第34章:黒獣の森 ―素材を求めて―
黒獣の森に一歩足を踏み入れると、外の空気とはまるで別物だった。湿った土の匂いに混じって、どこか鉄のような血の匂いが漂う。木々は鬱蒼と生い茂り、頭上から差し込む光もわずか。昼間のはずなのに、薄暗さが不気味さを際立たせていた。
「……やっぱり、普通の森じゃないね」
セラが杖を握りしめ、周囲を警戒する。
レイは目を閉じて空気を感じ取った。
微かに漂う魔力の波動。確かにそこには“闇”の性質が混じっている。だが、それはザイロスの纏っていたような濃密で圧倒的な闇ではなかった。
「弱い……けど、間違いなく闇の影響だな。ザイロスのものじゃない。もっと浅い、自然に近い闇の残滓だ」
「ってことは、誰かが意図的に広めたんじゃなくて……魔物や獣に染みついた感じ?」
ミナが眉をひそめる。
「その可能性が高い。油断はできない」
レイは剣に手をかけ、先頭を進む。
◇
森を進むことしばし。鬱蒼とした木々の間を抜けると、岩場の裂け目に光る鉱石が見えた。
「あれ……!」
セラが声を上げる。
暗がりでも淡く青白く輝いている石――間違いなく目的の素材、魔鋼石だった。
「……見つけたか」
レイが小さく頷く。
だが、その手前。大木の根元で眠る巨大な獣がいた。全身を黒い毛で覆われ、体長は三メートルを超える。肩でゆっくりと息をつきながら、牙を覗かせて眠っていた。
「こ、これ……」
ミナが思わず声を震わせる。
「絶対にBランク相当でしょ……」
「下手に戦えば危険だな」
レイは低く囁く。
「静かに……素材だけ取ってすぐに引き上げる」
三人は息を潜め、音を立てぬよう慎重に足を運ぶ。
セラが杖を抱えながら、そっと鉱石に手を伸ばした、その瞬間――
カランッ、と小石が足元から転がった。
刹那、獣の瞼が開く。真っ赤に濁った瞳がぎらりと光った。
「ッ……!」
猛獣は咆哮を上げ、一直線にセラへ突進してきた。
「セラ、危ないッ!」
レイは即座に詠唱を走らせる。
――《氷壁》!
目の前に氷の壁が展開され、猛獣の突進を受け止めた。轟音とともに氷壁が砕けるが、その隙にレイはセラを抱き寄せ、後方へ飛び退く。
「だ、大丈夫……?」
セラは胸を押さえ、必死に頷いた。
その間にミナが魔鋼石を素早く採取する。
「取ったよ! もう退こう!」
「よし――行くぞ!」
レイは剣を抜き、獣の注意を自分に引きつけながら後退。セラとミナも足を合わせ、三人はそのまま走り出した。森を切り裂くような獣の咆哮が背後に響く。だが、やがて追撃の気配は途切れ、木々の影に消えていった。
◇
数十分後。
森の出口に差し掛かると、三人は思わず大きく息を吐いた。
「ふぅ……出られた……」
ミナがへたり込みそうになりながら笑う。
「危なかったけど、無事でよかったわ」
セラも安堵の笑みを浮かべる。
レイは額の汗を拭い、手のひらに収められた魔鋼石を見下ろした。
「これで……グラムさんに渡せるな」
三人は互いに顔を見合わせ、頷き合う。
こうして彼らは素材を手に入れ、無事に黒獣の森を後にした。
そしてその足でドワーフの街へと帰還するのだった。




