第45章:ミナVSガルドゥス
広間に響き渡る轟音は、戦場そのものを揺るがしていた。
黒鉄の巨拳が振るわれるたびに床石が砕け、粉塵が舞い、衝撃波が四方に広がる。
「くっ……!」
ミナは必死に短剣を交差させ、襲い掛かる拳を受け止める。だがその度に身体は軽々と吹き飛ばされ、背中から石壁に叩きつけられた。
肺から空気が押し出され、視界が白く染まる。
骨が軋み、指が震え、握った刃が滑り落ちそうになる。
「どうした、小娘。もう立ち上がれんのか?」
ガルドゥスの低い嘲笑が広間に響く。
その声は、獣の咆哮にも似た威圧感を持っていた。
ミナは必死に唇を噛みしめ、崩れ落ちる膝に力を込める。
「……まだ……」
だが返事をするより早く、再び巨拳が振り下ろされる。
「がはっ!」
鈍い音と共に腹を抉られ、体内がかき回されるような痛みに襲われる。
続けざまに頬へ叩き込まれる拳。視界が揺れ、頭が割れるように痛んだ。
「……っ……」
地面に転がったまま、ミナは血を吐き出す。
己の小ささ、力のなさを嫌というほど思い知らされていた。
(強すぎる……このままじゃ……)
だが、その心の片隅に――ほんのわずかに、光が残っていた。
ガルドゥスがゆっくりと歩み寄ってくる。
その巨体は影となって覆いかぶさり、逃げ場を奪っていく。
「終わりだ」
拳が振り下ろされる――その瞬間。
ミナは無意識に足を滑らせ、わずかな隙を突いて身を翻した。
「――ここだッ!」
短剣が光を帯び、渾身の力で突き上げられる。
鋭い刃が鎧の隙間を捉え、黒い血飛沫が舞った。
「ぐっ……!」
ガルドゥスの膝が沈み、巨体が揺らぐ。
(やった……!?)
だがその期待は、一瞬で打ち砕かれる。
「ほう……今のは効いたぞ」
ガルドゥスは傷を押さえながらも、不敵な笑みを浮かべた。
その眼光には痛みではなく、むしろ歓喜の炎が宿っている。
「面白い……もっと見せろ。その必死の足掻きを!」
再び振り下ろされる拳。
床石が割れ、衝撃で広間全体が揺れる。
「……っ……!」
ミナは咄嗟に身をひねり避けるも、かすった衝撃だけで身体が吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ、背中が焼けるように痛んだ。
腕は痺れ、脚は震え、息は荒く、視界は霞む。
「もう……立てない……」
その言葉が口から漏れそうになった時――。
――「頼んだぞ、ミナ」
脳裏に蘇る声。
あの時、レイが真剣な眼差しで告げてくれた言葉。
(そうだ……私は……任されたんだ)
(レイは……私を信じてくれたんだ……!)
胸の奥に消えかけていた炎が再び燃え上がる。
痛む身体に無理やり力を込め、膝を突き、立ち上がった。
「……まだ、終わってない……!」
血と汗にまみれた顔で、ミナは叫んだ。
その瞳に宿る決意に、ガルドゥスの瞳がわずかに見開かれる。
「立ち上がるか……。いいだろう」
口角を吊り上げ、狂気を帯びた笑みを浮かべる。
「その気力、粉々に砕いてやる!」
拳が再び振り下ろされる。
だが先ほどのミナではない。
彼女は全神経を集中させ、相手の動きを読み取る。
肩の角度、足の踏み込み、呼吸のリズム。
全てを見切り、寸前で身を滑らせた。
「――今だぁぁぁああッ!」
短剣が光を放ち、渾身の突きがガルドゥスの胸を穿つ。
黒い血飛沫が散り、巨体が後退した。
「……ほう、小娘。ようやく一撃らしい一撃を見せたな」
ガルドゥスの瞳に宿ったのは怒りではなく、むしろ歓喜だった。
「面白い……もっとだ! もっと俺を楽しませろ!」
広間に咆哮が轟き、瓦礫が揺れ落ちる。
だがミナは一歩も退かない。
(負けない……絶対に……負けない!)
その心には、レイの背中があった。
あの大きな存在を守るために、自分はここで立ち続けなければならない。
――戦いは、まだ終わらない。
ミナは全身を震わせながらも刃を構え、再び走り出した。
限界を超えたその身体を引きずるようにして――。




