18.仕入れ先
「……うーん。
倉庫がすっきりしちゃった……」
「大盤振る舞い、しちゃったからね」
地下の倉庫から戻ると、私はミミ君に今の状況を報告した。
グランドールに引っ越して以来、そもそも素材の仕入れをあまりしていないのに、そのくせ調合はどんどん進めていって――
……それに加えて、大通りで発生した、昨日の魔物の発生事件。
倉庫に備蓄していた回復薬も、あそこでほとんど使ってしまっていたのだ。
「フェリシアさん、警備隊に相談してくれるって言ってたけど……。
期待しちゃっても良いのかなぁ」
「多分、ある程度は払ってくれると思うよ。
アリスのおかげで早めに収拾がついたんだし……。
そうじゃなくても、『ベル様』だってそうしていたと思うし……落ち込まないでね」
「そうだね……。
それなら、間違ったことはしていないよね」
私はふと、懐かしい気持ちでいっぱいになってしまった。
……ママと同じように動けたのであれば、私にとっては百点満点の行動だ。
「それで……。
これから、どうするの?」
「倉庫のこと?
うぅーん、とりあえず素材は色々欲しいんだけど……。
この街で、仕入れる伝手がまだ無いんだよね」
多少の素材であれば、その辺のお店でも買うことが出来る。
しかし私としては、『私が買いに行く』のではなく、『業者が売りに来る』という形を目指したいのだ。
引っ越し前の街では妖精の行商さんが良い仕事をしていたから、仕入れで悩むことは無かったんだけど……。
あとはそもそも、希少な素材がたくさん倉庫に眠っていた……なんて理由もあったんだけど。
「妖精の行商がこの街に来るかは分からないし……。
今は、人間の取引ルートで探すしか無いんじゃない?」
「そうだね……。
まずは現実路線でいかないと」
こういうとき、錬金術師ギルドに所属していれば楽なんだけど――
……あ、そうだ。
その辺りに詳しそうなシャロちゃんに、とりあえず聞いてみることにしようかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あーちゃん!」
「シャロちゃん、いらっしゃーい!」
お店を開けてしばらく経つと、シャロちゃんが慌ててお店に入ってきた。
どうやら走ってきたようで、軽く息を切らせてしまっている。
「昨日、すぐ近くで魔物が暴れたんでしょ?
大丈夫だった?」
「あ、心配かけてごめんね。
私はこの通り、大丈夫だよ!」
私は努めて、明るく振舞って見せた。
その様子を見て、シャロちゃんは安心してくれる。
「そう……、それは良かった。
錬金術師ギルドで耳にして、すぐに飛んで来たんだから!」
……ちなみに昨日の事件のことは、私のとっている新聞にも載っていた。
残念ながら、私の名前までは出ていなかったけど。
「あはは、ありがとね。
お詫びに、ケーキでも食べてく?
今朝、チーズケーキを焼いたんだ~♪」
「もちろんッ!!」
私の提案に、シャロちゃんは食いつき気味に返事をしてきた。
もう少しすればお昼の時間だけど、こんな時間のおやつというのも乙なものだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……え?
素材の仕入れ先?」
早速聞きたかったことを聞いてみると、シャロちゃんはフォークを咥えたところで動きを止めた。
その後は少し慌てて、口の中のものをすぐに飲み下す。
「そうそう、最近いろいろ作ってたら足りなくなってきちゃって。
今までは、引っ越しのときに持ってきたものを使ってたんだよね」
「ふーん? 結構経つと思ったのに、まだそんな感じだったのね……。
グランドールだと、たくさん使う素材は錬金術師ギルドの経由が多いかな。
あんまり量を使わないものだと、そっち関係のお店で買ったりとか、冒険者ギルドに頼んだり、とかね」
「やっぱりそうなんだー。
妖精の行商さんって、聞いたことは無い?」
「あー……。
この街まではあんまり聞かないかな。
そもそも行商が来るなんて、かなりレアなケースでしょ?」
「そうなの?
前は普通に来てたから、何とも思わなかったなぁ……」
「え?
