序章 : はじめてのしっぱい
初めての連載投稿です。
拙い部分も多々あるとは思いますが、温かい目で読んでいただけると幸いです。
その仕事は、今まで依頼された中でも指折りの簡単なものだった。
ほとんど警備のない、しかも人里から離れた場所にある邸への侵入は、慎重に慎重を重ねた下準備が、バカらしく思えた。
”対象”がいると思われる部屋への道のりも、使用人に目撃される心配すらなかった。
この依頼は果たして、その道ではそれなりに名の知れた自分に回ってくるような類のものだったのか?という疑問が湧いてくるほどに、あっさりと進む計画。
完璧、と言ってしまうには少しばかり足りないが、それに近い手ごたえがあった。
しかし油断は禁物。
そういつものように自分を戒め、衣擦れの音すらさせずに部屋に忍び込む。
気配は殺したまま、素早く侵入口である窓を閉めて振り返った彼は、思いがけない事態に身を強張らせた。
「申し訳ないんだけど。」
その静かな声を発した人物は、自分がいる窓よりもかなり離れたところにある寝台の上で上体を起こし、膝に置いた分厚い本から視線を上げることすらせずに言った。
同業者ですら、その気になれば気配を気取られると事なく背後を取ることさえ可能なのに。
枕元にある燭台の灯りだけが灯る、薄暗い広い部屋の端と端というほどの距離で、素人に感づかれるなど彼の経験上一度たりともなかった。
それどころか。
「もう少しで読み終わるの。だからそれまでおとなしく待ってて。」
頁をめくる微かな音と共に、淡々と告げられた一言に、彼は得物を持つ手から力を抜いた。
こんな形での暗殺者人生初の失敗という事実に、思い切り打ちのめされながら。
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