第49章:街への帰還
魔王城を抜け、街へと続く道を進むレイたち。夕暮れの陽が差し込み、長い影が地面に落ちている。戦いの緊張感はようやく解けたものの、一行の背後には、まだ崩れきらず燻ぶる魔王城の残骸が見えていた。
その瓦礫の中に、一人の男が立ち尽くしていた。
――ザイロス。
肩で荒く息をしながら、彼は己の爪が掌に食い込むほど拳を握りしめていた。口の端から血が滴り落ちるが、気にも留めない。
「レイ……許さん。俺の計画を……俺の野望を……すべて踏みにじったな……!」
怒りと屈辱、そして異様な執念がその瞳に宿る。
ギリ、と奥歯を噛みしめる音が瓦礫に響いた。
「必ずだ。必ず貴様を討ち滅ぼす……! 命を懸けてでも……!」
彼の誓いは怨念となり、黒い瘴気のように周囲の空気を歪めていた。
一方その頃、街へと帰還するレイたちの表情も複雑だった。
「まさか……魔王が仲間になるなんて……」
ミナがぽつりと漏らす。横でセラも頷いた。
「普通なら信じられないことだわ。だけど……レイが決めたなら、私たちも信じるしかない」
後ろを歩く小さな影――幼い姿となった魔王は、腕を組みながら退屈そうに歩いている。
「おい、街に着いたら大人しくしてろよ」
レイが釘を刺すと、魔王はふんと鼻を鳴らした。
「分かっておる。約束は守る。我はお前の“仲間”となったのだからな。ただ……人間の街とやら、どれほど退屈かは知らんが」
子供のような声色で偉そうに言うその姿に、ミナは苦笑する。
「ほんと、態度だけは変わらないのね……」
街の門が見えたとき、一行は小さく安堵の息を吐いた。久しぶりに見る賑やかな人々の声、商人たちの呼び込み、鍛冶屋から響く金属音。日常の音が、ようやく彼らを現実に引き戻す。
だが、背後に魔王がいることを考えれば気を緩めるわけにはいかない。
レイはちらりと振り返り、改めて念を押した。
「何度も言うけど……街じゃ絶対に暴れるな。正体がばれたら大事になる」
魔王は小さく笑った。
「分かっておる。子供の姿ゆえ、誰も気づきはせん。むしろ、この姿……人間どもを欺くには都合が良いわ」
その言い方にセラは眉をひそめるが、レイは首を横に振った。
「大丈夫だ。……少なくとも、今はな」
街に戻ると、真っ先に学院へ向かう。重厚な扉を叩き、案内された執務室に学院長がいた。
年老いた学院長は、レイたちの姿を見るなり安堵したが――その後ろに立つ小さな存在に目を止め、表情を凍らせた。
「……そ、それは……」
「魔王です」
レイは端的に答えた。
学院長は椅子から立ち上がり、机を叩いた。
「な、なんと……! 魔王を連れてきただと!? 正気かね、レイ!」
「大丈夫です。こいつは俺たちの仲間になりました」
「仲間……だと?」
学院長の目は疑念に満ちていた。常識的に考えれば当然だ。
しかし、レイの眼差しは揺らがなかった。
「約束しました。世界を壊さない限り、俺が責任を持つと」
魔王は得意げに顎を上げた。
「ふむ。我は人間を滅ぼす気など、今はない。むしろ、この世界を見てやろうと思ってな」
学院長は額に手を当て、深くため息をついた。
「……君は時折、常識を飛び越えるな。だが……信用しよう」
そして条件を告げた。
「魔王であることを隠し、人間として生活すること。……そして、学園に通え」
「学園に……?」
魔王は目を丸くする。
「そうだ。人間の生活を知り、人と共に学ぶことだ。それができねば、この街で暮らすことは許されん」
一瞬、不満げな顔をしたが――やがて楽しげに口角を上げた。
「面白い。ならば人間の学び舎とやらで遊んでやろう」
学院長は小さく首を振り、呟いた。
「……神よ、どうかこの街に災いが降りかかりませんように」
その夜、街の宿に戻った一行はようやく一息ついた。
レイは窓辺に座り、外の星空を眺めている。セラが隣に腰掛け、声をかけた。
「本当に……魔王を仲間にしてよかったの?」
「……わからない。でも、今のあいつは敵じゃない。それで十分だ」
セラはしばらく黙っていたが、やがて微笑んだ。
「……あなたがそう言うなら、私は信じるわ」
その頃、瓦礫の中のザイロスは別の場所へと移動していた。
暗い洞窟の奥、巨大な魔法陣の前に立ち、低く笑う。
「魔王がレイの仲間になっただと……? くだらん。所詮は器を失った存在……力を取り戻すのも時間の問題よ」
その手には、黒い結晶が握られていた。魔王の欠片ともいえる禁忌の魔石。
ザイロスの背後で、無数の影が蠢く。
「待っていろ、レイ。次は……貴様を絶望の底へ叩き落とす番だ」
洞窟の奥で響くその笑い声は、やがて不気味な残響となって広がっていった。
こうして、魔王を仲間に加えたレイたちは街に戻り、束の間の平穏を迎えた。
だが、その影では確実にザイロスの暗躍が始まっていたのだった――。




