9 日本人形(3/5)
私はためらいつつも、こう言った。
「それで――私の父はかごめさんの事情を知って、災厄を流す者に何らかの行動を起こそうとしたみたいなの。父はやっぱり殺され――ううん。今さら誰がとか、そんなことはもういいんだけど」
私の言葉に、梓は淡々とこう返す。
「関係者は皆、亡くなっているわけだし、今となっては真実を求めることは難しいだろうな。その――監視していたという人物とトラブルがあった可能性もあるが、その者は単に雇い主に報告しただけかもしれない。だとすれば――まあ、それでも偶然が重なって、ということも、なくはないと思うが」
この件については、新たに手に入れた日記帳のどこかに、もっと詳しいことが書かれているのかもしれない。とはいえ、私はそれをあえて求める気はなかった。かごめさんの自責の言葉を思い出すと、むしろ誰のせいでもなければいい、とすら思っている。
そうでなければ――かごめさんはいったい、どれだけのものを負っていたというのだろう。
私が物思いに沈んでいると、梓はこんなことを言い出した。
「その――トウビョウを持ち出して名士となった人物のことなんだが、実は私の祖母が知っていたようなんだ」
「どういうこと?」
私は思わず問い返した。言葉を選びながらも、梓はこう続ける。
「まあ、知っていた、といっても人伝に聞いただけらしいが……祖母は知り合いからよく――主にアンティークのことで――相談を受けていてな。生きているうちにできるだけ高く美術品を売りたい、と言っている者がいるのだと、話が回ってきたらしい。それが件の人物というわけだ。会社も譲ったので、残りの財産も寄付などして手放したい、と。どうも――余生を質素に暮らす心づもりだったようだ」
その話は、私が抱いていたかごめさんの父親のイメージとはかけ離れていた。
かごめさんを犠牲にしようとしていた側面と、全ての財を売り払い静かに暮らそうとしていた側面。これは、どちらが本当の姿なのだろう。あるいは、どちらも単に、違う側面でしかないのだろうか。それとも――
梓はそこでため息をつく。
「しかし、それらを全て整理する前に、その人物は亡くなってしまったようでな。全てをキレイにしたなら、やらなければならないことがある、と言っていたらしいんだが。早くに対応できなかったことが悔やまれる、と。それで祖母もよく覚えていたようだ」
「それって――」
やらなければならないことがある。もしかして――かごめさんのことだろうか、と考えるのは、都合がよすぎるだろうか。
そんな私の思いを察したのか、梓は軽く苦笑する。
「それこそ年を取ると丸くなる、なんて話はよくあるからな。わからないさ。亡くなった人の本心など、誰にも」
確かに、それはよく聞く話ではあるのだろう。それが、かごめさんの父親に当て嵌めるかどうかはわからないが。
とはいえ、仮にそうだとしても――
「それなら、トウビョウはどうなるの? 下手したら、そうして売った美術品にも憑いてたり……?」
ばらばらと散っていった無数の蛇のことを思い出す。おそらくあれが、養い切れないほど増える、ということなのだろう。あの中の小さな一匹でも、どこかにまぎれ込んでいて、知らないうちに増えて――という光景を想像してしまい、私は勝手にぞっとした。
しかし、梓は全く気にしていない様子で、こう話す。
「まあ、その辺りは隼瀬家が調査するだろう。ただでさえ、例の骨董屋敷からも、何かしら持ち出されているかもしれないんだろう?」
千鳥の件とは別に、あの家にはおもしろ半分で侵入する者がいて――その上、中の物が持ち去られることもあり、近所の人たちが困っているのだと、氷上は言っていた。それが本当なら、それらも全て伊吹が――というか、隼瀬家の人たちが調べるのだろうか。
「大変ね」
何だか他人ごとのように言ってしまったが、実際のところ、この件について私ができることはもうない。鷹の根付もすでに伊吹に返している。そんな風に言うより他ないだろう。
私の反応に、梓は肩を竦めている。
「あの家のことなら心配するな。あれは好きでやってるんだ。動物のことなら、あの家に任せておけばいい。動物以外だと、少し頼りないところもあるがな……」
そう言えば、かごめさんの家でも、刀の話であれだけ盛り上がっていたというのに、それ以降に起こったことについて、伊吹は驚いていたようだった。一応、違和感は抱いていたようだが。やはり、無機物の怪異は対象外なのだろうか。
そんなことを考えていた私に、梓はこう声をかけた。
「しかし、今回のことでは、鹿子の方こそ大変だったんじゃないか? その――トウビョウと、直に対峙したんだろう?」
梓のその言葉をきっかけに、私はあのときの光景をまざまざと思い出した。しかし、それこそ何から話せばいいのかわからない。
とはいえ、梓は伊吹から少しは事情を聞いているようだし――そう考えて、私は思いつくままにこう言った。
「信じてもらえるかわからないんだけど、刀がひとりでに抜けて、こっちに飛んで来て――それで退治してくれたの」
「刀とは持ち主の危機には勝手に鞘から抜け出て飛んで来る物だ。奇談のたぐいではよくある」
梓はあっさりとそう言った。
奇談のたぐいではよくあったとしても、現実でそんなことがよくあるはずもない――とはいえ、私はそれを実際に見てしまったのだから、これに関しては、うさんくさいとも言えないだろう。
私はそのときのことを思い出しながら、こう呟いた。
「持ち主の危機ってことは――やっぱり、あれはかごめさんだったのかな……」
鱗に覆われていた上に半身は蛇の姿だったが、その容姿は老婆だった。トウビョウが化けただけなのか。それとも――




