19.鐘
――今日は久し振りに、徹夜をしてしまった。
いつもは睡眠時間が少ないとは言え、私は毎日、きちんと寝ている。
そのせいか、窓から射し込む朝日がいつもより眩しい気がする……。
「アリス、お疲れ様。
僕も手伝えれば良かったんだけど」
お店のテーブルに突っ伏していると、ミミ君が話し掛けてきてくれた。
「んーん……。
話し相手になってくれただけでも、だいぶ助かったよぉ……」
「それは良かった。
でもそのおかげで、ようやく全部、倉庫に入ったね」
「うん、大変だったー……。。
ま、運んでる最中も何だかんだで楽しかったけどさ」
「素材見ながら、にやにやしてたもんね。
それにしてもこれで、素材の心配は当面しなくても良くなったのかな?」
「量が欲しい薬草とかは、まだあるけど――
……でも、お金を出せば揃うものばかりだからね。
お金は今回、全然使わなかったし……」
……そう。
よくは分からないが、今回は貴重な素材をたくさん『もらって』しまったのだ。
私としては全部買い取るつもりだったんだけど、本当に良かったのかな?
しかも馬車にして3台分という、もの凄い量を……。
「ところで、もうすぐ開店時間だけど……今日は営業するの?」
「そりゃ、もちろん!
でも閉店したら、今日は早く寝ようかな」
「あれ、珍しいね。
何時くらいに寝る?」
「0時くらい?」
「……さすがにもう少し、早く寝ない?」
ミミ君が呆れ顔で、睡眠を勧めてくる。
ふむ……たまにはちょっと、早めに眠ってみるかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よぉ、アリス!
……って、眠そうだな!?」
営業を始めてしばらく経ったあと、突然ダグラスさんがお店に入ってきた。
「あれ……いらっしゃいませ。
おやー、ミミ君がいないぞー?」
……と思ったら、ミミ君はテーブルの下で眠っていた。
扉の向こうの気配をいつも察知してもらっているのに、今日は見事にすり抜けてしまったようだ。
「2人して、たるんでるなぁ。
あれか? この前の、魔物の発生事件の影響か?」
「いえ、全然関係ないんですけど……。
ああ、そういえばダグラスさんも現場にいたんでしたっけ?」
聖職者のフェリシアさんから、ダグラスさんと一緒に戦ったことは聞いていた。
でも残念ながら、私はダグラスさんとは会わなかったんだよね。
「そっか、アリスもいたんだよな。
俺は途中から、警備隊の連中と街の確認に行ってたからさ」
「あー、そうなんですね。
それはそれは、お疲れ様でした」
「おう、さんきゅ。
ちなみに例のガム……魔力回復剤がやっぱり役に立ってな。
あれ、追加の注文を頼めるか」
「承知でーす。
数は前回と同じで大丈夫です?」
「いや、あの3倍で頼む」
……おっと、思い掛けない注文量。
これは作り甲斐がありそうだ。
「んー。
それならちょっと、別の味も作りましょうか?」
「ははは、それは嬉しいな。
美味いのが出来たら、初回は少し割増しするわ」
「おぉー、なおさら頑張りますね!
……あ、そうだ。私からもひとつ、注文をお願いしたいんですけど」
「うん? 俺に?」
「ですです、魔法の依頼。
私、扉につける鐘が欲しくなって」
「扉に……?
ああ、開けるとチリンチリンって鳴る、あれ?」
「そうです、そうです。
それで折角だし、魔法も何か掛けておきたいなーって」
「ほう。それじゃ、面白いものを考えてみるか」
そう言うと、ダグラスさんは私の前の椅子に座ってきた。
「いえ、面白い必要は無いんですけど……」
「まぁまぁ。
俺の実力も宣伝できるから、ここは頑張らせてもらうぞ!
……そうなるとやっぱり、実用的なものの方が良いかな?」
「はい、実用的にいきましょう!
ベースになる鐘はまだ無いから、買わないといけないんですけどね。
さすがに私、鐘なんて上手く作れませんし」
「人の目に触れる分、見た目も大切だからな。
……そうだ、俺が推す鍛冶師でも紹介してやろうか?」
「腕の良い人、いますか?」
「グランドールは大きな街だからな。
鍛冶で有名な街と比べればさすがに厳しいが、有望な新人だってちゃんといるぞ?」
「へぇー……。
それにしても、ダグラスさんは青田買いが好きですね」
例えば裁縫士なら、クレアさん。
錬金術師ならきっと、私ことアリス。
そんな感じで鍛冶師も、誰かしら目をつけている人がいるのだろう。
「善は急げで、今晩とかはどうだ?
