第28章:兄の刃と父の影
エルフの森を進むにつれて、空気はどこか張り詰めたものになっていた。
レイ、セラ、ミナの三人は、長の住まう場所へと導かれるように足を運んでいた。
高く伸びた木々の間から差し込む光は穏やかだったが、胸の奥のざわめきは消えない。
――そのときだった。
鋭い音を立てて、一本の矢が木陰から放たれた。
「っ!」
レイが即座にセラの腕を引き、身を翻す。矢は三人の目の前を掠め、大地に突き刺さった。
「なにっ!?」
ミナが目を見開く。
次の瞬間、影から現れたのは長身の青年エルフだった。
その鋭い眼差しはまるで獲物を狩る獣のように冷たく、矢を番えた弓をレイたちに向ける。
「……人間が、妹を連れてこの森を歩くとはな」
吐き捨てるような声。その口調から怒りと憎悪がはっきりと伝わる。
「兄さん……!」
セラの声が震える。
そう、彼こそセラの実の兄、森の戦士であり、次期長と目される男だった。
「どういうつもりだ、セラ。お前が人間の男に従うように歩く姿を見るとは……俺は恥ずかしい」
「ち、違うの! レイは私を助けてくれた大切な仲間で――」
「黙れ!」
兄の怒声が森に響く。
矢が再び放たれ、今度はレイに向かって一直線に迫った。
レイは寸前で身体をひねり、風魔法を使って弾き飛ばす。
「いきなり攻撃してきて、理由がそれか……」
レイの目が冷たく光る。だが武器を抜くことはしない。ただセラの手を庇うように前に立つ。
「やめて! 兄さん、本当に違うの! レイは敵じゃない!」
セラが必死に叫ぶが、兄は耳を貸そうとしない。
「敵でなくとも、妹を惑わせるなら排除するまでだ!」
矢が次々と放たれる。レイは軽やかに避けつつ、セラを庇い続ける。
ミナは思わず杖を握りしめたが、レイの短い合図で制止された。
そして――。
「……そこまでだ」
深く響く声が森の奥から響き渡る。
その声とともに、強大な魔力の気配が辺りを包んだ。
木々がざわめき、兄の放った矢が空中で静止する。
「父上……!」
兄が驚愕に目を見開く。
姿を現したのは威厳を漂わせた壮年のエルフ――この森を治める長であり、セラの父だった。
彼は一歩進むごとに周囲の空気を静め、兄とレイたちの間に立つ。
「……お前の怒りは理解できる。しかし、客人に矢を向けることは我らの誇りを汚す行為だ」
長の声には怒気が混じっていた。
兄は悔しげに唇を噛み、弓を下ろす。
「セラ……無事でよかった」
父の視線が娘に向く。セラは小さく頷き、涙を浮かべながら口を開いた。
「お父様……ただいま戻りました」
森に静寂が戻る。
長はしばらくレイをじっと見つめ、そしてゆっくりと頷いた。
「客人よ、私の元へ来い。話を聞かせてもらおう」
その言葉に導かれるように、レイたちは長の住まう館へと歩を進めた。
兄の視線はなお鋭かったが、今はただ黙って後を追うしかなかった。




