第23章:長の娘と条件
獣人の少女は、救ってくれたレイとセラの手をぎゅっと握ったまま、息を整えていた。
「私……ミナっていうの。獣人族の長の娘なの」
その言葉に、セラは驚きで口を開けた。
「長の娘!? じゃあ、この街でもすごく偉い人なんじゃ……」
「うん。……それで、レイさんのことは前から知ってた。前の王都魔法大会で……あなたの戦いを見たの」
ミナの目は憧れを宿したまま輝いていた。
魔法大会は人間、獣人、エルフなど種族を問わず開かれる一大イベントだ。観客は数万人、各国から代表が集まる。レイはあのとき、優勝こそ逃したものの、圧倒的な戦いぶりで注目を集めていた。
「父に会ってほしいの。もしかしたら……あなたの力を借りられるかもしれない」
ミナはそう言って、二人を案内し始めた。
夕暮れ時の街は、赤い光に染まり、家々から夕餉の香りが漂っている。
街の中央、広場を越えた先に、他の建物よりも高く立派な館が見えてきた。木と黒い石で造られたその館は、重厚な雰囲気を放っていた。
しかし、館の門に近づいた瞬間――
「止まれ!」
鋭い声とともに、二人の獣人兵が前に立ちはだかった。彼らは背丈も肩幅も常人の倍近くあり、腰には鋭い斧が下げられている。
「そいつらは誰だ? ミナ様、見知らぬ人間を連れてくるなど……」
「彼らは私の命の恩人よ!」
「しかし――」
兵士の目は明らかに警戒しており、その手は武器の柄にかかっていた。
次の瞬間、背後から複数の足音が迫る。
さらに四人の兵士が現れ、レイたちを半円状に囲んだ。
剣の鍔に指をかけたレイは、わずかに体勢を低くする。
「やれやれ……歓迎されてないみたいだな」
「やめて! 本当にこの人たちは悪くないの!」
ミナは必死に叫び、兵士たちの前に立ちふさがった。
しばしの沈黙の後、隊長らしき男が息を吐く。
「……ミナ様のお言葉であれば、通しましょう。しかし責任は負いかねます」
ようやく包囲が解かれ、三人は館の中へと足を踏み入れた。
中は広く、壁には毛皮や武具が飾られていた。
暖炉の前の大きな椅子に座る男――獣人族の長が、ゆったりとこちらを見つめている。
銀色の毛並みと、深く刻まれた皺が威厳を漂わせていた。
「父上、こちらはレイさんとセラさん。私を魔物から助けてくれた人です」
「ふむ……助けてくれたことは感謝しよう」
低く落ち着いた声が響く。
レイは一歩前へ進み、目的を告げた。
「俺は魔王城に行くつもりです。そのために仲間を探しています。もし可能なら、誰か力を貸してほしい」
長は目を細め、沈黙した。
やがて口を開く。
「我が一族から人を出すのは容易ではない。……だが、もしそなたの力が本物であれば話は別だ」
「試す、ということですか?」
「そうだ。条件を出そう」
長は立ち上がり、背後の扉を開け放つ。そこから現れたのは、がっしりとした体格の青年だった。
鋭い金色の瞳、腰には長剣。背中には獣人特有の虎のような縞模様の毛並みが覗いている。
「この者は我が娘ミナの婚約者、ガルド。強さも誇りも一族随一だ」
ミナは少し戸惑いながらレイを見る。
「え……婚約者って……」
「そなたがガルドと戦い、勝てばミナを連れて行ってもよい」
「ちょっと待って父上! 私の意思は……」
「黙りなさい、ミナ。これは一族の決まりだ」
ガルドは口元にわずかな笑みを浮かべ、レイを見据えた。
「人間、命をかける覚悟はあるか?」
レイはその視線を受け止め、わずかに口角を上げた。
「もちろんだ。……俺も簡単に負ける気はない」
こうして、レイは獣人族の館で、思わぬ条件を突きつけられることになった。
勝てば仲間を得られる。だが負ければ、すべての道が閉ざされる――。