俺、明日からちょっと用事があるからさ」
……うーん、今晩かぁ。
早く寝たかったけど、0時までには帰って来れるかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夜、21時過ぎ。
私はダグラスさんに連れられて、結構離れた場所までやって来ていた。
そこは街の外れにある有名な武器屋で、大きな鍛冶工房が併設されている。
「おぉー、大きなところですね!」
建物からは煙突が複数伸びており、武骨ながらも機能美のようなものが感じられた。
私のお店には煙突がほとんど無いから、そのギャップがそう思わせたのかもしれない。
そんな工房の前で私たちを出迎えてくれたのは、肌が黒く焼けた、いかにも職人……といった壮年の男性だった。
「おお、ダグラス様。
ようこそいらっしゃいました」
「おう、この前振りだな。
デニスってまだいる?」
「はい、奥で何やらやっていますよ。
呼びましょうか?」
「いや、俺たちがいくわ。
連れも一緒に、良いかな?」
「もちろんですとも。
ごゆっくりなさってください」
壮年の男性は固そうな顔をくしゃりと微笑ませて、私たちを工房の奥に案内してくれた。
「――よぅ、デニス!」
「……」
ダグラスさんが声を掛けると、その青年は無言で会釈をした。
無表情……というのだろうか。
突然現れた私たちに、特に何の感情も示してこなかった。
「今日はちょっと、依頼があってきたんだ。
ほら、こんな鐘が欲しいんだよ」
私とダグラスさんで描いた鐘のラフ画を見せると、デニスさんは無表情のままそれを覗き込んだ。
しばらく見た後、デニスさんは近くの箱から粘土を出して、その形をどんどん変えていく。
「……?」
「おお、そうそう。
そんな感じ! で、ここをこうしてだな」
「……」
「それそれ! それでこっちを――」
「……?」
「ああ、確かにそこはそうだな。なるほど」
……よくは分からないが、喋らないデニスさんの意図を、ダグラスさんは完全に汲み取っているようだった。
そんな2人の間に、私の入っていく余地はまるで無く――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……帰り道。
結局私は、デニスさんと喋ることは何もなかった。
「っていうか、私が行く必要ってありました?」
デニスさんは最後まで、言葉を何も発しなかった。
もしかして、喋れないのかな……?
「いや、あいつはちゃんと喋れるぞ?」
「ちょっと!? 心の中を読まないでくださいよっ!?」
嫌な流れに、私はついついツッコんでしまう。
「ははは、みんな最初はそう思うからな。
単にシャイってだけだから、あんまり気にするなって」
「それにしては、ダグラスさんは意思疎通が出来てましたよね?」
「何回も世話になっているからな。
おかげで今回も、良いのが出来そうだったろう?」
「まぁ、確かに……」
「最終形は、鍛冶師と魔法使いと錬金術師の合作になるからな。
売れば結構な金額になるぞ!」
「う、売らないでくださいよっ!!」
そもそも今回の鐘は、私のお店で使うものなのだ。
それを見て、新しい注文が来るのは全然問題ないけど――
……これ自体を売るのは、絶対ダメっ!!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――吾輩はドロボウである。
名前はもう無い。
グランドールで失業した吾輩は、食い扶持を得るために悪の道へと走った。
これがまた才能があったようで、勝率は10割となっている。(※なお、実績は5件である)
今宵は裏ルートから仕入れた情報により、錬金術の工房を狙う計画なり。
ここの倉庫には、大量の貴重な素材が眠っているらしく……。
……たかが素材と言うなかれ。
上手く捌ければ、数千万ルーファにもなる今回の仕事――
吾輩は建物のまわりを確認した。
2階からは気配がするが、1階には誰もいないようだ。
裏口よりも、店側の扉から入った方が……間取りとしては良い感じか?
最悪、店に並んだ商品を盗って逃げられるわけだし……。
吾輩は、扉のノブに手を伸ばした。
「……っと、危ない危ない」
よくよく見れば、扉には鐘がついている。
なかなかのデザインのもので、これはこれで高く売れそうだ。
……ふむ、先に盗っておくことにするか。
吾輩の技術があれば、鳴らすことなく無音のまま、一瞬にして取り外すことだって出来よう。
音が鳴らないように注意して、鐘に手を伸ばすと――
……チリン、チリン
爽やかな、清涼感のある音色が聞こえた。
まだ、触ってもいないのに……?
風だって、少しも吹いていないのに……?
吾輩の頭はクラクラとし始め、何やらふわっとした浮遊感までが襲い掛かり――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――はっ!?」
……気がつくと、吾輩は牢屋の中にいた。
「よう、起きたかい?」
牢屋の向かい、髪をぼさぼさにした老人が声を掛けてくる。
「わ、吾輩は何でこんなところに……?」
気がつけば、一瞬にして牢屋の中。
明るさから察するに、時間は昼前くらいだろう。
「お前さん、間抜けだったなぁ。
強盗に入るところで眠っちまったんだって?
警備隊の連中、呆れながら笑っていたぞ?」
そう言いながら嫌味な感じで笑う老人。
「い、いや……。
吾輩、まだ何も盗っていないんだが……?」
せめて、何かを盗ってから……なら分かる。
しかし、何も盗っていないのに強盗と言われるのは……。
「通報されて引き渡しになったとき、勝手に自白していたみたいだぞ?
錬金術の店に入ろうとしたんだろ? 何か変な薬でも、嗅がされたんじゃないか?」
……老人はそう言うが、心当たりはまるで無い。
可能性がありそうと言えば、扉についていた鐘くらいのものだが……、あれは錬金術と関係するものなのか?
そうこうしている内に、警備隊の2人が牢屋の前にやって来た。
そしてそのまま、吾輩の牢屋の錠を開け始める。
しかし怪しいとは言え、今回はまだ盗みをしていないのだ。
だから黙秘を貫けば、きっと釈放されるはず――
「出ろ! これから取り調べだ!
昨晩は余罪の5件も口にしていたからな。今日は観念しろよッ!!」
……えっ!?
吾輩の口、軽すぎ――――ッ!!!!?




