、遠くからでも……」
セラは少しだけ目を伏せ、それから柔らかく答えた。
「……ええ。大丈夫です」
それ以上は言わなかった。言えば言うほど、リリアの想いを縛ってしまう気がしたからだ。
それでも、許すというより受け入れるように頷くセラの姿に、リリアは小さく安堵の笑みを浮かべた。
こうして二人の会話は終わり、再び廊下を歩き始める。
そして広間に戻れば、そこには城下町を探索し終えたレイの姿があった。
「おかえり、セラ」
彼はどこか楽しそうに微笑む。
「街を歩いてきたが……いや、本当にいい所だった。露店で果物を食べたんだが、実に旨かったぞ」
その素直な喜びように、セラもまたほっとしたように微笑んだ。
リリアは一歩引いた位置に立ちながらも、二人を見つめ続けていた。
そして夕刻。
国王からの招待を受け、レイとセラは豪奢な食堂に足を踏み入れた。
長いテーブルの上には、豪華な料理がずらりと並べられている。焼き上げられた肉、香草をまぶした魚、色とりどりの果実を使った菓子。香りだけで食欲が刺激されるほどだった。
席につくと、王妃やリリアも揃い、和やかな雰囲気の中で食事が始まった。
レイはさすがに緊張しながらも、出された料理に舌鼓を打つ。セラもまた、王国の味を楽しむように小さく笑みを浮かべていた。
その最中だった。
国王が杯を置き、ふと何気ない調子で言った。
「……レイよ。我が娘を娶ってはくれぬか?」
その瞬間、レイの口に含んでいた水が勢いよく吹き出し、向かいの皿に飛び散った。
「ぶっ……!? げほっ、げほっ!」
セラは思わず立ち上がり、布巾で彼の口元を拭く。
リリアは一瞬で真っ赤になり、王妃は慌てて夫の袖を引いた。
「あなた、急に何を……!」
「ふむ、良い考えだと思ったのだがな」
王は悪びれもせず顎髭を撫でる。
レイは咳き込みながら立ち上がり、必死に言葉を探した。
「こ、国王陛下!? いや、あの……私には、すでに――」
言いかけたその時だった。
空気が一変した。
冷たい風が食堂を駆け抜け、燭台の炎が一斉に揺れる。
レイの背筋に悪寒が走った。
「……来たか」
鋭い眼差しで扉の方を睨みつける。
「さすがに、動き出したか。ザイロス」
その名を告げた瞬間、空気はさらに重くなり、食堂の全員が息を呑んだ。




