第30章:許しと突然の宣告
翌朝、森に差し込む朝日を浴びながら、レイは静かに準備を進めていた。
手には幾何学的な魔法陣が刻まれた紙片。昨日の戦いで確信した闇魔法の存在を追うため、彼は森全体を覆うように結界式の魔法陣を設置していた。
その効果はただ一つ――「闇魔法の感知」。
この結界により、森の中で少しでも闇の気配が生じれば即座に反応する仕組みだ。
「……これで見逃すことはない」
レイは息を整え、静かに立ち上がる。
すると背後から小さな足音が近づいてきた。
振り返ると、そこにはセラが不安そうな顔で立っていた。
「……レイ、ここで何をしているの?」
「少し、森を見てるだけだよ」
レイは努めて柔らかく笑みを浮かべる。だがセラの瞳は鋭く、彼の言葉の裏にある真意を探ろうとしているようだった。
「嘘……じゃない?」
「嘘じゃない。ただ、セラに心配かけることはしたくないんだ」
レイはそっと彼女の肩に手を置き、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。だから、宿で休んでてくれ」
セラはしばらく黙ったままレイを見つめていたが、やがて小さく頷き、踵を返して去っていった。
――そして夜。
魔法陣が淡く光り、低い音を立てて反応した。
「来たな……」
レイはすぐさま駆け出し、反応のあった方向へ向かった。
月明かりの下、森の中で待ち受けていたのは黒いローブに身を包んだ男――ザイロスの手下だった。
その身から放たれる闇の魔力は、先日の獣と同じ不気味な靄を纏っている。
「やはり……お前たちか」
レイは冷ややかな声で言い放ち、手早く結界を展開した。
今回は逃げられないよう、三重に張り巡らせた強固な封鎖だ。
手下は一瞬たじろいだが、すぐに口元を歪め、不敵に笑った。
「逃がさぬつもりか……だが、それも無駄だ」
彼が懐から取り出したのは、不気味な光を放つ小さな装飾品――アーティファクト。
古代から伝わる禁忌の道具であり、結界を無効化する特別な力を秘めていた。
手下は勝ち誇ったようにアーティファクトを掲げた。
「これでお前の結界など無意味――!」
瞬間、結界の一枚が砕け散った。
だが、レイは眉一つ動かさない。
「……本当にそう思うか?」
彼が指先を動かすと、残された結界がさらに輝きを増した。
実はレイは、あらかじめ二重の結界を仕掛けていたのだ。
アーティファクトの効果は一度きり。今や、手下にはもう逃げ道はない。
恐怖に顔を引き攣らせる手下に、レイは一歩踏み出した。
「さあ、話してもらうぞ。お前たちの狙いはなんだ……ザイロスはどこにいる」
しかしその瞬間――空気が凍り付いた。
背筋を刺すような冷たい魔力。空間そのものが圧し潰されるような圧力。
黒い霧が手下の背後に現れ、そこから伸びた闇の腕が一瞬で彼の体を貫いた。
「……っ!?」
血の代わりに黒い靄を吐きながら、手下はその場に崩れ落ちた。
彼の耳に、どこからともなく響く声が届いた。
『役立たずは不要だ』
その声を残し、闇は霧散していった。
レイは拳を握りしめ、悔しさを飲み込んだ。
「……また、か。ザイロス……」
情報は得られなかったが、少なくとも手下は倒れ、森を脅かす存在は消えた。
翌朝。
レイは長のもとに出向き、昨夜の出来事を余すことなく報告した。
長は深く頷き、そして穏やかな笑みを浮かべた。
「よくやってくれた。これで森の平和は保たれるだろう。……約束通り、セラを連れて行くことを認めよう」
セラは目を潤ませ、レイの袖を掴んだ。
「本当に……?」
「本当だ。お前は誇り高き我が娘であるが……その意志を信じる」
部屋の空気が和らぎ、安堵が広がる。
だが――長は次の瞬間、重々しい口調で続けた。
「ただし……一つ、付け加えることがある」
皆が息を呑む中、長は静かに告げた。
「レイ、セラ。お前たちには、ここで結婚式を挙げてもらう」
その言葉に、部屋は一瞬にして静まり返った。
レイとセラは顔を真っ赤にし、思わず視線を逸らす。
ミナは驚きのあまり口を開けたまま固まっていた。
長の表情は真剣そのものであり、冗談ではないことが分かる。
「森を守る者として、そして未来を託す者として……二人の絆を形にするのだ」
突然の宣告に、レイの心臓は激しく跳ね上がった。
思いもよらぬ展開に、彼は言葉を失っていた――。
 




