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第6話:隣国との商談とプレゼンテーション

シルフィード領での開発事業が本格化してから数か月。

領民たちの手によって丁寧に手づみされたハーブと、清冽な地下水、そして効率化された生産ラインによって、シルフィード領の特産品第一号となる『神樹の石鹸』と『ハーブ蒸留酒』の初回生産分が完成した。

「エレノア様、素晴らしい仕上がりです! ほのかに香るハーブの清涼感と、滑らかな肌触り……王都で売られている高価な石鹸など比較になりませんわ!」

侍女のリザが、木箱に並べられた出来立ての石鹸を手に取り、興奮気味に声を弾ませる。

「ええ、完璧な仕上がりね。だけど、本当の勝負はここからよ」

私は出来上がった商品を見つめながら、ニヤリと口角を上げた。どれほど優れた製品を開発しようとも、それを適切な市場へ届ける「販売チャネル」と「物流ルート」がなければ、商品はただの在庫の山へと変わってしまう。

現在のシルフィード領は本国(グランベル王国)から完全に冷遇されており、国内の流通ルートに乗せることは期待できない。そこで私が狙いを定めたのは、領地の北側に接する大国「レヴィア帝国」の大規模な市場だった。

私は事前に手を回し、帝国から商用で近くを訪れていた大手商会の豪商、アルド=ヴァン・ダールを領主館の応接室へと招き入れた。

「——やあ、これはこれは、グランベル公爵家の前令嬢、エレノア様」

現れたアルドは、仕立ての良い上着を纏い、太い指にいくつもの宝石指輪をはめた典型的な狸親父だった。彼は部屋に入るなり、品定めするような不躾な視線で私を見つめ、うやむやな笑みを浮かべた。

「お噂は伺っておりますよ。王都を追放され、この最果ての極貧領地に放り出されたとか……。失礼ながら、このような何もない田舎町で、一体私にどのようなビジネスの提案ができるとお考えで?」

典型的な上から目線の商談アプローチ。足元を見ようとするアルドの態度に対し、私は動じることなく優雅に微笑むと、事前に用意していた「プレゼンテーションの仕掛け」を発動させた。

「お忙しい中、足をお運びいただき感謝いたしますわ、ヴァン・ダール氏。長旅でお疲れでしょう? まずはこちらをお召し上がりください」

私が目配せをすると、給仕の者が黄金色に輝く液体を満たしたグラスを差し出した。特産の『ハーブ蒸留酒』だ。

アルドは不審そうにグラスを傾け、香りを嗅いだ瞬間、その眉を跳ね上げた。清涼感あふれるハーブの香りと、熟成された芳醇なアルコールの香気が室内いっぱいに広がる。

「な……これは……!?」

「どうぞ、一口お試しください」

アルドは吸い寄せられるようにグラスに口をつけた。一飲みの後、彼の目が極限まで見開かれる。

「……ッ!? なんという芳醇な香りとキレ……! 喉を通り抜ける爽快感と、後味に残る上質な余韻……! 従来の酒の三倍以上の度数がありながら、これほど飲みやすく、身体の奥から力が湧き出るような感覚……信じられない! 帝国でもこんな酒は味わったことがないぞ!」

「ふふ、お気に召していただけて光栄だわ。そして、もう一つご覧に入れたいものが」

私はあらかじめ用意しておいた温かいお湯と、白い塊——『神樹の石鹸』を取り出した。自らお湯に石鹸を浸し、手のひらで素早く泡立ててみせる。一瞬にして立ち上る濃密でクリーミーな泡と、甘く爽やかなハーブの香り。

「これは……石鹸ですか? しかし、これほどきめ細やかな泡立ちと香りは見たことがない……!」

「試してみてくださいな」

アルドはおずおずと泡を手に取り、自らの顔と手を洗った。備え付けのタオルで水分を拭き取った瞬間、彼の顔に衝撃が走る。

「肌の突っ張り感が一切ない……! それどころか、長旅の汗の不快なニオイや汚れが完全に落ち、肌が吸い付くようにしっとりしている……! これはただの衛生用品ではない、最高級の『美容・薬用石鹸』だ……!」

