第58章:王の礼
国王は、ベッドの上に体を起こしながらもまだ疲労の色が濃かった。だが、毒に侵されていたときの苦痛に歪んだ顔はもうなく、安堵したような微笑みがその表情に浮かんでいる。
「若き魔導師よ……そなたには、なんと礼を言えばよいのか……」
国王の声は掠れてはいたが、はっきりとした力強さがあった。
レイは肩をすくめて答える。
「礼なんていらないさ。ただ、できることをしただけだ」
「だが、それでは我が王国の威信に関わる。そなたがいなければ、私はこの場に立つこともできなかったのだ。どうか、ささやかではあるが受け取ってほしい」
そう言って、侍従が差し出してきたのは、重厚な木箱に収められた宝石の数々だった。煌びやかな光が部屋に広がり、見ているだけで莫大な価値があることが分かる。
レイは顔をしかめた。
「いや、俺は報酬を求めてここに来たわけじゃない。困ってる人を助けるのは当然だろ。受け取る必要はない」
だが国王は首を横に振る。
「ならばなおさらだ。心からの行いにこそ、相応の報酬を用意せねばならぬ。それが王としての務めでもあるのだ」
レイが再び断ろうと口を開くより早く、隣で控えていたセラがそっとレイの腕を引いた。
「レイ……。ここは受け取っておいたほうがいいと思う。無理に断ったら、逆に国王様を困らせてしまうわ」
その笑顔を見て、レイは観念したように息を吐いた。
「……わかった。ありがたく受け取っておく」
国王は満足そうにうなずいた。
その場にいた王妃も優雅に歩み寄り、静かに名乗った。
「私は、この王国の王妃、エレナと申します。あなたのような若者がいてくださることを、心より誇りに思います」
そして、国王の隣にいた少女が一歩前に出る。長い金の髪に、深い青の瞳。その立ち居振る舞いは堂々としていたが、どこか幼さの残る顔立ちに、まだ十代であることが伺えた。
「私は、この国の第一王女、リリアです」
彼女は少し頬を赤らめながら、しかしはっきりとレイに視線を向けてきた。
レイは軽く頭を下げる。
「俺はレイ。こっちはセラ。冒険者として旅をしている」
「……レイ様」
リリアは小さく呟き、その視線を逸らさなかった。
セラは一瞬、王女の態度に気づいたように微かに眉を動かしたが、すぐに何事もなかったかのように笑みを浮かべていた。
その後、レイは改めて王国に来た要件を話した。
「俺たちは冒険者ギルドからの依頼で来た。国王陛下が毒を盛られた件、その調査と護衛をするつもりだ」
国王は真剣な眼差しでうなずいた。
「……そうか。ありがたい。どうやら私が毒を盛られたのは、夜のことだったらしい。眠っている間に忍び込まれ、毒針を打たれたと……」
レイは眉をひそめる。
「王の寝室に忍び込むなんて、普通じゃ考えられない。内部の者の仕業か……あるいは暗殺者か」
その言葉に、王妃と王女の顔が曇った。だが国王は静かに頷いた。
「真相はまだ闇の中だ。だが、再び命を狙われる可能性は高い。だからこそ、そなたたちの力を借りたい」
「了解した」レイは即答した。
「今夜は俺とセラで警備をする」
セラも力強くうなずく。
「ええ、必ず陛下を守ります」
その日の夜、レイとセラは交代で国王の寝室の警備にあたることになった。王宮の中庭は月明かりに照らされ、静けさの中にどこか張り詰めた空気が漂っていた。
レイは廊下の窓から夜空を見上げながら、心の奥でひとつの違和感を拭えずにいた。
──さっきから、誰かに見られている。
ちらりと視線を横にやると、少し離れた場所で王女リリアが立っていた。彼女の瞳は、明らかにレイを追っている。
(……気のせい、じゃないな)
だが、レイはそれ以上気にしないようにした。セラの前で余計な波風を立てるのは避けたい。それに、今は国王を守ることが最優先だ。
それでも──王女の視線は、夜が更けてもなお、レイから離れることはなかった。




