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012:待ち続ける理由

 この数日間で、いくつか分かった事がある。


 最初に『おやっ?』と思ったのは、興味本位の塊のようなサチがストーブについて何も言及しなかったこと。

 当初はわざとかな? とも思ったけど、今思えば調理中の鍋にさえ一瞬たりとも目がいかなかった。

 それから手伝いに来た何人かの年長組も、特に違和感なく作業に没頭していた。


「熱量の範囲を最小限にしてるとは言ってもな……」


 魔道具のランタンの効果が、純粋に魔道具由来のものではないのを理解している。

 そしてストーブは火女神さまから頂いたとはいえ、同じような効果なのは俺の魔力かこの指輪のお陰かもしれない。


 その上に不可視で消臭効果までついているなら、完全なステルス兵器ではないだろうか……。

 ただ投げつける訳にはいかないから、夜営に役立つくらいしかないけどな。


 年長組が手伝いに来ている間に、肉屋へ差し入れに行く。

 事前に連絡しておけば樽でエールを届けてくれる酒屋があり、そこで小樽を何ヵ所かに届けて貰えるようにお願いをしておいた。

 肉屋に到着するのと同時くらいに、エールの小樽が無事に届く。


「いらっしゃいませ」

「レイクが来たと伝えて貰えるか? それとコレを……」

「はい! ありがとうございます」


 多分容量はプラスチックのでっかい焼酎くらいのサイズだけど、樽だけあってそのまま運ぶにはいささか重い。

 それでも店の前を掃除している女の子は軽々と持ち、平然と店の中に消えていった。

 入れ替わりにやってきた主人は、まるで挑戦者を待つチャンピオンのように両腕を組んでデンと仁王立ちしていた。


「遅かったな!」

「調理に時間がかかるって言っておいただろ?」

「フンッ、エール程度では誤魔化されんぞ」

「分かったから。ほら、これ」


 小さなココット鍋の中には、よく煮こまれたモツが静かに眠っている。

 まだほんのりと温かいので、あの革袋ポーチにも何か秘密がありそうだ。

 アツアツの状態で入れたので物語でよく見る完全時間停止機能というよりかは、時間の流れが緩やかになる特性かもしれない。

 店主は一度蓋を開けると、すぐにピシャっと閉める。


「何か問題でも?」

「……ぁん」

「ん?」


「この香りに柔らかそうな肉。そこにエールなんて、仕事にならんだろ?」

「じゃあ、両方持ち帰るとして……」

「いや、俺は誰の挑戦でも受けると言った筈だ。とりあえず聖火院から……」

「喰う前から注文するなよ。ちゃんと味わってから判断してくれ」


 店主はそわそわしながら、後ろの方を何度か振り向いている。

 この店なら小樽のエールも涼しい場所に保管しておけるし、鍋は温めれば良いだけだから問題ない。


 きちんと仕事が終わってから、ゆっくり晩酌にでも味わってくれれば大丈夫だ。

 小樽は後日酒屋の店員が回収に来るし、感想を聞きがてら俺も鍋の回収には来る予定だ。


「じゃあ、また来るから」

「お、おう」


 手短にそう告げると、帰ってからの作業工程を思い浮かべる。

 休耕地も段々と見違えるようになってきた。

 こっちで植える作物や、きちんと管理できる人員確保もしなければいけない。


 アキウムさんの家の周りにある柵も補修し、獣除けの塗装も施す予定だ。

 畑が近いと、どうしても獣が寄ってくる。


 ウサギが可愛いなんて、おとぎ話やたまにしか触れない人のセリフだ。

 農作物を食い荒らす大型犬くらいのサイズまでいて、その前歯はヘタな農機具よりよっぽど脅威になる。

 この塗装一つでそれが軽減されるなら安いものだ。


 後は……。

 この数日間でアキウムさんの行動パターンが分かって来た。

 サチからの連絡も来たことだし、明日の夜が俺にできる恩返しになると思う。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 段々と暑さが増していく季節だけど、朝晩はさすがに寒さが際立ってくる。