自ら製品の「絶対的な価値」を体験したアルドの目は、すでに冷やかしの商人ではなく、千載一遇の好機チャンスを見出した野心の目に変わっていた。

「エレノア様……! 素晴らしい、実に素晴らしい商品だ! これらは我がヴァン・ダール商会がすべて買い取りましょう! 帝国の貴族階級に持ち込めば、金貨が飛ぶように売れるはずです!」

「ありがとうございます。ですがヴァン・ダール氏、単なる一括買い取りのお取引では、私どもに旨味がありませんわ」

私は組み上げた脚の上に手を置き、経営コンサルタントとしての本気の「交渉ネゴシエーション」を開始した。

「な……なんですと?」

「私が提案したいのは、ヴァン・ダール商会との『独占販売パートナーシップ契約』です。我がシルフィード領が生産するハーブ酒と石鹸の、帝国全域における独占販売権を貴商会にお譲りします」

アルドの瞳がギラリと光った。「独占販売」という単語は、商人にとって最高の甘蜜だ。

「ただし、条件が二つございます」

私は人差し指を立てた。

「第一に、製品の販売売上の3割を『ロイヤリティ(ライセンス料)』として我がシルフィード領に還元すること。第二に、シルフィード領から帝国への物流ルートを整備するための初期インフラ費用を、貴商会が50%負担すること」

「な、なんだと……!? 売上の3割の還元に、インフラ費用まで負担しろだと!?」

アルドは跳ね起き、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「冗談ではない! 独占権をもらえるとはいえ、そんな不遜な条件を呑めるわけがないだろう! 我々を足元に見るのもいい加減にしろ!」

「あら、足元を見ているわけではありませんわ」

私は冷ややかな笑みを崩さず、優雅に紅茶を一口啜った。

「ヴァン・ダール氏。この製品の原価と、市場に投入した際の『想定利回り』を試算してみてください。我が領地が提示する独占価格で販売したとしても、貴商会が得られる営業利益率は従来の貿易商品の2倍を超えます。初期投資など、数か月で回収できる計算のはずですが?」

「ぐっ……! それは……」

「それに……」

私はすっと目を細め、圧迫感のある視線をアルドに向けた。

「もし貴商会がこの条件を拒否されるのでしたら、私は即座に競合である『ハルゼン商会』様、あるいは『マルセル公社』様と交渉を開始するまでですわ。彼らなら、この数字の価値を即座に理解し、喜んで投資することでしょう。帝国での爆発的なシェアを他社に奪われても、よろしいのですか?」

「く、つ……!!」

アルドの額からダラダラと冷や汗が吹き出した。競合他社の名前を引き合いに出され、完璧な収益モデルを突きつけられたことで、彼は自分が完全に王手をかけられていることを悟ったのだ。

部屋の中に、重苦しい沈黙が流れる。

やがて——アルドはがっくりと肩を落とし、大きな溜息を吐き出した。

「……降参だ。降参ですよ、エレノア様。貴女は本当に……恐ろしいお方だ。元悪役令嬢どころか、百戦錬磨の商人すら青ざめる大悪魔だ……」

アルドは胸ポケットからペンを取り出すと、私が提示した契約書にサインを走り書きした。

「買いましょう、その条件で! 我がヴァン・ダール商会が、シルフィード領の最高のパートナーとなって見せます!」

「素晴らしいご判断ですわ、ヴァン・ダール氏」

私は立ち上がり、満面の微笑みでアルドと握手を交わした。

前世で培ったプレゼン技術と強気の交渉術——それによって、シルフィード領は圧倒的に有利な条件で最初の「巨額の事業資金」と「強力な外部流通網」を獲得することに成功したのだった。

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