21.防犯大作戦
「……あれ?」
「どうしたの?」
お店を開けた後、扉の鐘を見てみると……動力源の魔石が空になっていた。
昨日の時点で残り1回分になっていたから、今までの間に誰かが魔法を叩き込まれたことになる。
「また誰か、お店に忍び込もうとしたみたいなんだけど……」
「ふぅん?
でも、誰もいないね」
ミミ君の言う通り、外を眺める限りでは倒れている人はいなかった。
「うーん? 他に誰かがいて、眠った人を連れて帰っちゃったのかな。
……それにしても、物騒だねぇ」
「本当だね。
防犯用に、この鐘を作っておいて良かったね」
「でも、さすがに続くと心配になっちゃうなぁ……。
お店の中、勝手に入られたくないし……」
仮に倉庫まで入られてしまえば、そこには貴重な素材がたくさんある。
しかしそうでなくても、私の城に無断で入られるのは許せない。
「それならアリス。これを機会に、もっと防犯対策を練ってみようよ。
しっかり環境を整えて、それから勉強に集中しよう」
「そうだね……。
じゃ、頼りになる魔法使い様を呼ぶことにしますか」
私は机にしまっていた名刺を取り出すと、裏面の魔方陣に魔力を込めていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――って、あれ?
ダグラスさん、全然来ないよ?」
夕方になっても、ダグラスさんは現れなかった。
いつもなら、呼べば2時間以内で来るというのに……。
「そういえば、アリス。
鍛冶屋に行った日、しばらく用事がある……みたいなこと、言ってなかった?」
えぇっと……。
確かあの日は、夜に鍛冶屋に行って、デニスさんに鐘を発注して……。
その翌朝、ダグラスさんに部品の一部に魔法を込めてもらって……。
その3日後に、デニスさんから鐘を受け取って、私のところで組み立てて――
「……むむ、まだ戻ってないのかな。
結構時間が経つけど、遠出してるのかなぁ」
ちなみに、ダグラスさんに注文してもらった魔力回復剤のガムも、新しい味を3種類用意して待っている。
まだ鐘も見せていないし、色々な反応を早く見せてもらいたいところだ。
「あの人も、やることが色々とありそうだもんね。
ま、帰ってくるまでに依頼内容を決めちゃおう」
「そうだね。
でもそれまで、防犯の方はどうしようかなぁ」
「とりあえず、鐘は魔石を入れ替えて使うとして……。
これって、何人かで来るのは想定していなかったんだよね」
「うん。
それに、年に1回でも役に立てば……って思ってたのに、ふたを開けてみれば連日だからね」
こうも続くのであれば、先に警備隊に相談してしまう……というのも良いかもしれない。
ただ、軽く扱われないためにも、もう少し相談材料が欲しいところではある。
「んー。
まずは犯人、捕まえてみる?」
「あれ、ミミ君が乗り気になってる?」
……なかなか珍しい、このパターン。
ミミ君は基本的に、こういうことにはあまり積極的では無いからね。
「アリスを狙うやつは、僕も許せないよ。
でもまぁ、難しいことは何も無いだろうし」
「え? そうなの?」
「だって、アリスは1日3時間しか寝ていないでしょ?
だから1階で見張るとか、もう少し大きな音を立てる何かを置いておくとかをすれば良いんじゃない?」
ここに来て、まさか私の睡眠時間の短さが役に立つとは……!
でもミミ君の案だと、私は地下の工房や倉庫にはいけなさそうだし……。
1階で本を読む、でも良いけど、ずっと本ばかり読んでいるわけにもいかないし。
「うぅーん。私の貴重な時間を、誰とも知らない人に奪われるのは嫌だなぁ……。
……そうだ。普通に、見張りの人を雇うとかって、どう?」
「ん、それも良いね。
でも、誰か心当たりはある?」
「そうだねぇ……。
……ゴルドーさん、とか?」
裏組織のボスなのだから、荒事もきっと得意だろう。
血の掟があるような組織だから、仕事はしっかりやりそうだ。
「でも、あんまりそこと付き合いがあると……体面的に、どうなのかな。
裏組織と繋がりのある錬金工房って、何だか怖くない?」
「う、確かに……。
それ以外で考えるなら……冒険者ギルドに依頼を出す、とか?」
「それが良さそうだね。
冒険者って、このお店にはあまり来てくれてないし」
「そうだねー。
顧客開発になるかもしれないし、ちょっと頼んでみようかな……」
当然ながら依頼料は掛かってしまうが、お金の余裕はまだまだある。
安全には代えられないし、今回は試しで頼んでみることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――次の日の昼過ぎ。
私の依頼を見た、2人の冒険者がやって来た。
「初めまして、ジェイクと申します」
「ウチはリーゼ。よろしくなー」
控え目そうな少年に、トロンとした目が印象的な少女。
全体的に見れば、いかにも駆け出し……という雰囲気を出している。
「初めまして、私がアリスです。
依頼内容は、お店周辺の夜間警備なんですが……大丈夫ですか?」
「へーきや、へーき!