……まさか、あーちゃんのところに?」
「うん、引っ越し前の話だけどね」
私が答えると、シャロちゃんは顔を赤くしながらプルプルと震え始めた。
何だろう。この動き、どう捉えれば良いんだろう……。
「はぁ~……。
やっぱりあーちゃんって、凄い人なんだね。
でも、それとタメを張れるくらいの仕入れ先かぁ……」
「珍しいものを勝手に持ってきてくれたから、かなり助かってたんだよね。
創作意欲が湧いてくる……って感じで」
「なるほど……。
うぅーん……、心当たりはある……かも?」
「え? 本当に!?」
「でも、最終的にどうなるかは分からないし……。
変なのが引っ掛かるかもしれないし……。
それに――」
「……それに?」
「恥ずかしくて、あんまり紹介したくない」
そう言うと、シャロちゃんはぷいっと目を逸らしてしまった。
「え? 恥ずかしいって、何で?
ねぇねぇ、紹介してよーっ」
「う、うぅーん……」
「お願い! 私たち、親友だよね~っ!?」
「うぅっ、それを言われると弱い……!」
少し卑怯な気もしたけど、私は何とかシャロちゃんを押し切ることに成功した。
でも嘘は言ってないから、何の問題も無いのだ……!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――3日後。
約束の時間になると、シャロちゃんがお店にやって来た。
高級なお茶菓子なんかも用意しようと思ったけど、そういうのは要らないということで……。
とりあえず、私が軽く作ったお菓子だけ用意しておくことにした。
「……って、あれ?
紹介してくれる人は?」
「外で待たせてる……。
うーん……。本当に、連れてきて良いの?」
さすがにここまで来て、『やっぱり呼ばないでも良いよ』とはならないだろう。
そんなシャロちゃんは、先日よりも難しい顔をしていた。
「今さら紹介してくれない、なんてのは無しだよー!
ほら、よろしくーっ!」
私の言葉に、シャロちゃんはため息を衝いてから扉を開けた。
そして、外に向かって呼び掛ける。
「……入って良いよ……」
「おいおい。俺を紹介するってぇのに、その調子はねぇだろがー」
「うっさいなー」
……おっと、シャロちゃんの珍しい口調。
そんな会話が交わされる中、お店に入ってきたのは――
「……あれ? ゴルドーさん?」
ゴルドーさんは、うちのお店で変なお菓子を買っていく常連さんだ。
最初は怖そうに思えたけど、今となっては全然怖くもない。
「よっ、世話になってるな!」
「はーい、いらっしゃいませ。
……って、知ってる人だよ!?」
私は一応、シャロちゃんに伝えておく。
「そうみたいだね……。
まさかあたしも、バカ親父があーちゃんのところに来てるだなんて知らなかったよ……」
「え……。
お、親子ぉ!?」
「はっはっはっ、そういうこった!
うちの娘が世話になってるな!」
ゴルドーさんはそう言いながら、口を開いて大きく笑った。
シャロちゃんはそれを鬱陶しそうに見ながら、ジト目で言葉を続ける。
「……お母さんとあたしを捨てた、ろくでなしよ。
でもまぁ一応、ちゃんと信頼を築ける人ではあるわ」
「おいおい、何だよその紹介は。
実の娘にそんな紹介をされる、父親の気持ちがお前には分からんのか?」
「分かるわけないでしょ!」
年頃の娘に、父親の気持ちを分かれ……という方が難しいかもしれない。
でも、そうは言っても……ゴルドーさんはまんざらでも無い顔をしていた。
「ちなみにですけど、ゴルドーさんって裏稼業の方ですよね?
私、まっとうな取引相手を探しているんですけど……大丈夫ですか?」
「あー、そりゃそうだよな。
表向き真面目そうな業者をいくつも囲ってるから、その点は安心してくれ!」
ゴルドーさんは平然とそんなことを言い出した。
まぁ私としては、適正な金額でいろいろと面倒を見てくれて、なおかつ外聞がそれなりに良ければ問題は無い。
「それじゃ一度、売りに来てもらっても良いですか?
まずはどんな感じか、見せてもらいたいので」
「おう、良い業者を探してやるからな。
……あ、そうだ。飴が切れちまったんだが、在庫はあるか?」
「ええっと、10個くらいならあったかな……」
「それ全部、売ってくれねぇか?
