第2話-5 紅の契約者
翌日の朝、昨日と同じように心愛が僕を迎えに来てくれた。でも、昨日とは何かが違うような日々の毎日がゆっくりと壊れていってるような底知れぬ不安を感じてしまった。そんな様子を僕の隣で見て感じ取ったのか心愛が手を繋いできた。
「どうしたの?」
「あ……いや、なんでも……。手……」
「ああ…!? そういえば晴翔手を握られるの嫌だったんだよね。ごめん」
「そういうわけじゃないんだが……」
「……? ……??」
僕は照れてしまい思わず手を離してしまった。昨日、都姫と余計な話をしてしまったため今まで意識していなかったことを意識してしまった。この感情は隠さなきゃいけない。
「おっす」
「翡翠!?」
「暇だからお前を迎えに来た」
翡翠が手を引いて心愛を抱き寄せた。僕はそれを見て凄く腹が立ったがその感情を抑えて冷静を装った。
「な、なんで?」
「自分から何かとアクションを起こさないとツマラナイし、暇つぶし。それに俺はお前のことを気に入った」
「ハァ!?」
心愛が驚いて翡翠から離れようとするがそれを逃がさない。翡翠は僕に向かってニヤリと笑い、心愛をお姫様だっこして僕に見せつける。
「ちょ、どこ触ってるの!!」
「どこだっていーじゃん。これから俺たち付き合うんだし」
「はああああああ!? 付き合うっていう意味国語辞典で調べたら!? 人と交際する、交わるっていう意味だよ!? 分かってるの!?」
「わーてる、わーてる」
「分かってない!!」
翡翠は嫌がる心愛を無理やり連れ去ってしまった。僕の背後に都姫が立っていた。
「いつの間に……」
「今さっきアンタの所に来たところよ。たまたま校門から出てくる翡翠を見かけて追いかけて来たの。あれでいいの!?」
「あれでいいって何が?」
「心愛嫌がってるように見えたけど」
都姫の言わんとしてることは分かってる。でも、自分にその資格はない。
「いいならいいの。ただし、後悔しないようにね。後悔してからじゃ遅いから」
念を押してくる都姫。僕は迷っている。明日の作戦の事についてどうしたらいいのかもわからないし、心愛の事もどうしたはいいのかわからない。
「……都姫」
「なにかしら?」
「どうして僕と都姫は学校に通ってるんだ? 契約者なら修業して力を高めるべきじゃないのか?」
「そうね。今の状況は晴翔の願い事によって作られた。つまり、学校に通う事は願いの “一部” と考えて構わないわ。アタシはそれを尊重して一緒に学校に通ってるだけよ」
学校に通う意味がわからないがもしこの状況が都姫の言うとおり願い事に影響されているのであれば僕は契約者として修業するべきではない、って事になるのか。
「せめてあと1年くらい通ったら? 人生楽しんだもん勝ちよ。戦闘の技術も確かに必要だけれど契約者には知識も必要よ」
背中を押され、学校に行かせられる。あの2人の姿を見たくない。僕自信が女々しくて嫌になってしまう。
明日は運命の日になのに結局なにも決断が出来ずに今日もまた悩んでしまっている。学校に行くと、心愛は翡翠から離れ自分の席に座って本を読んでいた。本の内容が気になって話しかけた。
「なんの本を読んでるんだ?」
「医療医学の本」
本を真後ろから見てみると字がびっしりと詰まっていてなにが書いてあるのかよくわからなかった。こんな難しい事を理解しながら読んでいるかと思うとさすがだなぁという関心の気持ちが先に来てそれから何故? という気持ちになった。
「なんで読んでいるんだ?」
「中途半端な知識が許せないの。全部読んで理解してそれから……!!」
「それから?」
聞き返したら心愛がマズそうな顔をして顔を本で隠す。
「なんでもない。読書の邪魔になるから話しかけないで」
「お、おう。なんかすまなかったな」
追い払われた様子を翡翠は楽しげに腹を抱えていた。感じが悪い。
予鈴がなっていつも通りに平穏な時間が過ぎ去っていく。明日はアラルカータを作戦にはめる日なのに緊張感がまるでない。
放課後になって紅のところへ都姫と2人で行く途中で
「あっ!? アタシちょっと忘れ物しちゃったわ!! 取りにいくから先に行っててくれないかしら?」
「ああ分かった。先に行ってる」
都姫は学校がある方角へ走って行った。のんびり空を見上げ夕焼けを見ていたらビルの屋上に人影が見えた。契約者になって視力でも上がったのか? その人影が誰なのか直ぐに分かった。長い白銀の髪を三つ編みにしてる人物は1人しか心当たりはない。
僕は人通りの少ない道に入り、中からビルの上に上がることは出来ないため壁をよじ登ってアラルカータが座っていたビルに行く。
ビルの屋上のフェンスの向こうにアラルカータがいた。
「お、おい!! 早まるなーー!!」
「は?」
アラルカータがこちらに振り返り僕の姿を見る。飛び降り自殺とかするのかと思ったがそうではなさそうだった。きょとんとした顔をするアラルカータは立ち上がってフェンスを乗り越えて僕が立っている安全な足場に立つ。
「えぇーと? なんで俺をあのまま突き飛ばさなかったんだ? お前の立場から言うと今、絶好のチャンスだと思うんだが……」
「あっ……」
言われてみれば確かにその通りだった。突き落とせば油断していたアラルカータを殺すことが出来たかもしれない。
「このビルから落とされるくらいじゃ死なないけどな」
「だろうな」
普通の人間だったら、の話だが。
「なにをしに来た?」
「……うーん? 僕自身にもそれはわからない」
何日か前に会ったきりでそれ以降は姿を見ていない。ただ気になっただけでここに来た。
「お前はここでなにをしてるんだ?」
「なにって……まあ、考え事していただけだ。それよりもなぜ殺しに来ない? アイツは散々喧嘩を吹っかけて来たのに」
「……アイツって?」
「赤毛の女だ」
紅はやけに好戦的でアラルカータにちょっかいを出していたらしい。相次ぐ不審火の犯人は紅とアラルカータが犯人だと考えて良さそうだ。アラルカータは僕との距離をとって不安定なフェンスの上に飛び乗る。
「お前らが何を企んでいるのかは知らないが俺は死ねない。じゃあな」
フェンスから飛び降りて下に落ちた。慌ててフェンスに駆け寄って下を見るがアラルカータの姿がどこにも見当たらなかった。過ぎゆく人々は何事もないように行き交っている。
(死ねない理由ってなんだ……?)
アイツが死にたくない理由は分からない。死にたくない理由なんて本当はないのかもしれない。人間誰しも生きたいっていう願望がある。僕だって死にたくない。だからって僕がアイツを殺していい理由にはならない。
「ああっ!?」
紅と都姫と約束していた事を思い出した。慌てて廃工場まで走って行った。今日も厳しく鍛えられ、明日の作戦内容について軽くおさらいする。家に帰ってベッドの上に寝転んだ。
もやもやした気持ち。
すっぱりと決められないまま決戦の日を迎えてしまった。
どうしたらいいのか迷ったまま、僕は結論を出せなかった。
To be continued