 それでもこの土地では温かくなったという感想であり、無駄な光熱費は富裕層にしか関係ない話だ。

 そんな中、俺は一つの料理の仕上げにかかっていた。


 肉屋に渡したモツは、内臓料理の可能性を示すもの。

 肉の持つ強みとはやはり歯ごたえであり、実際肉屋が担当する顧客にもそういう客層が多かった。

 ある意味一番難しい条件が肉屋への差し入れであり、煮込み料理の幅と可能性を示せたと思う。


「野菜は……、これで良いか」


 朝から温めなおして煮込み始めたコンソメベースのモツに、火女神さまからの贈り物である段ボールから缶詰を取り出す。

 鍋の上で放置する調理なので、見る人が見たらひどく乱暴な料理に映るだろう。


 キャベツ一玉をざく切りにし、芯の部分だけ先に放り込む。

 そして簡単な作業を間に挟み、気分のままに残りの部分を投入する。


「鍋にキャベツだけしか見えないな。ぎりぎり……、溢れないか?」


 気分はまるで調理実習だ。

 材料はたっぷりあるけれど、鍋のサイズに対して野菜の量が合っていない。

 表面張力ならぬ溢れ気味のキャベツの中央に、更にホールトマト缶を投入する。


 弱火なら鍋が何とかしてくれるだろう。

 野菜は煮込むことで容量が減っていくし、その分水分も増していく筈だ。

 煮込んだ分蒸発すれば水分も経るし、それだけ煮込めば誰にでも食べられる柔らかさになる。


 何気ない一日は、あっという間に終わりの時を迎える。

 養母カレンには、夜に聖火院に戻らない事を話してある。

 そして大事な日なので、なるべくアキウム家に来ないように伝えてあった。


 事情を知っているのはカレンとサチのみ。

 ちなみに毎日のように聖火院に来ていたロギーには、後輩たちの為に『武勇伝を語る会』を開いてもらっている。

 差し入れは水飴で、甘味に乏しい後輩たちには贅沢な一品だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 小さな焚火台に薪をくべながらアキウムさんを待つ。

 日が落ちるアッという間に寒さが支配するのは、火女神さまの力が不安定な時期だからと言われている。

 ちなみに本来の力を取り戻す季節は暑さが支配しており、なかなか信仰の対象になりにくい原因でもあった。


「不安定な時期か……」


 アキウムさんは、道理のしっかりした頑固爺。

 それを子どもに理解しろというのは酷な話だし、人はいつか必ず老いていく。

 その時、どれだけの人が寄り添えるのか?


 俺たちは与えられた側であり、篤志家であるアキウムさんは恩に着せるタイプではない。

 ただ幸せな家族の象徴であるアキウムさんと妻ジェシカさん、そしてその子ども達が今も変わらずに幸せであって欲しかった。


 不要なゴミ・壊れた柵などを燃やしつつ、ジッと火を見つめると心の中が温かくなる。

 近付きすぎれば燃えてしまうし、遠すぎれば温かさを感じることは出来ない。

 結局火も人との付き合いも距離感が大事であり、聖火院では『火にくべられた物は、いずれ再生する』と言われてきていた。


「そろそろ時間だよな。後はコレを入れてっと」


 近くには勿論ストーブも設置してある。

 長い事使い続けても体の中の魔力が枯渇することなく、返って火女神さまの力を強く感じている。

 俺が使える魔法なんて、小さな治癒と火をつける程度でしかない。

 今ならもっと何かが出来ると思うけど……。


「ジェシカ……。いるなら返事してくれ……」


 そろそろ時間のようだ。

 ON・OFFが交互に現れるアキウムさんの、今はとても弱っている時間帯かもしれない。

 空には月とよく似た天体が眼前の火を照らし、俺はその時をジッと待っていた。

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