ジェイクががっつり見張っておくでー!」
「ちょ……。リーゼもちゃんとやるんだぞ!?」
早々に良い掛け合いをし始める2人。
キャラ的には好きだけど……仕事としては、大丈夫?
「ちなみにお二人とも、冒険者歴はどれくらいですか?」
「あ、はい! 3か月くらいです!」
「まだまだ短いねんけどな。
養成学校じゃ、成績はかなり良い方やったで!」
落ち着かないジェイクさんに対して、悠々と語るリーゼさん。
ちなみにジェイクさんは斥候職、リーゼさんは弓士のようだ。
「はぁ、それじゃ期待しても良いのかな……。
今回の要望としては、お店に忍び込もうとした人を捕まえて欲しいんです。
ある程度のアイテムは支給しますので、お願い出来ますか?」
「まったく、問題あらへんよー。
ジェイクが店のまわりで息をひそめて監視、ウチが遠距離からサポート……って感じやね」
「それじゃ、明るいうちにこの辺りの地理を把握しておいてください。
警備するのは1週間、閉店後から開店まででお願いします」
「承知しました!」
「りょうかいやでー」
元気に返事をすると、2人は早速外に出て行った。
……よし。
私も何か、支給するアイテムを作っておこうかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――……警備を初めてから3日目の夜。
このまま何事も無く、1週間が過ぎてしまえば良いのに……。
そう思ってしまう僕は、冒険者に向いているのだろうか――
……はっ!
ダメだダメだ、こんなことを考えていてはダメだっ!!
幼馴染のリーゼがなるというから、僕も冒険者になることに決めたんだ。
子供の頃、あいつには僕がずっと付いててやるって約束をしたから……。
建物の影に身を潜めていると、遠くの建物の上で炎の光がちらついた。
たまにこうして、リーゼは僕に場所を教えてくれる。
それを見て、僕も位置取りを変えていく。
……空は当然ながら暗い。
時間としては、深夜の3時くらいだろうか。
「――ん?」
大通りから、4人の集団が『錬金工房アリス』の方に向かって走っていく。
最短距離を無駄なく移動しているため、張り込んでいる側からすれば、やたらと目立って感じてしまう……。
僕は、先ほどリーゼがいた場所に目を移した。
暗くてまるで見えないが、恐らくはまだあそこにいるだろう。
僕は耳を澄ませて、怪しい4人組に集中していく。
「……ほら、そこよ!」
「お嬢様、お静かに……」
「あたしに命令するなっ!
今日はこの前の……変な魔法を掛けられた仕返し、絶対にしてやるんだからっ!」
……うん?
何だか一人、強盗をするにはそぐわない人がいるみたいだけど……。
バカなの? 何でわざわざ、目立つような大きさで喋っちゃうの?
引き続き様子を見ていると、怪しい集団はお店の入り口に、少し離れて集まった。
集団の1人……魔法使いのような男が、扉の上の鐘に向けて手をかざしている。
あの鐘には防犯の魔法が掛かっているそうだから、それを無力化しようとしているのだろうか。
しかしここまで来れば、僕たちが捕まえるべきはあいつら……ということは明白だ。
僕はゆっくりと、腰に掛けていたナワに手を伸ばす。
そしてそのまま――投げるッ!!
ヒュッ!!
「う、うわぁっ!?」
僕の投げたナワは、見事に魔法使いのような男に当たって絡みついた。
このナワは支給されていたアイテムのひとつで、解除の言葉を言うまで相手を縛り付けるのだ。
突然の出来事に、残りの3人は驚き戸惑った。
しかしその隙に、腰にあった最後のナワも投げてしまうッ!!