あとは他のやつも、追加で注文していくわ」
「毎度ありー。それなら10個は、お礼も兼ねて差し上げますよ。
はい、どうぞ」
私は棚に置いてあった飴入りの瓶を、ゴルドーさんに手渡した。
そのやり取りを見ていたシャロちゃんは、怪訝そうな目でゴルドーさんを見つめる。
「はぁ? バカ親父、飴なんて買ってるの?」
「おう、美味いぞ? お前も食うか?」
ゴルドーさんは瓶から飴を1つ取り出すと、シャロちゃんにぽいっと放り投げた。
シャロちゃんはナイスキャッチをしてから、飴を両手に持つ。
「まったく子供っぽいんだから――
……って、ふにゃあああああああっ!?」
包装を取った瞬間、燃え始める飴。
そして響く、シャロちゃんの悲鳴。
……ああ、シャロちゃんは知らなかったよね。
その飴、ゴルドーさん用の『灼熱の飴』だったんだよ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――わぁ、凄いですねっ!!」
「そうでしょう! そうでしょうとも!」
……俺の名前はバイロン。
田舎町からグランドールに出てきて、この街で一旗揚げようと毎日を頑張っている。
今日はゴルドーの旦那からの依頼を受けて、錬金術の素材を売りに来ているところだ。
馬車にして3台分。
人が1人乗れるスペースだけを空けて、それ以外はぎっちぎちに商品を詰め込んで来ている。
かなり無理をして揃えて来たが、これならインパクトは十分だろう。
今日の取引相手は、錬金術師の女の子。
ゴルドーの旦那とコネを持っているのは凄いと思うが、しかしまだまだ経験の浅いただの子供――。
……インパクトのある商品を見せつければ、いろいろと目が移ってしまうだろう。
きっとゴルドーの旦那にも、俺の良い評価が伝わっていくに違いない。
そうすれば、グランドールでの俺の評価も上がっていくというもの……!!
実際、この取引に名乗りを上げた同業者は多かった。
そんな中、俺がこの仕事を勝ち取れたのは……ゴルドーの旦那も認めた『秘策』があったからだ。
その秘策とは、ずばり――
……『今回だけ! 無料サービス!』である。
たくさんの貴重な素材を見せつけて、心をつかみ、頭を悩ませ、そして選んでもらう。
代金を払うタイミングで、俺の秘策がついに発動ッ!
そこで初めて、『今回だけ! 無料サービス!』の言葉を聞くことになるわけだ。
旦那からは、今日の客の情報は得ることが出来ていた。
こんな若い女の子、こんな小さい店なのであれば、その資金もたかが知れている。
今回持ってきた商品のどれを選んでも、俺にとってはそれなりの出費になってしまうが――
……しかし旦那との良好な関係を築けるのであれば、痛い金額では全くない。
「おぉー、これは『竜の血』ですね!
『精霊石』まであるぅーっ。それにこっちは、貴重な鉱石が――」
商品の中には、実はガラス玉なんてものも混ぜ込んでいる。
安物ではないが、他のものと比べれば安い。
だから、それを選んでくれればラッキーなのだが……。
「……えぇっと、今回はいかがいたしましょう?」
「そうですね、目移りしちゃいます!
……って、ごめんなさい。
そろそろ買うもの、決めないといけませんよね!」
「ははは、そうですね」
既に時間は、ここを訪れてから3時間ほどが経過していた。
空には少し、夕方の気配が混じり始めている。
「んんー。
それじゃ、全部ください!」
「……え?」
突然の申し出に、俺は絶句してしまった。
「多分、ギリギリ買えるくらいのお金はあると思うんですよ。
いやー、もう色々作りたくなっちゃって。だから、全部ください!
おいくらですか?」
目の前の少女は、心配そうな感じで、身体を緊張させながら俺の答えを待っている。
いやいや、さすがに全部は――
……と思ってしまったが、その瞬間、ゴルドーの旦那の恐ろしい顔が脳裏に浮かんでくる。
あの人を怒らせてはまずい。
機嫌を損ねたら、『最低』でも、グランドールで暮らせなくなってしまう。
『最悪』はもちろん――
「ぅぐ……」
「……?
えぇっと、おいくらです?」
少女は俺の顔を、まっすぐ見上げてくる。
しかし俺の答えは決まっている。既にもう……決まってしまっているのだ。
「――今回だけ! 無料サービスぅうぅッ!」
俺の言葉は……
まるで絶叫のように……
グランドールの空に……
吸い込まれていった――――




