第55章:ただいまエルフの森
実家での三日間を満喫したレイとセラは、次の目的地に向けて出発することにした。両親には「学園の寮に戻る」とだけ伝えてある。長い旅をしていることは秘密にしたままにした。これ以上心配をかける必要はないとレイは考えていたからだ。
そして次の目的地は――セラの故郷、エルフの森だった。
深い森に入ると、木々が静かにざわめき、結界の中に一歩足を踏み入れた瞬間、温かい空気が二人を包み込んだ。澄んだ風が頬を撫で、鳥のさえずりが耳をくすぐる。木の枝に組み上げられた家々が見えたとき、セラの表情がふっと和らいだ。
「帰ってきました……」
小さく呟く彼女の声には懐かしさと誇らしさが混ざっていた。
その瞬間、村人たちが一斉に駆け寄ってきた。
「セラ様! お帰りなさいませ!」
「まあ、レイ様もご一緒に! 本当にようこそ!」
老若男女が次々に声をかけ、手に手に籠を抱えていた。中には真っ赤に熟れた果実や、香ばしく焼き上げられたパン、鮮やかな花束などがぎっしり詰め込まれている。差し出された品々にレイは両手がふさがり、思わず苦笑した。
「ちょっと、こんなに……」
「ふふっ、エルフの村では当然のことなんです。レイは私の夫ですから」
セラは誇らしげに笑い、胸を張る。その仕草にレイは頬をかきながら、ただ「ありがとう」と返すしかなかった。
やがて長老の館へと案内される。
広間の奥に座していたのは、銀髪を後ろで束ねた長老だった。深い皺に刻まれた笑みが、彼の人柄を物語っている。
「おお、セラ。よくぞ戻った。そして……」
視線がレイへと向けられる。
「そなたが、我らが娘の選んだ伴侶か」
レイは少し緊張しながらも深く頭を下げた。
「レイ・ノヴァリアと申します。しばしの間、お世話になります」
長老は目を細め、ゆっくりと頷いた。
「三日間、ここでゆっくりしていかれるがよい。娘の夫が安らげるのならば、それが我らにとっての誇りじゃ」
その言葉には確かな温もりがあった。レイは胸の奥がじんと熱くなり、心から礼を述べた。
◇
エルフの村での生活は穏やかで、どこか時間がゆっくりと流れているように感じられた。
昼間はセラと連れ立って村の中を散歩する。道を歩けば、子どもたちが「セラ姉さま!」と駆け寄り、嬉しそうに抱きついてくる。その光景に、レイも自然と微笑んだ。
「セラって、やっぱり人気者なんだな」
「えっ……そ、そんなことないですよ。ただ……小さいころからずっと、みんなと一緒に過ごしてきただけです」
少し恥ずかしそうに答えるセラの横顔が夕陽に照らされ、レイの心を掴んで離さなかった。
散歩の途中、村人からは次々と差し入れが渡される。甘い果実酒や、珍しい木の実、香草で作られた薬湯。中には「ご夫婦でどうぞ」と茶目っ気たっぷりに渡されるものもあり、セラは耳まで赤く染めながら受け取っていた。
「……なんだか、レイの方が村に馴染んでませんか?」
「いや、完全にセラのおかげだよ。君の夫だから親切にしてもらえてるんだ」
「それでも……私は嬉しいです」
その一言に、レイは思わず立ち止まり、彼女を見つめた。セラは恥ずかしそうに俯いていたが、確かに頬には柔らかな笑みが浮かんでいた。
◇
夕方、二人は与えられた部屋に戻った。窓から差し込む夕暮れの光が、木造りの室内を黄金色に染めている。
ふと、扉がノックされた。
「……入ってもいいですか?」
セラの声だった。
レイが返事をすると、そっと扉が開き、セラが中に入ってくる。彼女は少し緊張した面持ちで、しかし真っ直ぐにレイを見つめていた。
「今夜は……一緒に過ごしてもいいですか?」
その言葉に、レイの胸が高鳴った。長い旅の中で共に過ごしてきたが、こうして改めて伝えられると、胸の奥がじんと温かくなる。
「ああ……もちろんだ」
短い返事だったが、そこに込めた想いは大きい。セラは安堵の表情を浮かべ、レイの隣に腰を下ろした。二人はしばらく言葉もなく、外に広がる星空を眺めていた。
◇
二日目。
レイは村の子どもたちに魔法の基本を教えていた。炎を灯す程度の初歩的なものだったが、子どもたちは目を輝かせて喜んでいた。セラはその横で、懐かしい仲間たちと談笑している。
長老もやって来て、静かに頷いた。
「……やはり、ただの旅人ではないな。そなたの力があれば、この森も安泰だろう」
レイは少し戸惑いながらも微笑んだ。
「俺はただ、セラと一緒に歩んでいるだけです」
◇
三日目の夜。
レイとセラは森の中央にある大樹の下に座っていた。村人たちが集い、宴のような雰囲気が広がっている。歌声と笛の音が響き渡り、笑顔があふれていた。
その輪の中で、セラは楽しそうに踊り、レイはそれを見守っていた。やがて彼女が戻ってきて、少し息を弾ませながら囁く。
「レイも一緒に踊りませんか?」
「俺は不器用だからな……」
「そんなことありません。隣にいてくれるだけで十分です」
差し出された手を握り、レイは立ち上がった。夜風に吹かれながら、二人は輪の中で共に踊る。ぎこちなくても、互いに笑い合い、その時間は何よりも愛おしいものとなった。
◇
そして三日後――。
村を後にする日が来た。長老と村人たちが見送る中、レイとセラは並んで歩き出す。
「次はドワーフ王国ですね」
「ああ。休むだけじゃなく、冒険者として上を目指さないとな」
それでも、エルフの村で過ごした三日間の穏やかさは、二人にとってかけがえのない宝物となった。
こうして二人は、新たな地へと歩みを進めるのだった。