「うぉっ?
お、おい、辺りを警戒しろっ」
2人目の男も自由を奪われ、その場に倒れ込んでしまう。
冷静さは保っているようで、指示を出す声はしっかりと小さいものだった。
しかし――
「……ちょ、何やってんのよ、あんたたち!
あたし、逃げるからッ!!」
『お嬢様』と呼ばれていた女性は、大声でそう言ってから、一人で逃げ始めた。
しまった、出遅れた!
今から追いかけても、大通りに逃げられてしまう――
……パァアアンッ!!
「きゃぁっ!?」
突然、破裂音と共に、逃げ出していたお嬢様が吹き飛んだ。
吹き飛んだ……とは言っても、1メートルと少しくらいか。
そして倒れ込んだ彼女のまわりには、キラキラと光るものが舞っていた。
あれは――
……リーゼが支給してもらった、特殊な矢の効果?
「お、お嬢様!?」
お嬢様以外の3人のうち、2人は既にナワで縛られている。
自由に動いていた最後の男は、急いでお嬢様の元に駆け寄るが――
……その隙に、僕は店の脇に隠しておいたナワを手に取り、最後の男に向けて投げつける。
「ぬぅ……っ!?
貴様、何者だ!」
「それはこっちの台詞です!
観念して、大人しくしてください!」
僕は倒れ込んだ男に近付き、短剣の鞘で首筋を強く殴った。
「ぬぐっ!?」
……あれ? 気絶しない……。
も、もう一度……!!
「ぐぉっ!?」
……あれ? 気絶しない……。
も、もう一度……!
「くっ……!?」
……あれ? 気絶しない……。
ごめんなさい、もう一度……。
「……ッ」
――……やっと気絶してくれた!
少し安堵していると、目の前で倒れていたお嬢様が怒鳴ってくる。
「ちょっと、あんた何者よ!
あたしのこと、誰だと思ってるの!?」
僕は身体を起こすお嬢様を見て驚いた。
何とその顔は――
……いや、身体全体か。
身体全体が、虹色に輝いてて眩しかった。
「……あの、すいません。
全身が虹色に輝いてて……よく見えません」
「は、はぁ!?
な、何よこれ!?」
……アリスさんは確か、逃げてもすぐバレるように塗料を仕込んだ矢……って言っていたっけ。
でもさすがに、こんなに眩しい虹色になるとは思わなかったな……。
「あの、すいません」
「な、何よ!?」
「眩しくてよく見えないので……とりあえず、ナワで縛りますね」
「ふ、ふざけんなっ!!」
……お嬢様はそう言うが、僕はお構いなしにナワを投げつけた。
倒れたあと、何とかナワを解こうとするお嬢様を見ていると、そこにリーゼがやって来る。
「ジェイク、おつかれさんー。
何や、けったいな矢やったなぁ」
リーゼは愉快そうに、虹色になったお嬢様を見下ろした。
そうこうしている間に、近所の建物から何人かの人が出てきてしまった。
結構うるさくしてしまったから、これはもう仕方が無いか……。
「――それじゃ、アリスさんに報告しようか」
「その前になぁ、残りの2人、まだ気絶させていないやんか。
ウチが手本、見せたるわ」
「う……。
もしかして、さっきの見てた……?」
「ああ、見てたでー。
気絶はな、一発でやってやらんとやられる側も痛いねん」
そう言うと、リーゼは残り2人に一撃ずつ入れて、綺麗に気絶させていった。
「おお……かっこいい……」
僕はリーゼの姿を目に焼き付けてから、地面で暴れているお嬢様に目を移す。
そして再び、鞘に収まったままの短剣を手に取る。
「ちょ……何よ、何すんのよ!」
「警備隊が来るまで、気絶してもらいますね。
……とう」
「うがっ!?」
僕が首筋を強打すると、お嬢様は苦悶した。
「……あれ?
ごめんなさい、もう一度」
「ぐぇっ!?
ちょ……あんたぁあッ!」
「てぃっ」
「ぐぎゃっ」
「上手くいかないなぁ……」
「ひぃっ!?」
……残念なことに、お嬢様を気絶させるまでに要した回数は7回だった。
さっきよりも悪くなった成績に、僕はうなだれ、落ち込んでしまうのだった……。




