第38章:竜との一騎打ち
「セラ、ミナ……ここからは俺一人でやる」
レイは振り返り、二人に静かに告げた。
「え……でも!」
「危険だよ、レイ!」
二人の声に、レイは首を振った。
「剣を試すには、これ以上ない相手だ。だから、俺の戦いを見ててくれ。──絶対に手は出すな」
セラとミナは不安そうに目を見交わしたが、その瞳に宿る決意を感じ取り、やがて頷いた。
次の瞬間、洞窟の奥から放たれる圧倒的な威圧感。
ドラゴンが大地を揺らしながら身を起こした。
黒曜石のような鱗が光を弾き、黄金の瞳がぎらつく。
『来るがよい、小さき者よ!』
咆哮が大気を裂き、衝撃波で森の木々が根こそぎ吹き飛ぶ。
だが──レイは一歩も退かなかった。
◇
ドラゴンの最初の一撃は、尾を振るう一撃だった。
大地を薙ぎ払い、衝撃波が押し寄せる。
しかしレイはわずかに剣を傾け、空間に魔力を滑らせることで軌道を逸らした。
「……見える」
ドラゴンの巨体が次々と攻撃を仕掛ける。
爪が地を抉り、牙が閃き、炎が吐き出される。
普通なら瞬く間に灰となる猛攻。
だがレイには、すべてが「遅く」見えた。
剣を軽やかに振るい、炎を裂く。
足運びひとつで巨爪をかわし、逆にその隙間へ斬撃を叩き込む。
──刹那、閃光。
魔力を込めた剣が、黒曜石の鱗を裂いた。
鮮血が舞い、竜の体が後方へと弾かれる。
「……っ!」
セラが思わず息を呑み、ミナは拳を握り締める。
二人の目に映ったのは、ただ「竜を圧倒する一人の剣士」の姿だった。
◇
『……ほう……人の身で、ここまで……!』
ドラゴンは呻き、再び口を開いた。
灼熱のブレスが放たれ、森の一角が一瞬で火の海と化す。
しかし、その中心に立つレイの姿は揺るがない。
「──終わりだ」
剣を大きく振りかぶり、全身の魔力を刃に流し込む。
剣は光を放ち、巨大な魔力の奔流となった。
次の瞬間、斬撃が閃き、竜の胸を直撃する。
轟音と共に大地が裂け、ドラゴンの巨体が倒れ伏す。
──静寂。
セラとミナは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす。
そしてレイ自身も、息を整えながら呟いた。
「……やりすぎたな」
ドラゴンはしばらく動かなかった。
その姿にレイが近づこうとした瞬間、巨体が震え──ゆっくりと黄金の瞳が再び開かれた。
『……なるほど……これほどの力……もはや疑う余地はない……』
低く重い声が響く。
ドラゴンは巨体を起こし、レイに向かって頭を垂れた。
『汝を認めよう。……奥へ進むがいい。その石は、汝が破壊すべきものだ』
◇
洞窟の奥に鎮座していた「闇魔法石」。
禍々しい黒の光を放ち、空間を歪めていた。
レイは剣を構え、魔力を込める。
一閃。
石は粉々に砕け、黒い瘴気が霧散する。
「……これで終わりだな」
洞窟を後にする際、レイはドラゴンに振り返って頭を下げた。
「ありがとう。協力してくれて」
黄金の瞳が、どこか温かみを帯びて輝いた。
『……再び会うことがあれば、その時は友として語り合おう』
◇
街へ戻った三人は、冒険者協会へ向かった。
ギルドマスターに報告すると、その目が大きく見開かれる。
「まさか……本当にやり遂げたのか!?」
詳細を伝えると、ギルドマスターは大きく頷き、破顔した。
「よくやってくれた! これで森の被害は収まるだろう。──本当に感謝する!」
分厚い袋を手渡される。中には金貨と、特別報酬の希少な魔導鉱石。
セラとミナは嬉しそうに顔を見合わせた。
レイは小さく息をつき、心の中で呟く。
(……本当に、ドラゴンと剣を交えることになるなんてな)
こうして一行はまた一歩、魔王への道を進むこととなった。




