第52章:レイの脱出作戦
ノヴァリア学園に平和が戻ってから、しばらくの日々が過ぎた。
ザイロスの影は確かに残っているものの、目に見える動きはない。
だからこそ、束の間の安堵を得られる時間が訪れていた。
レイ=ノヴァリアは、そんな学園生活の一角で、一人悩んでいた。
「……そういえば、俺……セラと結婚してから、まともに何もしてねぇな。」
彼女にプロポーズをした時のことは鮮明に覚えている。勇気を振り絞り、指輪を渡した。
セラは泣き笑いのような顔でそれを受け取り、幸せそうに抱きついてきた。
あの瞬間は、これまでの人生の中でも指折りに数えられる幸福だった。
――だが、それから。
魔王との戦い、ザイロスの策謀、学園に戻ってからも次々と事件が舞い込んだ。
気づけば、指輪以外に何も渡せていない。
本当なら、花束でも、記念の小物でも、セラが喜ぶものを一つは用意すべきだった。
「旅が続きすぎたってのもあるけど……これは夫として、ダメだよな。」
胸の奥にわずかな罪悪感が芽生える。
セラは何も言わない。むしろ、いつも通り優しく微笑み、隣に寄り添ってくれる。
だが、その沈黙がかえってレイを追い詰めた。
(……よし。プレゼントを買いに行くか。だが、問題は――)
最近のセラは、とにかく距離が近い。
授業の時も、食堂での食事の時も、そして放課後も。
まるで「一人にしたら危ない」とでも思っているかのように、常にレイの隣にいる。
もちろん、それは愛情の裏返しなのだろう。
けれど、それでは一人で出かける余地がない。
「……セラに見つかったら終わりだ。いや、それどころかミナに見つかってもアウトだな。」
ミナは妙に勘が鋭い。レイが少しでも怪しい動きをすれば、すぐに問い詰めてくる。
「レイ、何か隠してない?」とでも言いながら、詮索してくるに違いない。
学園のみんなは二人が結婚していることを知らない。
それだけに、セラやミナにバレれば「なぜ一人で出かける必要があるのか」と問い詰められる。
結果、サプライズが台無しになるのは目に見えていた。
「くそっ、どうする……」
レイは部屋の机に頬杖をつきながら唸った。
だが、ふと視線を横にやったとき、棚の上に置かれた一体の人形が目に入る。
小柄な、布製の人形。
しかし、ただの人形ではない。
レイが旅の合間にコツコツと開発してきた、自作の魔導具――【変身人形】。
魔力を込めることで、その人間の姿を映し、動きを模倣する。
簡単な会話や仕草も再現できるよう、細かく魔法式を組み込んである。
「……ついに、この人形の出番ってわけか。」
にやりと笑うレイ。
セラやミナがそばにいても、人形を自分の姿に変え、ベッドに座らせておけば、少なくとも違和感は生まれない。
自分はこっそりと抜け出し、街へと向かう。
「……これでようやく、セラにプレゼントを渡せるな。」
その夜。
セラとミナが用事で部屋を出ている隙に、レイは人形を取り出した。
魔力を込めると、布地が淡く光を放ち、じわじわと人間の輪郭を形成していく。
「おお……!」
数秒後には、そこにもう一人のレイが座っていた。
表情はやや無表情気味だが、ぱっと見では本人と見分けがつかない。
「うーん……ちょっと硬いな。笑え。……いや、笑いすぎるな。自然に。」
人形はぎこちなく口角を上げる。
レイは思わず吹き出しそうになった。
「まあ……セラとミナが入ってきても、すぐには気づかれないだろ。」
そうして準備を整えたレイは、窓から外へと抜け出した。
久しぶりに一人きりで歩く学園の中庭。夜風が心地よい。
「よし……街へ行くか。」
一方その頃。
「……あれ、レイは?」
セラが首を傾げながら部屋に戻ってきた。
そこには、ベッドに腰掛けているレイの姿があった。
「……ああ、なんでもない。ただ、ちょっと考え事してただけだ。」
人形が、事前に込められたレイの声でそう呟いた。
「……そう?」
セラは不思議そうにしながらも、そのまま微笑んで隣に座る。
ミナも入ってきて、机に腰掛けながら様子をうかがった。
「……何か変じゃないですか? 今日のレイ。」
「え? そう?」
セラは笑っているが、ミナの勘はやはり鋭かった。
人形の仕草のぎこちなさに、わずかな違和感を感じ取っている。
「まさか……」
ミナが目を細めた瞬間――。
街に出たレイは、にやりと笑っていた。
「ふふん……人形のおかげで完璧にごまかせたな。」
そう信じていた。
だがその背後から――。
「……レイ?」
低い声が響き、背筋に冷たい汗が流れた。
振り返れば、そこにはやはりミナが立っていた。
腕を組み、じっと睨むような目で。
「……どこへ行くおつもりですか?」
レイは固まった。
――果たして、このサプライズ作戦は無事成功するのだろうか。




