3 ギメルリング(1/5)
「つまり――昨日、君がこちらに持ち込んだ物は、元はその、ひとり暮らしだった故人の持ち物ということか」
私がひと通りの説明を終えると、アンティークショップの店主、梓はそう言って確認した。私が頷くと、彼女は考え込むようにしてこう呟く。
「状況を整理しよう」
場所は店の奥にあるカウンター。梓は定位置らしいその場所にいて、私はどこからともなくもたらされた――おそらく売り物の――椅子に、彼女と向き合う位置で座っていた。
「まず、君の自宅の前に置かれたダンボール箱だが。わざわざ君の元へ寄越した相手の、心当たりはあるのか?」
私は気乗りしないながらも、自分の考えを述べる。
「考えられるとすれば千鳥の親族かな、と」
というより、現実的に考えるならそれしかない。
人形も含めて、あれらは千鳥の遺品だった。ならば、それを持ち出せる者は限られるだろう。
「なるほど。しかし、そうされるだけの理由はあるのか?」
私は首を横に振った。
「わからない。千鳥の親族なんて、父親しか会ってないし、千鳥とはあまり仲は良くなさそう、とは思ったけど――これはただの私の印象。だから、本当は心底、私のことを怒っていた……逆怨みしていたのかもしれない」
それに、父親以外の親族がどうだったかもわからない。葬式に呼ばれなかったのも、私に対する印象が悪かったせいかもしれない。
「逆恨み……それで盗聴器、か?」
梓はそう呟く。どうもその考えには納得し難いようだ。
彼女は私のことをちらりと見やると、こう尋ねた。
「確認するが、君に何か具体的な被害があったわけではないな?」
私は考える。しかし、ダンボール箱が置かれていたこと以外、身の回りで変わったことはない。周囲であやしい人影を見た、ということもなかった。
そもそも、あの箱を見つけてすぐ、私は地元の寺へ向かっている。そこからこの店へ来たのだから、人形が手元にあった時間はごくわずかだ。盗聴に関しても、ほとんど実害はなかったことになるだろう。
「すぐにここに持ち込んだから……少なくとも、今のところは何も。でも、その箱を誰かが置き去ったってことは、それは私の家を知っている人物ってことでしょうね」
「その親族というのは、どうだ? 知っているのか? 君の住まいを」
「念のため、連絡先を教えてる」
だからこそ、千鳥の親族なら、そうしようと思えばできただろう。遺品が処分されるところまで、私は見届けてはいないのだから。
ただ、わざわざ私のところに箱を持って来たことが、そうした嫌がらせなのだとすると――それが私にとって嫌がらせになり得ることを、相手は知っていなければならないことになる。生前の千鳥から話を聞いていたのだろうか。
私が考え込んでいるうちに、梓は次の話に移った。
「では次に、殺人現場にドールが戻って来た、という件だが」
ダンボール箱の件は棚上げにして、私はとりあえず、そちらの話に集中した。
「まず、ドールが処分されていた、という前提は確かだろうか?」
私は当時の状況をできるだけ正確に思い出そうと試みた。千鳥が人形を処分すると口にしたことは間違いないが、それでもあの人形が本当に処分されたという確証はない。私はありのままを答える。
「本人がそう言っていたけど、それだけ。千鳥の発言を信じた上での、私の思い込みであることは否定できない」
梓は俯き、ふむと呟いた。
「では、ドールはたまたま殺人現場にあっただけかもしれないわけだ」
たまたまという割には、これ見よがしに遺体の近くにあった気もするが。可能性としては、なくはないだろう。
梓はそこでしばし考え込んでから、思いがけないことを口にした。
「逆に、この時点で例の箱は部屋にあったのか?」
箱というとダンボール箱とその他の物のことだろう。
「それは――あったでしょう」
あった、という前提で、それを持ち出せるのは千鳥の親族しかいない、という話をしたばかりだ。とはいえ。
「確証は……ないけど」
「例えば、だ。君の知人は事件の前に、それを誰かに預けていたのかもしれない。あるいは、殺人の際に持ち去られた。これなら、箱を置いたのは親族以外という可能性もある」
そう、なのだろうか。
確かに、部屋をシェアしていると言っても個室はあったし、お互いのプライベートは詮索しないことになっていた。私は千鳥の部屋に入ったこともない。あの人形が実は処分されていなかったという展開があり得るなら、箱の方がすでになかったということもあり得る、のかもしれなかった。
私はなぜ、あの箱とその他の物が、あの部屋にまだあると思っていたのだろう。
それは、千鳥が売却に手間取っている気配があったからだ。しかし、それについても、そういう雰囲気から私が勝手に推測しただけで、千鳥があれらを部屋に持ち込んで以降、私はそのダンボール箱を――現物を見てはいなかった。事件の後も当然。しかし。
「待って。それじゃあ、逆に人形はどうなるの」
箱と人形は合わせて私のところに届けられている。そして、人形は間違いなく殺人現場にあった。
その事実を前にしても、梓は涼しげにこう言う。
「ドールは量産品だ。同じ顔のドールで、違う個体があったとして、君に見分けがつくか?」
殺人現場にあった人形と、その後に私の元へ届けられた人形が別物――と言われても、私はいまいち腑に落ちなかった。とはいえ、同じような人形を並べられて、私に区別がつくとも思えない。とはいえ。
「だとしても、何のために……そんなことまでして、私のところに、わざわざそれを持って来たっていうの?」
その問いかけに、梓は軽く肩を竦めた。
「意図はともかく、今は可能か不可能かの話をしているつもりだが。まあ、考えられるのは――そうだな。その箱を持っていた犯人が、君のところにそれを届けたのだとして」
梓の発言に、私はぎょっとする。あの箱を置いたのが、殺人犯かもしれないと言うのか。
「その犯人は、君がどの程度、知人の交遊関係を把握していたのか知らなかったのかもしれない。そうなると君は、それを証言し得る危険な人物、ということになる。環視の対象たり得るだろう?」
それゆえの盗聴器だ、と。これ見よがしに人形を置いたのも、千鳥の死の原因が人形のせいだと思わせたかった、ということだろうか。
私は思わず顔をしかめた。そして、考え込む。
あのダンボール箱が最後まで部屋にあったなら、それは事件後にも部屋を訪れることができた人物――千鳥の親族が持ち出した可能性は高い。しかし、実はすでにその箱がなかった、あるいは事件の際に持ち去られたのだとすれば、千鳥を殺した犯人の可能性もある、と。
「まあ、実際のところ、君の回りで起こったことは、全く説明がつかない、というわけではないな。少なくとも、怪異だとは断定できない。現にドールには盗聴器が仕掛けられていたし、実際にドールが動き回った現場を見たわけでもないのだろう? 奇妙なことは、何ひとつ起こっていないな」
盗聴器は奇妙なこと、ではないのだろうか。話を聞いていると、この店主はどうにも、怪奇現象でなければそれでいいと思っていそうな節がある。むしろ、殺人犯が関わっている方が、より深刻な気もするのだが。
「次にこの、故人が残した日記帳だが――」




